その希望は絶たせない 2
自分を助けるのではなく、敵を助けて欲しい。
その発言には驚いたのか、言葉を聞いた両者は驚きつつ視線をアルダートに向けた。
『何で、自分の事ではなく俺の事を・・・』
「アルダート・・・ ・・・どうして、そうして欲しいんだ。」
この状況で向けられた言葉を聞き、クラウは驚きつつも何故その考えに至ったのかわからない様だった。
普通であれば敵意と恐怖を覚えた存在は、自分の事を優先して助けて欲しいと言うと思った。
もしくは自分は死んでも良いから、早く敵対する存在の隙をついて倒してほしいとも言うと思った。
しかし彼の言った言葉は、その両方のどちらでもない意見であり、とても新鮮な意見だった。
そんなアルダートの言葉を聞いて、ストレンジャーは敵意を向けていた事を忘れ彼に理由を問いかけた。
「僕自身の事も大切ですが、僕よりももっと・・・ もっと希望を持っている人が居るって知ったから・・・ そんな人を、貴方に倒して欲しくないんです。 クラウさん、本当は良い人だから。」
「まだ君は、そんな甘い事を言い続けるんだね・・・ 自分が死ぬかもしれない、この時に。」
彼の考えを聞き、クラウはまだまだ甘い子供なのだと思い再度彼に対して忠告をした。
今その気になればどんな方法でも命を絶たせられる、いつだって殺せるのだと。
「どうしてかは、わからないんですが・・・ クラウさん、本当は僕達を倒す事よりも。 対立した関係を失いたくないんですよね・・・?」
「・・・」
「何でかはわからないんですけど、自然とそんな風に思ってるんだって思うんです。 ・・・僕を捕まえている左手が、冷たい想いじゃなくて。 優しい想いに感じるんです。 なんでも創りだせる、優しい想いなんだって。」
しかしそれでもアルダートは話す事を止めず、何故かそう思っているのだろうと思った事を静かに告げた。
言葉を聞き黙るクラウに対して、彼は続けてそう言い敵ではないと何度も何度も言うのだった。
首に回している左手が冷たい想いではなく、優しい想いからそうしているのだと。
まるで全て見通しているかのように、泣いていたアルダートは静かにそう言い涙を拭っていた。
「・・・」
スッ
「? ・・・何故、流星石をしまった。 ストレンジャー」
そんな彼の考えを聞き、ストレンジャーは持っていた流星石を静かに上着の中にしまった。
その光景を見たクラウは驚き、アルダートを掴んだまま問いかけた。
「戦う理由が、お前には無いからだ・・・ クラウ。 俺達に対して、何かを感じてその行動を取ったのなら・・・ 俺はそれを否定しない。」
「なら何でしまったんだ・・・! 君達にとっての、その力を!」
「例え戦いを望んでいたとしても、俺はアルダートの希望を絶やす事はしたくない・・・ ・・・だからこそ、俺は戦う事はしない。」
問いかけに対し彼はそう答え、街の力を使って相手を倒す事をする必要がなくなったと告げた。
自分達に対して行ってくれた配慮と行動には感謝はするが、優先すべき考えはクラウではなくアルダートなのだと。
どちらが自分にとって考えに近いかを考えると、やはり彼の考えはアルダートに近いのだと思った様だった。
その証拠に、迷っていた表情は何時しか元に戻り、優しい眼差しを向ける彼がそこには居たのだ。
「・・・自分の身が、傷ついても・・・か!!」
パシュンッ!
「クッ!!」
「ストレンジャーさんっ!!!」
優先されなかった考えを聞き、クラウはそう言い右手で持っていた鞭をしならせ彼に向けて放った。
攻撃は再び顔へと直撃し、ガードを取っていなかったストレンジャーはそのまま叩かれた方向へと体制を崩した。
「ッ・・・ ・・・やっぱり痛いな・・・鞭は。」
よろけつつも足をしっかりと付け、ストレンジャーは再び叩かれた頬を撫でつつ呟いた。
肌が切れる時よりも痛みは残るものの、いつしか和らぐと思い改めてその武器の威力を感じていた。
誰かを守るためのその武器は、他人を傷つけるものではない。
そこに何か理由があり、彼は管理課の上位に位置するのだと思った様だった。
「これでもその気にはならないのか、君は。 どんなに自分の身が犠牲になったとしても、君はその行動を止めないのか!」
「・・・犠牲だとは、考えていない。 初めは俺もそう思っていたが、それは違うんだってな・・・ アルダートが、教えてくれたんだ。」
「この子狐に・・・?」
本気の体制ではなかったとはいえ良い攻撃が入ったと思っていた彼は、まだその考えを持ち続けるのかと叫んだ。
するとストレンジャーは痛む箇所の頬を撫でていた手をおろし、犠牲があるから生むのではないと話し、それを教えてくれたのはアルダートなのだと続けて言った。
それを聞いたクラウは自らが捕まえている弱気な子狐を見下ろし、優秀だとは思わなかった存在が理由だと言った言葉に驚いていた。
「1人で行動を起こす事は、きっと俺には無理だ・・・ 友人であり仲間が居るからこそ・・・成し遂げられるモノもあるんだってな。」
「それだけの力を持っておきながら、言う台詞には見えないな。」
「変だと思ってくれても、別にかまわない。 俺はそう思い、正しいと思った事をする・・・ 敵であっても、敵だと認識しないと決めた相手には。 俺は刃を・・・向けない。」
自らが思っていた事を覆し、正しいと思わせてくれるような行動を取れる様になった事。
彼は静かにそう思った事を話すと、クラウはおかしな考えを持っていると否定した。
しかし彼はそんな否定を気にせず話し続け、敵だと思わない君には刃は向けないと告げた。
その後立っていた位置から静かに歩きだし、彼等の居る方向へと向けて歩み出した。
「・・・独裁者・・・か。 ・・・でも今の俺には、そんな相手は必要ない!」
静かに近づいてくる彼を見て、クラウは呟いた後今は必要ないと叫んだ。
それと同時に再び鞭をしならせ、彼に向けて攻撃を放った。
「ぁっ!!」
「スゥー・・・ 破ッ!」
バシンッ!!
それを見かねたアルダートが声を上げると、ストレンジャーは左手を上着のポケットに入れ1つの流星石を取り出した。
そしてそのまま瓶の栓を抜き、生成した『杖』を使いその攻撃を薙ぎ払った。
払ったと同時に風が弾け飛び、鞭の一部分である水を弾いた。
「無駄な事を・・・! 俺にはプリンセスしか居ない、あの人以外に大切な人はココには居ない!!」
鞭の一部分が弾け、威力が落ちたのを見かねたクラウは自分の居る位置へ鞭を戻し再度攻撃を放った。
しかしその攻撃をストレンジャーは歩きつつも冷静に1つ1つ杖で弾き、床に着いた反動でやってくるカウンターにも反撃を試みた。
何も施していない杖から出る一瞬の風は水を飛ばし、水面の静けさを変えるかのような行為にも見えた。
「だからと言って、自分の考えを否定する様な輩を俺は野放しにはしない・・・ 考えが間違っている相手が居るのなら、俺達はその考えを正すだけだ。」
「君に何が解る!!! プリンセスの涙は、俺達にとって一番の苦しみだ! 俺達があの人と共にいる幸せを感じても、あの人だけは何も感じることなく常に涙を流し続けるんだ! 枯れた心さえも潤わさない、あの涙が!!」
「・・・それでもお前は、幸せを求める行動を止めようとしなかった・・・ 違うか。」
「ぁっ・・・」
攻撃を弾いたと同時に言われるクラウの言葉を聞き、彼は表情を変えず歩く事さえも止めようとしなかった。
どんな位置からもやってくる鞭の攻撃を冷静に跳ね返し、背後からやってくる攻撃さえもその身に寄せ付けようとはしなかった。
弾けた水は至る所に付着し自然に帰って行く中、まるで乱舞しているかのようにストレンジャーは行動を止めようとはしなかった。
彼の言った『遊戯』とは、こういう事なのではないか。
ストレンジャーは払ったと同時にその言葉を言うと、クラウの攻撃の手が一瞬止まった様にも見えた。
その隙をついて、彼はクラウの元へと接近しつつ杖を上方へと投げた。
その行動に驚いたクラウは鞭で杖を払おうとしたが、彼の攻撃はそこではなく自身の身体から来ることを後から知る事となった
手元が軽くなったストレンジャーはそのままアルダートを掴んでいるクラウの左手を引きはがし、彼の身の安全を確保した。
そのまま続けてやってくるであろう右手の流星石を手刀で弾き、ストレンジャーはクラウの事を両手で押し倒した。
おそらく来るであろうその行動を阻害する様に、倒れた事を見ると彼の胸に両手を置き真っ向から相手を見るように目を見た。
それと同時に、囮として使った杖は静かに地面へと落下し乾いた音が周囲に響き渡った。
「・・・君の負けだ、クラウ・・・ 君は優秀でも、守るべき相手がそばに居ないとな・・・ プリンセスはきっと、その事でも悲しむんだと思うぜ・・・」
「・・・」
身体が押し倒され冷たい床の感触と日差しを浴びつつ、クラウは彼から一言そう告げられてしまった。
何処か絵になるその光景をアルダートは見つつ、真剣な眼差しを敵に向けるストレンジャーを見ていた。
何を言われても構わない、何を思っても構わない。
護るべきものがあるのなら、感じたその時からずっとそばに居ればいい。
彼の強みである『言葉の力』を使って、ストレンジャーはその行為を終わらせるのであった。
負けを指摘されると、クラウは脱力感に襲われ身体を大の字に伸ばし静かに空を見上げた。
何処か寂しそうな表情をしており、これほどまでにそんな感情になった時はあっただろうか。
そう考えているであろう雰囲気を見せていた。
「負け・・・か・・・ ・・・ネコの言ってた通り、君達はこの世界を変えるつもりなんだね・・・ 完敗だよ、その力と考えには。」
「・・・俺も、お前となら共に歩めるような気がしたんだがな・・・ 今のままじゃ、きっとそれは敵わない。 いつか変える時まで、お前は大切な人と居ると良い。 ・・・お前の鼓動からは、そんな醜い音を伝えてはこないからな。」
「ハハハッ、プリンセスと同じ事を君も言うなんてな。 さりげなく聞いて、自分の心を見抜く様な言い方をされたら困るんだよなぁ・・・ 本当に。」
本当に負けた事を知ると同時に、ストレンジャーの言った言葉にクラウは笑い声を上げた。
その表情は純粋な笑顔であり、自分の思っている相手と同じことを言われてしまい少し驚いたようだ。
とはいえ、なんとも思っていなかった相手に自分の鼓動を聞かれ感想を言われると、いろいろと気持ちに困るようだ。
軽く起き上がる様に手を動かすと、それを見たストレンジャーは身体を移動させ彼が起き上がれるように配慮した。
「・・・俺の負けだね、ストレンジャー アルダート。 ・・・ここまでとは、思ってなかったよ。」
「クラウさん・・・ 僕・・・」
ゆっくりと立ち上がると、クラウはそう言い2人に自分の負けだと改めて言った。
情報を聞き見る事で行動を止めようとしていたのにもかかわらず、結果最終的な場所まで行ってしまった。
それでも後悔はしていない事を彼は思い、2人に笑顔を見せていた。
そんな彼を見て、アルダートは呟きながらそう言った。
「良いよ、何も言わなくても。 むしろ悪い事をしたのは、自分の方だからね。 ゴメンな。」
「いいえっ、僕の方こそ・・・! ・・・貴方を、疑って・・・」
「・・・」
ポンッ
「ふわぁあっ ・・・クラウさん・・・?」
先ほどのやり取りで自分が疑った事、自分のせいでストレンジャーを迷わせてしまった事。
その事に対して何かを言いたかったのだろうと思い、クラウは何も言わなくても良いと告げむしろ自分の方が悪いと言いつつ、頭を下げた。
そんな彼にアルダートは弁解しようとするも、言葉に迷ってしまい上手く口が動かなかった。
すると、そんな彼を見かねたクラウは手を伸ばし優しく彼の頭を撫でた。
「君はずっと、笑顔で居な。 龍君のためにも、ずっと希望で居続けるんだよ。 1人じゃ駄目な事は、2人でやればいいんだからさ。」
「ぁ、はい・・・ ・・・ありがとうございます、クラウさん。」
「こちらこそ。 旅路、気を付けてな。」
頭を撫でながら膝を曲げ、彼はそう言いつつアルダートにそう告げた。
そんな彼の優しい笑顔と言葉を聞いて、アルダートは静かにお辞儀をし彼に礼を言った。
それに対し彼は返答をすると、撫でていた右手をポケットに入れ1つの鍵を取り出した。
その鍵はネコSの時にも貰った地区の外へ行くための手段であり、通行証として使われる代物だった。
今いる地区の管理課を倒した際に貰える、改革者として行動をするものへの賛同の証。
取り出した鍵をアルダートの前に出すと、彼は手を出しその鍵を受け取った。
「さ、行きな。 君達の希望を、俺の希望にも代えてくれ。」
「・・・ありがとう、クラウ。 ・・・元気でな。」
静かにその鍵を託すと、彼はそう言い2人を外へ行くよう指示した。
自らが求める物がこの先にあるのなら、それを取りに行けばいい。
希望だと感じ共に居るべきだと感じるその相手と共に、行動すればいい。
励ましであり宣誓を聞き届けると、ストレンジャーは礼を言いアルダートと共に庭園を後にして行った。
『改革者の龍、見知らぬ人【ストレンジャー】か・・・ ・・・プリンセスの運命を、変えてくれ・・・』
そんな2人の姿を、クラウは静かに見送るのだった。
花弁の舞う、庭園の小さな空間で。