外伝・消失した優しさ 1
夕闇の暗がりの時間が徐々に終わりを告げる、とある街のとある一区。
そこは街の静けさが目立つこの街では珍しく賑やかな場所であり、比較的人の多い地区でもあった。
商店街とは言えないが、露店が立ち並ぶその地区は食物で困る事のない場所だった。
「・・・入らない・・・」
そんな楽しげな場所では、1人の存在が寂しげに呟いていた。
その地区には似つかわしくない溜息をついており、周囲の朝日さえ目もくれず。
窓辺に差してきた朝日を背に、その存在は壁に背を預け屋根の無い天井を見上げていた。
「・・・俺に必要な相手なんて、居ない・・・」
孤独そうにそう呟く、1人の茶色の犬。
それが、この街で行動する事となる1人の存在だった。
その日も犬は、再びやってきた朝日を感じ寂しげに呟く事を止めなかった。
たとえ街が明るく華やかな街であったとしても、彼にとってみれば何の興味も持たないつまらない街。
そんな場所に居たとしても、自分にとって最良と思われる行為が出来るとは思っていなかったのだ。
「・・・こんな街・・・ 大嫌いだ・・・」
そして呟く事を止めず、ただ一人孤独な環境を壊れかけた空き家で過ごすのだった。
何も変わらない、何も変えられない。
『信用』する事を止め、1人で行動すると決めた犬。
彼の名は『カツキ』
この話の主人公となる、優しさの笑みを失った存在なのであった・・・
そんな孤独を、彼は好き好んで選んだわけではなかった。
彼にも仲間と呼べる相手、友人と呼べる相手はたくさんいた。
しかし過去にたくさん住んでいた『英雄』達が消えた事により、彼はその平穏と安らぎの空間を失ったのだ。
英雄達が消えた事によって起きた、この街での事件。
それは『暴動』であり、今の状況に至るまで幾度となく繰り返された事件だった。
無論それを止められる存在はその地区にはおらず、微力ながらも英雄になろうとした存在達が必死になってその事件を終息させようとした。
しかしその行いは、平和を対価にあるモノを失うきっかけにもなってしまった。
そしてその失ったモノの影響を色濃く受けた存在。
それが、カツキなのだ。
彼の友人は正義感が強かったのか、その騒動を終息させようと懸命に行動していた。
無論彼もその1人であり、平和を求め一時はそんな集団との行動を共にしていた。
それが彼の望んだ事であり、この後いつやってくるかもわからない平和のために戦っていた。
力となる流星石も当時は使用しており、その力で仲間のために。
平和のためにと使用していた。
だが・・・
ドサッ!
『ウグッ・・・!』
その事件が起こったのは、平和と呼べる時期がやってくるほんの少し前の事。
彼は当時行動していた集団の1人に突き放され、地面に尻もちをついていた。
身に着けていた衣服はボロボロであり、懸命に闘っていた名残がそこには残っていた。
何故突き放されたのかと思いながらも、彼は顔を上げその集団の顔を見た。
すると、そこには今まで共に行動していた仲間なのだろうかと、本気で疑ってしまう光景が広がっていたのだ。
皆が皆、彼の事を仲間だと思わない目つきをしていたのだ。
『お前、そんな事で俺達と行動してたのかよ。 そんな成りで、ましてや力すらもまともに扱えない奴が。』
『・・・何で! 俺が何をしたって言うんだ!!』
仲間だと思っていた集団の1人の言葉を聞き、彼は表情を変え怒鳴る様に怒った。
今まで共に居るべきだと思っていた人から、そんな言葉を発せられては彼も黙ってはいられなかったのだろう。
相手の1人を睨みつけるように見ると、別の方角からも声が聞こえてきた。
『何をした? ・・・バーカ、そんな事も自覚ねぇのかよ。』
『無駄無駄、こいつはなんも出来ない能無しだ。 言ったところで何が変わるって言うんだよ。』
どうやら自覚していないうちに、彼は周りに迷惑をかけていたのだと1人は言った。
懸命に努力した事すらも認められず、彼はそう言われ悪いのは自分だとその時思った。
しかしそれが事実なのかわからず、顔を俯かせながら唇を噛んでいた。
『それもそーだよなー ほらほら、こんなの放置して行こうぜ。 もうすぐ落ち着いて、俺達の望んだ世界がやってくるんだ。』
『さぁ、アタシ達も行くわよ!!』
タッタッタッ・・・
『何で・・・ 何で・・・! 何で!!』
そんな連中の発言が終わると、リーダーと思われる1人の存在の声により集団は再び1つになり、彼をおいて何処かへ行ってしまった。
その姿を見て後を追いかけようとしたカツキであったが、なぜか足が動かず必死に腕に力を込め起き上がろうとした。
だがそれでも動かない身体をよそに、集団は次第に黙視できない場所にまで向かってしまい、彼の視界から消えてしまった。
自分が何をしたのかもわからない、何かをしてしまったのかもわからない。
事実がどちらなのかも解らず、彼は1人苦悩し苛立つように地面を殴っていた。
何処にも行き場が見つからない悔しさを感じ、信じていた仲間を失った。
いや、仲間だと思っていた友人に捨てられてしまった。
そう感じるたびに、彼は次第に他人と接する事を止め、1人で生きるようになったのだった。
「・・・」
孤独感が常に付きまとう日々を、彼は心底嫌っていた。
誰にも頼れない。 いや、頼ろうとしても頼れない。
過去のトラウマが彼の心を苦しめ、外に出る事すらも避けたくなるほどであった。
だが食事や歩くことをしない限りこの街では生きていけないため、彼は他人との干渉を出来る限り避けながら行動する日々を送っていた。
華やかで有名な露店の通りを歩くことはせず、適当に散策するかのように食料を求めていた。
昔持っていた力は当に捨てており、今の彼は無力の塊であった。
ゆえに再び争いが起こったとしても、彼は立ち向かわず流れに身を任せる覚悟でいたのだ。
元より生きていても仕方ないと感じてしまう日々を送っているがゆえに、身投げを考える事も時々あった。
しかしそれでも、彼の事を陰ながら支えようとしている存在が1人いた。
「カツキー」
暗がりの続く裏道を歩いている彼の事を呼ぶ、1人の青年の声が聞こえてきた。
名前を呼ばれカツキが振り向くと、そこには空色の針鼠が彼の事を呼ぶように手を振りながら彼の居る場所へと駆けてきた。
「・・・ ・・・トライム。」
その姿を見ると、干渉する事を避けていた彼は走ってきた存在の名前を言った。
トライムと呼ばれた針鼠は彼の元へと到着すると、軽く走り乱れた息を整えつつ持っていた袋を彼に差し出した。
差し出された袋を受け取ると、カツキは中身を軽く確認した。
そこには数個のバターロールが入っており、水の入ったペットボトルが2つ入っていた。
「今日の分の食事だ。 俺達2人分、ちゃんと持ってきたぜ。」
「・・・」
袋を持ってきたトライムは彼にそう言いつつ、笑顔で彼に報告した。
望んで持ってきてもらっているわけではないが、それを受け取ったカツキはこれと言った返事は特にせずしばらく見ていた。
そして、不意にこう言った。
「・・・安全だよな。 コレ。」
「え?」
持っていた袋を一度締め、カツキは普段から持ってきてもらっている彼に対しそんな問いかけをしていた。
さすがに普段渡している事もあってか、彼にとって不思議な問いかけの様だった。
「何言ってんだよ。 今日貰った物だから、別に腐ってるとかは無いぜ?」
「・・・そうか。」
不意に問いかけられ、トライムはそう答えつつ再度袋を開け中身の匂いを嗅いだ。
本日の分の支給であり、それを人ごみを嫌う彼のために毎日彼は取りに行っているのだ。
そのため、異物が混入する事はまずない。
彼からの返事を聞くと、カツキはそう言いつつ袋をトライムに返した。
「ハァ・・・ 毎回の事だけどさ、驚くからそう何回も聞くなって。 信用されてみたいじゃないか。」
「・・・信用、か・・・ ・・・俺の事を必要とする相手なんて、誰もいないのにさ・・・」
「ぁ、おいっ・・・」
とはいえ毎日のお決まりの問いかけの様子で、トライムは返答した後苦悩する様に文句を垂れた。
すると、カツキは嫌いな単語を言われた様子でそっぽを向いてしまい、そのまま再び目的のないまま道を進んで行ってしまった。
そんな彼を見て、トライムは彼を止めようと手を出したが、彼の事をつい考えてしまいそれ以上声をかける事が出来ずにいた。
この街に居るカツキの過去を知る数少ない人物、それがトライムだ。
かつては彼と同じ集団で行動していていたが、今となっては無法者集団になりつつあるその集団から彼をかばい、数日間失踪を遂げていた彼の元へとたどり着いたのだ。
その時の彼はすでに病んでしまっており、こうやって外へ出るまでに至ったのは彼の努力の結果でもあった。
しかし、
「・・・ウグッ・・・!」
クラッ・・・
「ぁっ! カツキ!!」
そんな彼を支えている彼ではあったが、今の彼はとても弱っていることも同時に知っていた。
心の支えを失って時が長い事もあり、すでに身も心もボロボロの彼を必死に生き長らえさせようとしていた。
最近頻発して起こすようになった『頭痛』の事も気にかけており、原因が分からずその悩みも抱えていた。
だが1人で居てはいつ自虐するかもわからないため、何を言われてもトライムはカツキの元を離れようとはしなかった。
頭痛によって身体のバランスを失ったのを見て、トライムは慌てて彼の事を抱きかかえた。
そして意識がある事を確認し、彼に手を貸し身体を支えた。
「大丈夫か・・・?」
「・・・悪い・・・ ・・・大丈夫だ、いつもの事だから・・・ グウゥァッ!」
「カツキ!!」
支えている間も頭を押さえ、懸命に頭痛と戦っているカツキにトライムは声をかけた。
すると先ほどよりも彼の事を信頼した様子でそう言い、普段起こっている事だから大丈夫と彼は言った。
しかし顔は苦痛で表情がゆがんでおり、再び襲いかかってきた頭の痛みに彼は苦痛の声を上げた。
慌てたトライムは袋を持ったまま彼を支え、一時彼と生活を共にしている空家へと向かって歩いて行くのだった。