外伝・護るべき行く末 3
周囲に響き渡る声を聞き、何処から聞こえるのかとカツキは周囲を見渡した。
「何・・・この声・・?」
「犬・・・ ・・・あっ!!」
「ぇっ!?」
周囲に響く遠吠えを耳にし、メイリーも一時手を止め声の主が何処か探した。
これ以上新手が現れてもらっては彼女自身にも不利に等しく、ギリギリの戦いが行われている今には不要すぎる手助けだ。
声の波長をカツキは分析していると、不意に視界に1つの影が目に映った。
影を目にし声を上げると、メイリーは彼の見た方角を見ようと背後を振り返った。
そこには、4足で歩く1匹の獣の姿が見えた。
太陽が丁度影の背後にある為、逆光で見えにくいものの茶色の犬である事が分かった。
その声に、カツキは聞き覚えがあり姿に見覚えがあった。
それはたった1人の、彼にとって支えとなっていた存在。
「ゲン・・・タ・・・!」
視界に映りおそらく助けに来てくれたのであろう相手名前を、カツキは呟きながら涙を流した。
もうこの世界には居ない、元気な姿を見せてくれるはずのない彼の愛犬『ゲンタ』だったのだ。
性格はキツく彼に懐く事のなかった彼が現れた事を見て、カツキは号泣した。
何故来てくれたのかはわからないが、姿を見たとたんに目から大量の涙が湧き出したのだ。
「何ですって・・・新手なの!?」
不意に現れた新参者を目にし、メイリーは急遽狙う相手を変更し現れた柴犬に攻撃を開始した。
しかし相手は純粋な犬であり、中型犬とはいえ小柄な体系もあってか蔓の合間を掻い潜りあっという間にカツキの元へと向かってしまった。
そして自らが持つ鋭い牙をむき出しに、何時しか隙をついてカツキを縛り付けていた蔦を噛み千切りだした。
1つ1つではあるものの、それでも行動は素早く千切った際に口に残った異物は早々に吐き出していた。
足の拘束が無くなると、カツキは流れる涙を拭いつつその場に立ち上がった。
【惨めだな、カツキ・・・ 俺になんと姿みせとる。】
「ゲンタ・・・ 何で・・・」
【俺は、俺が正しいと思う事をしとるだけばい。 信じろ、お前自身を・・・ お前はそんな、弱い男じゃないはずけん。】
頭に直接響く形でゲンタは話し、カツキに告げるべき言葉を告げていた。
半泣きで居る彼に厳しいも優しい言葉をかけ、お前は弱い男ではないと言った。
そう告げると、再びゲンタはその場を走りだしメイリーの操る蔦の集合体に向かって盛大に噛みつきに向かった。
無論そうはさせまいと彼女は蔦を動かし、ゲンタの身体を縛りつけ引きはがそうとした。
だが彼は噛みついた部位を離そうとはせず、唸りながらも必死に抵抗していた。
「ぁっ!! ゲンタっ!!」
【行け! お前は生きるんだ・・・! 俺に惨めな姿を、見せるんやない!!】
身体を縛られ苦しい表情を見せたゲンタを見て、カツキは再び彼の名前を叫んだ。
しかし彼は自分に構わず、その場を生き抜き惨めな姿を見せつけるんじゃないと再度叫び返した。
それを聞いて、カツキは流れる涙を必死に堪えつつ歯を食いしばり走り出した。
「ッ・・・!! うぁああああーーー!!!」
それと同時に、周囲に散布した流星石で風を集合させ、渾身の力を込めた最大級の風玉を蔦の集合体へとぶつけた。
風が蔦に触れると同時に破裂音が周囲に響き渡り、彼もろともその場から近い物体全てを吹き飛ばした。
植物は風圧に耐え切れず引き千切れ、ドリフトを捕まえていた蔦達も千切れた残骸がぶつかり身を崩して行った。
吹き飛ばされたカツキはそのまま道路を転がり、地面に食らいつこうと手足を伸ばし必死に耐えていた。
地面にぶつかった衝撃で身体が痛むも、泣くまいと必死に堪え風に対抗していた。
「ぅっっ・・・!!! くぁあああっ・・・!!!」
「キャアァアアアーーー!!!」
生まれた爆風に煽られ、操作していた場所からメイリーも吹き飛ばされ悲鳴を上げた。
その拍子に彼女の服から1つの鍵が落下し、彼女を何処か遠くへと飛ばして行ってしまった。
シューンッ・・・
「ッ・・・ ・・・ぁっ、ドリ・・・! ゲンタ・・・!」
爆風がしばし街中を通過し落ち着くと、カツキは手足に力を込めゆっくりと起き上がった。
うつ伏せに近い体制ではあったものの、幸い軽傷で済み手足が動かない事は無かった。
飛ばされた拍子に流星石は何処かへ行ってしまったものの、カツキはそんな事は気にせず同様に飛ばされたであろう2人を探した。
顔を左右に動かし姿を探すと、近くの瓦礫にぶつかり気を失っているドリフトが見えた。
彼の姿を見つけたカツキはもつれる足を一生懸命に動かし、何度か手が地面に着くも彼の元へと駆け寄った。
そして身体を揺さぶり、彼は生きているのか確かめた。
「ドリ! ドリッ!」
「・・・ぅっ・・・ ・・・カッツ・・?」
「ッ・・・! ・・・良かったっ・・・!」
揺さぶりながら声をかけると、ドリフトは意識を取り戻し唸りつつゆっくりと目を開いた。
軽く虚ろではあったものの、すぐに焦点は会った様子で目の色はすぐに良くなって行った。
自分を助けに来てくれた最愛の友の姿を見て、カツキは再度涙を流しつつも彼を抱きしめた。
その強い抱擁を感じて、ドリフトも優しく右手を彼の背中に置き、優しく撫でるのであった。
辛いことからようやく解放する事ができた
それを実感できる、彼の笑顔と涙目であった。
「・・・トライムと、ベルミリオンは・・・?」
「俺達なら、何とか大丈夫だ・・・ドリフト。」
「?」
泣きじゃくるカツキを慰めながら、ドリフトは顔を動かし他の仲間の姿を探した。
すると彼の後方から声が聞こえ、ボロボロになりつつも両手でベルミリオンを抱いているトライムの姿があった。
遠くで戦っていたとはいえ爆風からは逃れられなかったらしく、手足に無数の擦り傷が見えた。
だが辛い顔だけはせず、気を失っている彼女を運んでいたようだ。
「・・・カツキ。」
「トライム・・・ ・・・今まで、ゴメンな・・・ 俺が全部悪いのに、人のせいにして・・・」
彼の声を聞き、ドリフトを抱いていたカツキはその場から立ち上がりトライムに頭を下げた。
必死になって看病し共に居てくれた相手にも関わらず、冷たい言動で避けていた事。
トライムにとって大切な相手を探させず、自分につきっきりにしてしまった事。
他にも詫びる事がある様子で、深々と頭を下げていた。
「もう良いよ。 ・・・それよりも、あの犬って・・・」
「犬・・・?」
そんな彼に軽い笑顔を見せながら、トライムは道端に立つ一匹の存在を見ながら呟いた。
彼の声を聞いたカツキは後方へと向くと、そこには変わらずに立ち続けるゲンタの姿があった。
【・・・】
「ゲンタ・・・ ・・・」
淡い光と共に立つ柴犬を見つけ、カツキは静かに名前を呼びながら近づいた。
だが彼の身体には触れようとはせず、一定の距離を置いた状態で立ち止まった。
【終わったとか。 カツキ。】
「うん・・・ ・・・ありがとう、ゲンタ・・・ ・・・ずっと、弱くて・・・ゴメンな。」
頭に響く声でゲンタは言うと、カツキはそう答え彼にも頭を下げた。
どんなに感謝しても感謝しきれないイキザマを見せつけられ、それが弾みとなって一撃を放った。
だからこそ伝えたい言葉がある様子で、中々良い言葉が見つからずただ謝る事しか出来ないでいた。
【何故謝ると。 お前は出来る事をやった、それが今やろ。】
「・・・うん。」
【なら、俺はそれ以上言う事はなか。 ・・・たっしゃでな、カツキ。】
「ぁっ・・・」
とはいえそんな言葉を聞きたかった訳でもなく、彼からの言葉で跳ね返されてしまい返事を返す事しか出来なかった。
そんな彼にゲンタは何も言わず、その場を去ろうと身体の向きを変え背を見せた。
その場から去ってしまう光景を目の当たりにし、カツキはとっさに追いかけようと足を出した。
だが彼に近づけば噛まれてしまうと思い、一歩踏み出したがそれ以上は出ずに居た。
すると、
「・・・・ッ!! ゲンタァア!!!」
【?】
「今まで・・・!!! 俺を支えてくれて、ありがとなーーーっ!!!!」
【・・・】
何か言わなければと思ったのか、カツキは渾身の力を込めてそう叫んだ。
名前を呼ばれて止まるゲンタであったが、彼の言う事に何も返事はせずそのまま何処かへと向かって走り去ってしまった。
絶対に懐く事のない、彼の生き方。
それさえも、彼の事を支える存在には変わりはないのだ。
次第に彼の周囲の光が強くなり、ゲンタはその場から姿を消してしまった。
「・・・ゲンタ・・・」
後姿を最後まで見送ると、カツキは呟き混じりに名前を言い静かに涙を流した。
どんなに恩を返したくても、これ以上は返せない。
煮え切らない思いではあったものの、絶対に伝えなければならない言葉を伝えられた。
笑顔を浮かべた目からの涙は、寂しくもあり嬉しくもある雫であった。
「カッツ・・・」
「・・・大丈夫、大丈夫だよ。 ・・・」
【もう1人は、地区の扉の前に居る・・・ 行け、相棒。】
「ぇっ・・・?」
寂しそうにするカツキを見たドリフトが声をかけるも、彼は静かにそう答え涙を拭った。
そしてその場を離れようとすると、不意にゲンタの声が頭に響いた。
その声を聞いたカツキは振り返るも、そこには彼の姿は無く荒れた地区の街だけが広がっていた。
「・・・」
「どうした、カッツ。」
そんな彼の様子を見たドリフトは再び声をかけるも、カツキは何も言わずただただ笑顔を見せていた。
彼の笑顔を見て何かを悟ったのか、ドリフトは何も言わず彼も同じ方向を見て笑顔を見せるのだった。
「ううん、なんでもない。 ・・・トライム。」
「ん?」
「ハンメル、生きてるって。 地区の外れの、大扉の前に。」
「本当か!? くぅぅっ・・・!! やったぁあああああーーー!!!」
返事を返しつつ前を向くと、カツキはトライムにそう言い先ほど受けた伝言を告げた。
すると彼の表情が一変し、待ちわびていたとばかりに笑顔を浮かべ歓喜の声を上げた。
「・・・ぅぅっ・・・ ・・・うるさいっ・・・」
それと同時に、彼に抱かれていたベルミリオンが目を覚まし、静かに彼の顔を叩いた。
「そうと決まったら、早く行こうぜ!! アイツに、俺も会いたいからさっ!!!」
「おうっ!」
「もう、本当に気分で動くんだから・・・ ・・・でも、良かった。」
その後叩かれた頬を気にせず歩き、先導を切る様にトライムが歩き出した。
彼の会うべき相手の居場所も分かり、地区にやって来た平和が彼等の笑顔を戻したのだろう。
落として行った地区外への鍵を持ちながら、ドリフトはベルミリオンと共に彼の後に続いた。
「・・・」
そんな彼等を目にし、カツキもそれに続こうとしたその時。
不意に後ろへと振り向き、心の中で一言呟いた。
『・・・ありがとう、愛犬。』
「カッツ、早くーっ!」
「今行くから!! ・・・ヘヘッ」
聞こえたかすらわからない言葉を言い終えると、前方を歩いていたドリフトは彼の名前を再度呼んだ。
彼も彼で何度も呼べる相方の名前が嬉しいのか、その声は優しくずっと一緒に居たいと言わんばかりの声であった。
その声に返事を返し、自分らしくない事を言ったと思ったのかカツキは苦笑しながら彼等の元へと走って行ってしまった。
【ワァォオオーーーン・・・!】
4人がその場から離れていくのを見て、何処からともなく吹いてきた風に乗って。
周囲に柴犬の声が、響くのであった・・・