街の外の仕組み 3
『んー・・・』
管理課でそんなやり取りが行われているとは知らずに、行動しているアルダートとストレンジャー達。
2人は静かにその場で『本を取っては読み、棚に戻しては別の本を手にする』という行動を繰り返し行っていた。
時刻はいつの間にか黄昏時となっており、部屋の明かりが常についているに等しい書庫ではあったが徐々に窓辺が暗くなるのを彼等は見ていた。
しかし、ストレンジャーが求める本がなかなか見つからない事もありアルダートは疲れた様子で近くの椅子に座り休憩していた。
「ハァ・・・ ・・・こんなに探したのに、それっぽい事が書かれてる本が一冊も無いなんて。 おかしいなぁ・・・」
座ったままそんな溜息をつきつつ、アルダートは目の前に広がる広々とした書庫の風景を見ていた。
1階部分を全て見終えた彼等は、今は2階部分と3階部分を見る担当に別れて行動していた。
時折食事のために席を外すことはあったが、それでも時間が流れる事には変わりはない。
その上疲労も溜まる為、さすがにそれには耐えられず彼は休んでいたのだ。
不意に上の階をアルダートは見てみると、そこでは変わらずにずっと本を読んでいるストレンジャーの様子が見えた。
彼は背中に翼がある為、届かない位置にある際は自ら飛び立ち羽ばたきながら読んでいた。
自分よりも確実に体力を使っているはずなのに、それでも疲れを見せない彼に対し、アルダートは尊敬の眼差しを向けていた。
「やっぱり、ストレンジャーさんはカッコいいなぁ・・・ ・・・僕も、そんな風になれたらいいのに。」
改めて彼の事をカッコいいと思い、アルダートはそんな彼のようになれずに居る事を少し残念そうに後悔していた。
今までずっと彼の背中を追いかけ、今でも彼に頼られて行動していると思っていた。
だが差は未だにある事には変わりは無く、こういったところを見るたびに少しだけ寂しくなるようだった。
でも、諦めたらそこで終わってしまう。
それだけは彼の中でも一番分かって居る事のためか、アルダートは再び気持ちを入れ替えその場に立ち上がった。
「僕も・・・ ずっと追いかけるんじゃなくて、前を歩けるようにならないと。」
再びそう思うと、アルダートは右手を握りしめ胸元で手を強く固めた。
その後前を向き、近くにある本棚へと再び向かい本を手にし中を開いた。
すると、
「・・・ぁっ ・・・コレ、もしかしたら・・・ ストレンジャーさんっ!」
彼の手にした本は自らが読める言語で書かれており、軽く内容を読んだ後アルダートは上の階に居るストレンジャーの名前を呼んだ。
するとそれに対する返事が軽く返ると同時に、吹き抜けの広間に飛び立った彼の姿が映りアルダートの元へと降りてきてくれた。
その後手にした本をアルダートはストレンジャーに手渡し、彼の求める本かどうかを確認した。
「・・・これだ。 周辺の本も、少し拝借しておこう。」
「はいっ」
どうやら彼の目当てに近い本だった様子で、ストレンジャーはそう言いアルダートが見つけた本が入っていた書庫を見つつ他にも良い本があるかもしれないと言った。
彼の声を聞き、アルダートは別の場所に置かれていた荷台を手にしその本と近くにあった本を手にし積んでいった。
一通りの本を集めると、彼等は広間にあったソファとテーブルの元へと移動しようと言い1階の広間へと向かって下りて行った。
それから荷台に積んだ本を数冊手にし、彼等は揃ってソファに座り1つ1つ読んでいった。
近くにあったランプにも流星石で明かりを灯し、夜になっても彼等は作業を止めようとはしなかった。
そして、気になった所を見つけてはアルダートはストレンジャーに声をかけ、確認してもらおうと時折話をする以外は口数は比較的減っていた。
声を掛けられていたストレンジャーはと言うと、何処からか拝借したのであろう紙とペンを使い文字を書いていた。
どうやら気になるところをメモしている様子で、後でアルダートに見せるつもりでいたのであろう。
そんな作業を続ける事、しばらく・・・
パタンっ
「フゥ・・・ ・・・これで、全部読み終えましたね。」
「そうだな・・・ ありがとう、アルダート。」
積み込んだ本全てに目を通し終え、彼等は少し休憩するかのようにソファに持たれ一息ついていた。
アルダートの表情を軽く見たストレンジャーは、ずっと一緒に探してくれた彼にお礼を言いつつ軽く笑顔を見せていた。
「ぁ、いいえっ」
そんな彼にお礼を言われ、アルダートは嬉しそうに照れつつ笑顔を返していた。
「君が教えてくれた事もだが・・・ これで大体の現状は掴めた。 問題は、ネコの言っていた『プリンセス』だな・・・ ・・・どの本にも、その事だけが書かれてない。」
「そうですね・・・」
一通り読み終え本で得た知識を確認する様に、ストレンジャーはそう言いつつ先ほどまで使っていたメモ用紙全てに目を通しつつそう呟いた。
彼等が管理課と呼ばれる理由や、地区と呼ばれる街の分断の理由。
流星石の特徴や調合方法の参考例など、さまざまな事柄を彼も知ることが出来た。
後は今後のなりゆきや手法だけが求められるため、その点の配慮をしようと考えている様子だった。
『・・・あっ、本片づけないと・・・』
メモを見て考え事をしているストレンジャーを見て、アルダートはとりあえず使った本を片づけようとその場に立ちあがった。
すると、
ガチャンッ
「?」
彼等の居た書庫と通路を仕切っていた扉が開かれる音が聞こえ、彼等は視線を扉へと向けた。
そこにはランプを手にし歩いている1人の存在の姿が映っており、夜の闇に照らされ顔元が良く見えなかった。
しかし体系だけは良く見えており、彼等とは違い体格の良い存在が居る事だけは分かった。
「こんな所で、何をしているのかな・・・? ちょっと変わった、お客さん達。」
「・・・」
しばらくその存在の姿を見ていると、影はそう言い書庫へと入りつつ澄んだ青年らしい声を発しながら問いかけてきた。
部屋へ入ると同時にその存在の姿が見えだし、彼等の前へと来る頃には色も姿もはっきりしてきた。
藍色の髪を軽く整え、パステルカラーのバンダナを額に巻いた男の獣人。
瞳の色は新緑の濃さを表現する様な緑色で、肌はパステルオレンジ色をしていた。
体格は良く、青年の頃合いにジャストミートするほどの逞しい獣人だった。
しかし口調は何処か優しく、表情も柔らかく警戒してはいるが敵視している様子はなかった。
「もしかして・・・ ココの管理主さんでしたか?」
とはいえ、自分達が誰であるのかを知りたい事には変わりはない様子だったため、アルダートは1つの仮説が浮かび軽く相手に問いかけてみた。
すると獣人は軽く頷き、どうやらこの宮殿の所持者である事が分かった。
「あっ、勝手に上がってゴメンなさい・・・ 僕達、ちょっと本を読んでて・・・それで・・・」
「・・・そうみたいだね。 何か探し物か。」
「ああ・・・」
慌てた様子でアルダートはそう言いながら、怒られても仕方がないと思いつつも理由を説明していた。
何を探していたかまでは言わなかったが、ここへ来た理由だけでも説明したかったのだろう。
軽く獣人がそう問いかけると、今度は座っていたストレンジャーがそう言いその場に立ち上がった。
「勝手に上がりこみ、管理している書物に手を出した事・・・ それは詫びよう。 ・・・だがその前に、貴方の名前を聞かせてもらえないか。」
「? それは意外な問いかけだな。 名前は普通、自分から名乗る物だと思ったのだけれどさ。」
「・・・それもそうだな。 すまない、訂正させてくれ。」
アルダートが返答に困って居た事を見た後、ストレンジャーは再度相手に謝りつつ名前を聞きたいと言った。
だがそれは相手にとっては意外な返答だった様子で、言っても良いが普通は自分から名乗る者なのではないかと言った。
そう言われ、ストレンジャーは相手の意見が正しい事を悟り今言った事を取り消してほしいと言った。
「俺はストレンジャー・・・ ・・・仮の名前ではあるが、今はそう呼ばれている。」
「僕はアルダートです。」
「ストレンジャーに、アルダートだね。 ・・・俺の名は『クラウ・ルミナシール』 俺の大切な人から、もらった名前だ。」
2人は名前を名乗ると、獣人も続けて名前を名乗った。
その後書庫の本に関する話を一時置き、3人は使った本を元の本棚へと戻しに向かって行った。
「・・・なるほど。 それでここへ来たのか。」
「ぁ、はい。」
持ち出した本を全て元に戻すと、3人は出会い初めに使っていたソファの元へと戻り話をしていた。
2人がソファへ座る中、クラウは別の場所から持ってきた椅子に腰かけアルダート達の話を聞いていた。
そして、何故ここへやってきたのかを知った。
「それで、知りたい事は知れたのか? 言語多様の書物があるから、探すのも苦労したと思うが。」
「ああ・・・ ・・・この街を平和にしたい、そうするための知識はほとんど知ったつもりだ。」
「僕はそんなストレンジャーさんのために、一緒に本を探してたんです。」
「そうだったのか。」
軽くクラウは問いかけると、彼等はそう答えこれ以上本を探し読むつもりは無いと言った。
彼等の返答を1つ1つ聞き、クラウも彼等がここに居る事も無いだろうと判断した様だった。
「・・・もう夜も遅い。 今日はここに泊って行ったらどうだ。」
その後ソファの近くにある窓辺から外の様子を見た後、クラウは2人にそんな提案をしだした。
元より外での野宿を勧めるつもりは無い様子で、街の雰囲気上道路では寒いと思ったのだろう。
軽い笑顔を見せながら、彼はそう言った。
「ぇっ、でも・・・ 急にお邪魔したら・・・」
「良いんだよ。 どのみちこんなに広い場所だけど、使っているのは俺1人だからな。」
「そうなんですか・・・? ありがとうございますっ」
しかし提案にはすぐに乗れない様子で、アルダートは今いる宮殿のつくりを思い出しつつ断ろうとしていた。
こんなに広い所に過ごしたことはない上、ましてや勝手に書庫を使った事に対する負目もあったのだろう。
だがさほど気にしていない事を再度彼が言うと、アルダートは少し意外そうに言いつつも提案に乗りお礼を言っていた。
そんな彼の嬉しそうな笑顔を見て、クラウも少し笑みを浮かべながら客人が出来た事を喜んでいた。
『・・・』
だがその様子を、一緒に居たストレンジャーはあまり喜んでいない様子だった。
それどころか、どこか彼の事を警戒している様子でもあった。