獣人の大切な人 3
「本当に広いんですね、ここって。」
「まぁな。」
アルダートの提案により、宮殿内を散策する事となったストレンジャー達。
書斎から移動する際に通った通路とは違う場を通りつつ、日差しの差し込める中庭へと彼等は向かって行った。
宮殿の入口の豪華な造りもさることながら、彼等の向かった中庭もとても豪勢な造りとなっていた。
丁寧に刈り揃えられた芝生に、彼等が管理者である事を象徴するかの如く整えられた数体のオブジェと生垣によるモニュメント。
点々と設置された花壇からは綺麗な花々が咲き乱れており、まるで春先の空間に迷い込んだかのような雰囲気が漂っていた。
しかし時期は肌寒くも無く熱くもないと言う妙な頃合いであり、間違っても『春』ではない。
それだけは言える、その日の四季だった。
「中庭ですよね!? 凄い、まるで公園みたいです!」
目の前に広がる中庭を見て、アルダートは驚きながらも隣に居たクラウに問いかけた。
すると彼は軽く頷き、所有地であり持ち場でもある事を同時に伝えた。
「敷地の一角を全て使った庭園だ。 良ければ見てくると良いよ。」
「うわぁ! ありがとうございますっ!」
中庭全体を見てきても良いと言われ、アルダートは笑顔でお礼を言い中庭へと入り込んだ。
大理石で出来た足場を軽く跳びながら移動しており、無邪気に彼ははしゃいでいた。
それだけ、この空間が気に入ったのだろう。
「・・・ ・・・これだけの場所が、ここにもあるのか。」
そんなアルダートの様子を見ながら、ストレンジャーは軽く呟きながらそう言った。
宮殿の造りは今朝のやり取りで一通り見ていた事もあり、どれだけの土地を管理しているのか彼には想像もつかない。
だが、これだけの自然を有する場所がある事は嬉しいようだった。
「プリンセスが好む場所を管理するのが、自分だからね。 あの人が少しでも心の苦しさを緩和出来る場所、時間を俺は造りたいんだ。」
「・・・もう1人、会いたい人のためにもか。」
「そうだよ。」
呟き声に対しクラウはそう答えると、アルダートの様子を見つつ中庭へと足を踏み入れた。
自分が大好きな人の好む場所を作りだし、なおかつそこを管理するのが自分の仕事だと言った。
それに対しストレンジャーは問いかけを彼にすると、それにもクラウは肯定するかのように返事をしつつ頷いた。
その後2人は特に会話はせず、静かに中庭の空間を楽しむかのように吹いてくる微風に髪をなびかせていた。
何処か遠くを見ている気もする2人ではあったが、今では互いに警戒する事は無く静かにその場の時間を堪能している様だった。
大切な物を守ろうとする存在と、願いのために行動する存在。
対なる存在同士ではあったが、今は特に気にしていない様だった。
「・・・1つだけ、今の君にしてもらいたい事があるんだが。 受けてくれるかな。」
「? ・・・なんだ。」
しばらくすると、クラウは不意に隣に居たストレンジャーに対し提案を持ちかけた。
何かをして欲しいと敵側の存在から頼まれるとは思っていなかった様子で、ストレンジャーは軽く驚きながらも内容を聞いた。
「俺達は確かに敵同士、それに対する行動もしないといけない。 ・・・君の実力を知りたい、少しだけ相手をしてもらえないか。」
「・・・ ・・・それは『この街の力を使って』の応戦をしてほしい、と言う意味か・・・」
「多少の情報提供をしないといけないからね。 それも込みで、素手でのやり取りもしてほしい。」
彼の頼みは、敵であるがゆえにしなくてはならない行動。
相手を負かせるための行いであり、情報を上に伝えないといけないと彼は考えた上で行ってほしいと言ってきた。
もちろんストレンジャーからしたら大切な情報収集の場ではあるが、流星石の使用制限を減らすと言う事でもある。
メリットもあるがデメリットもある様子で、返答に困りながらも少し考え結論を出した。
「・・・分かった。 お前の願い、叶えよう。」
「感謝するよ、見知らぬ龍君。」
考え出した上での結論を聞き、クラウは軽く笑顔を見せながら彼にお礼を言った。
敵同士でなければ、これ以上のコンビは生まなかっただろう。
そう思わせるような2人であり、宿命には逆らわない様子で彼等は返事をし互いに握手をした。
その後アルダートが庭園に居ないと心配すると言うストレンジャーの申し出を聞き、彼等は庭園で暴れても被害が出にくい場所へと移動して行った。
「・・・ココなら、広い空間であるし花達に被害が出る事は無いだろう。」
やり取りの後、彼等は庭園の中央から少し外れた位置にあるちょっとした空間へと移動していた。
そこは大理石で作られた足場が綺麗に集まる場所であり、一休みするための空間であり広々とした場所でもあった。
所々に足場と同じ素材で作られた柱が立っており、外の空間と同化するための施しもされていた。
その後クラウは下げていた流星石を1つ手にし、軽く身体を柔らかくするかのようにストレッチをし出した。
それを見たストレンジャーも同様に着ていた上着を脱ぎつつ流星石を手にし、手足を痛めないようにとストレッチしていた。
両者が倒すためではない戦いだとわかっていても、それでも全力で行こうとする雰囲気が漂っており、少し間違えたら相手を倒しかねない雰囲気も出していた。
だが互いに手加減はする様子で、実力を相手に示す場にはもってこいの空間が出来上がりつつあった。
「・・・いつでも良いぜ、クラウ。」
一通りの準備運動を終えた様子で、戦う態勢の出来上がったストレンジャーはクラウに声をかけた。
それに対しクラウは軽く頷き、こちらも準備が出来た様子で軽く構えを取っていた。
「それじゃあ、お手柔らかに頼むよ。 見知らぬ龍であり、改革者の龍『ストレンジャー』」
「お前こそ、な・・・ 藍髪の獣人『クラウ・ルミナシール』」
バッ!
その後戦闘前の一声を駆けるように言い合うと、両者は大地を蹴り戦闘へと身を投じて行った。
「ハァッ!」
戦いに身を投じ、先に攻撃を仕掛けたストレンジャーは流星石を一度ズボンに入れ素手での戦いを彼に挑んでいった。
背丈差もありボディに力強く入れる事は困難ではあったが、それでも彼は頼まれた戦い方に近い行動をしようとしていた。
そんな彼の真正面から見る強い眼差しを感じ、クラウもそれに応戦しようと瓶を再度腰から下げ素手で挑んで行った。
バシッ! バシッ!!
「ッ・・・!」
しかし何回か相手のボディに向けてストレートパンチを放つものの、なかなかクラウの身体に入る事は無かった。
全て相手の掌や腕で受け止められてしまい、それなりに威力を絞って放っても良い感触の攻撃は出なかった。
「なかなか良いな。 体系と予想する切れのある攻撃とは、また何か違う。」
「・・・やはり、そう簡単にはボディに入るわけないか。 お前等の主が認めた、4人の管理課の上位者の1人ってこともあるか・・・」
その後も蹴り上げや回し蹴りによる攻撃も放つと、攻撃を見切りつつクラウがそんなことを呟いた。
大体の威力の予想はついていたものの、どうやら予想以上の威力を出していた事に驚いたのだろう。
ストレンジャーも彼同様の考えを持っていた様子で、そう簡単に倒れる相手ではない事は両者が分かって挑んだ勝負。
それは長期戦以前に、とても楽しい戦いになるであろうと両者は軽い笑みを浮かべ戦いを楽しんでいた。
純粋な敵同士ではなく、互いに認め合う好敵手の様に。
「素手はもう十分楽しめたな。 ・・・そしたら。」
スッ
「・・・流星石か。」
数発の素手による攻防戦を十分楽しめた様子で、クラウは不意にそう言いながらストレンジャーとの間合いを取る様に後方にバク転した。
その後下げていた流星石とは違う石をズボンから取り出し、彼に見せるようにその瓶をちらつかせた。
「打撃武器による君の力も見させてもらおうか。 おそらく剣術は得意と見えるから、君にはこの武器で対抗してもらうよ。」
一通りの戦いを見て何かしらの予測をした様子で、彼はそう言うと持っていた流星石をストレンジャー目がけて放り投げた。
「・・・それも、予測済みか。」
「どうやら、当たっているようだね。」
パシッ
「・・・否定はしないさ。」
シャキンッ!
彼の予想に否定はしない様子で、ストレンジャーはそう言いながら投げ放たれた流星石を受け取り呟きながら栓を引き抜いた。
すると、栓に続いて液体が流れ形が形成され細長い棒状の杖がその場に形成された。
「『杖』か・・・ ・・・面白いな。」
「さぁ、その武器で君はどう戦うかな。 見させてくれ、改革者の龍・・・!」
バッ!
出来上がった武器を見てストレンジャーは軽く呟き、何の流星石であるかをわかっている様子で武器を見ていた。
何時しか色合いがまとまり茶褐色の杖が彼の手元にはあり、先端には無色の水晶がはめ込まれていた。
武器を持ったことを確認すると、クラウは持っていた別の流星石を武器へと変換させ再び彼に戦いを挑んで行った。
もちろんそれを見たストレンジャーも動きを見せ、両手でしっかりと握った杖と共に、再び彼に挑んで行ったのだった。
「ハァアアッ!」
手元に生成した『槍』を構えると、クラウは攻撃を開始した。
両手で持っていた武器を右手にしっかりと持つと、彼はストレンジャーに向けて槍を振り下ろした。
それを見かねたストレンジャーは、攻撃の方向と着地点を推測し身体を右へと移動させつつ杖を構えた。
「・・・破ッ!!」
攻撃を回避し隙を突くように彼は気合を入れ腹から声を出し、杖を振るった。
行動を見たクラウも攻撃を避ける様に身体のバランスを後ろへと向け、再びバク転をしながら避けようとした。
すると、
パシュンッ!!
「なっ・・・!」
彼の振った杖の先端から小さな閃光弾が飛び出し、弾け飛んだ様な破裂音が響いた。
それと同時に一時的に風が周囲に飛び交い、クラウが取ろうとした行動のバランスを崩した。
片手でバランスを取ろうとしていた事もあり、そのまま彼は前のめりに地面へ身体が傾き後転した。
「・・・まさか、何も施していないその力を放つなんてね。 驚いたよ。」
仕方なくそのまま転がり体制を戻すと、クラウは再びその場に立ち上がり口を開いた。
本来であればただの打撃武器でしかない『杖』では、槍よりも切れ味はないものの棍棒として使うことが普通だと彼は読んでいた。
ましてや自らが貸した流星石と言うこともあり、予想の範囲内で収まると思っていたようだ。
しかし現状ではその予想を超えた威力を発揮し、発動した本人であるストレンジャーも不思議そうに見ていた。
「・・・本来なら出ないのか。 ・・・大丈夫か。」
「普通なら、な。 平気さ。 ・・・まさか敵対している存在に気を使われてしまうなんてね、情けないな。」
「・・・」
借りた力にも関わらず予想外の行動をした事を知り、ストレンジャーはクラウを見つつ声をかけた。
それに対してクラウは返事をし、敵対している彼に気を使われている事に少し恥を覚えているようだった。
たとえ表向きの敵であっても声をかけたことは不味かったと知り、ストレンジャーもそれ以上は何も言わなかった。
「仕方ないね、こういうのは止めにしよう。 ・・・後は、本気の力で戦うだけ。 もう手加減はしないよ。」
バランスを崩した際に落としてしまった流星石を回収しつつ、クラウはそう言った。
自らが提案した行動とはいえ、まさか自分が彼に対して劣勢になるとは思わなかったのだろう。
少々意外な結末でもあり、遊ぶ戦いでは満足はしなくなってしまった様だった。
少しだけ彼の目つきも変わっており、先ほどまでの柔らかい笑顔から真剣な目つきへと変わっていた。
そんな彼の様子を見て、本当に自分の前に立っているのは敵なのだとストレンジャーは改めて認識した。
たとえ話をした相手であっても、互いに立つ位置は違い護るべき物も違う。
彼の護る物は『大切な存在』であり、自分の目指す『希望』とは共存し得ない関係。
本当に敵でなければ、どれだけ違う関係に慣れただろうか。
ストレンジャーは静かにそんな事を思っており、この世界が作り上げた悲しい関係を改めて知るのだった。
「・・・分かった。 俺も、自らが持つ力で戦わせてもらうぜ。」
「頼むよ、ストレンジャー」
本来のやるべき事を自覚したように言ってきたクラウの提案を聞き、ストレンジャーは静かに返事をし持っていた流星石を元の瓶の姿へと戻した。
それと同時に、ズボンのポケットに入れていた彼の持つ力を取り出し本気で対立しようと思うのだった。
静かに行動し準備をする彼を見て、クラウも槍を捨てベルトに引っ掛けていた流星石を手にした。
彼が持つもっとも強いと思われる力であり、下手したらネコの時同様に化物と化して襲ってくるかもしれない。
どんな力であっても対抗しようと、ストレンジャーは気合を入れなおし再び対峙するのだった。