外伝2・隣り合わせの不安 1
管理課の居る塔でのやり取りが交わされている、その頃・・・
「スゥ・・・ スゥ・・・」
何時しか夢の世界へと旅に出ていたぼうくんは、曇り空の広がる昼下がりに1人ソファの上で休息を取っていた。
誰一人干渉する事のないその空間で、ただひたすらに忘れたい記憶から逃れるために。
彼は心身共に疲れると、こうやって休息を取るのだった。
ストレスによる不眠症と言うわけでは無いが、それでも彼は寝不足に近い。
疲れた身体を休ませる、唯一の一時なのだった。
その寝顔は優しく、辛さを覚えていた先ほどまでの彼は何処にもいなかった。
「・・・ぅ、うーん・・・」
そんな彼が目を覚ましたのは、それからしばらく経った頃。
日差しの降り注がない地区での眠りから覚め、ぼうくんはゆっくりと身体を起こし眠気眼を擦っていた。
その後ソファの外へと足を向け、一息つくと同時にゆっくりと立ち上がった。
「・・・ ・・・朝、か・・・」
何時頃から寝ていたのだろうと思う彼は、周囲の闇が薄く次の日がやって来た事を知りながら外へと出て行った。
瓦礫の外に広がる荒んだ地区の光景を目の当たりにし、今日もその日での暮らしをするのだろうと思うのだった。
「・・・ハァ。」
しかし、彼は常に溜息を付き続けているに等しい。
その世界を嫌っている事もだが、ふとした拍子に思い出す友人達との記憶。
それを目の当たりにするたびに、足を止めてしまう様だった。
『面倒だよな・・・ 生きる事も・・・』
再び心の中で呟くと、彼はその場を後にしビル外の階段を下りて行った。
階段を下りた彼が向かって行った場所、それはその地区唯一の食物が購入出来る古びた商店街。
店員と呼べる人達の居ないほぼ無人のその店では、お金を持たずに買い物が出来る魅力的な店ばかりだった。
しかし、その場に並ぶ品々は他の地区で廃棄されるに等しい物ばかりであり、どれも美味しいと呼べる物は無かった。
時折ある『暴動』の影響で、品物すら無い日も少なくは無かった。
そんな街道の1つ、店の裏側に彼は入って行った。
元々表の店には用は無く、彼は1つだけ足を運ぶ店がそこにはあった。
それは表の店とは違いレトロな雰囲気の漂う、錆びれた駄菓子屋。
閉まる事のない扉の淵を踏み越え、彼は中へと入って行った。
「いらっしゃい。」
「・・・」
中へと入ると、そこにはローブを纏った存在が座っており店番をしていた。
声色は何処となく翁に近く、顔は見えないものの彼が入って来た事を認識た様子で声をかけてきた。
無論その声に返事をする事無く、彼は手で軽く返事を返し、陳列されている品物を見て回り出した。
『・・・大体同じ物しか置かれてないよな。 真新しい物なんて、ココに並ぶわけもないし。』
「今日はどうする。 何か欲しいものがあれば、好きなだけ持っていくがいい。」
「あぁ・・・ ・・・っても、大体似た物しか見てないけどな。 この店。」
店に置かれている物はどれも『お菓子』であり、空腹を満たすには中々難しい代物ばかりだった。
ましてや温かい食物や口の渇きを潤すドリンクは無く、あったとしても味が気に入らない事が多々あった。
ゆえに、例え無料だとは言われても満足する事は無かったのだ。
「そりゃあこの店に並ぶものは、他の地区で廃棄された物ばかりだ。 外へと出られない君等がいただくのは、こういう物なんだよ。」
「・・・」
皮肉交じりに返す返事を受け、彼は不服ながらも溜息を付き適当に置かれていたお菓子を手にした。
その後棚から吊るされていた透明の袋を1つ掴み、その中へと入れその場を後にしようとした。
すると、
ガタッ・・・
「・・・?」
「あぁ、失敬ニャ。 出ようとしてた事に気付かなかったのニャ。」
扉の淵を越えて外へと出ようとした瞬間、不意に店の扉が音を立てた。
音を耳にした彼は顔を上げると、そこには猫耳を生やし桃色の兎耳を付けた奇妙な存在が立っていた。
後方には大きな段ボールが置かれており、どうやら配給にやって来た様子で彼に詫びを入れていた。
「あぁ、ご苦労様。 いつも通り、適当な場所に陳列を頼むよ。」
「解ったのニャー ・・・ニャ?」
そんな彼等のやり取りを耳にした店主は、外に立っていた猫モドキに返事を返し商品を並べてくれと言った。
注文に対しネコは返事を返すと、何かを見つけた様子でぼうくんに近づいた。
「・・・何。」
「おミャー、そのお菓子を持っていくのかニャ。 中々の美味だから、ニャーも好きなのニャ。」
「・・・」
不意にやって来た相手に警戒しながら彼は言葉を口にすると、ネコは彼の持っていた袋の中身を見ながらそう言った。
彼の手にしていた袋の中には『どら焼き』が入っており、中身は普通の餡子ではなく鶯餡という特殊な物だった。
それを好きだと良い軽く笑顔を見せるネコに、彼は何も言う事は無く彼の顔を見つめていた。
「さぁーて、ニャーも仕事を済ませて帰るのニャ。」
「・・・ネコモドキ。」
「モドキは余計ニャッ 何にゃ?」
スッ・・・
「ニャ?」
その後顔を逸らし持ってきた荷物を片づけようと言い出すネコに、ぼうくんは軽く声をかけた。
しかし余計な後付もあった様子で軽く訂正されつつも、彼は手にしていた袋に手を入れ、先ほど彼が見ていたどら焼きを手にし彼に手渡した。
その光景を目にし、ネコは驚きながら彼の顔を見た。
「・・・あげる。 中身見てなかったから・・・うぐいす、好きじゃないし。」
「ニャニャー・・・それはちょっぴり残念で、ちょっぴり嬉しい申し出なのニャ。」
どら焼きを渡しながら彼はそう言い、中身が好きではなかったため上げると言い出したのだった。
その発言はネコにとって嬉しくもあり残念な台詞だと言うと、彼はしばし黙り込み余計な事を言ったと口を閉ざしてしまった。
そんな彼を見て、ネコはしばらく見つめた後静かにどら焼きを受け取った。
「・・・頂くニャ。 ありがとうだニャー」
「うん・・・」
手元から無くなったどら焼きを見たと同時に、自分に向けられたお礼を聞いて。
ぼうくんは嬉しそうに笑みを浮かべ、その場を後にするのだった。
「・・・ ・・・中々面白そうな奴なのニャ。」
「だからって、相手から持ち物取るなんてお前がするとは思わなかったけどな。 ネコS」
その場を去って行った青年の後姿を見ながら、ネコはどら焼きを咥えながら荷物を陳列し出した。
彼の行動を目にし、店主と思われていたローブを纏った相手はそう言い彼の元へと近づいてきた。
先ほどまでの年老いた声から変わっており、今では青年に近い凛々しい声色に変化していた。
「何の事かニャ~」
「・・・ったく、お前は何がしたいのか本当にわかんねーよ。 ・・・まぁ、俺様には関係ねっけどな。 菓子は、これがあれば十分だしさ。」
とぼけながら言うネコに対し、ローブを纏った存在はそう言い静かに被っていたローブを取った。
橙色の顔色にボディペイント、半目を閉じた青年でありその場の管理を任されている存在。
彼の名は『アスピセス・ザ・エナジー』 その地区を管理する1人の青年だったのだ。
そしてその店は、彼が暇つぶしで地区外の菓子を処理する場所として使っている場であった。
ネコの陳列作業を見送ると、彼は店の一角に置かれていた1つのラムネ菓子を手にした。
箱には『モーニングフラット』と書かれており、柑橘系の味なのかパッケージには橙の絵が点々と描かれていた。
箱を開け中身を取り出すと、煙草の様に口に咥え外の様子を見ていた。
『・・・晴れねぇなぁ・・・ 何時見ても。』
纏っていたローブを取りながら、彼は菓子を食べつつそう呟くのだった。