勇者の伝説?
今、世界は未曾有の危機にさらされている!
強大な力を持つ魔王が目覚め、この世界をその手中におさめんとしているのだ!
立ち上がれ、勇者たちよ!!
今こそその力で恐ろしき野望を打ち破れ!!!
――――と、そんな感じのノリで出発した勇者たち一行。
ここでは彼らの辛く厳しい旅の道程を記していこうと思う。
「ふ、ふふ…ふはははははははははは!!! この世界は俺のものよ!!」
いっそ恐ろしいほどに定番の悪役笑い。そして立ちはだかる敵を容赦なく切り倒していくその姿は、まさに悪魔の化身。
そう。邪悪の全てを凝縮したような笑みを浮かべるこの男こそ、いま世界を震撼させている魔お…
「救国の勇者である俺様に逆らうとは愚か者がぁ!!」
………あれ?
「ひれ伏せ愚民共!」
どこかで聞いたようなセリフで、バッサバッサと敵を切り伏せる。その手に握られているのは、真の勇者こそが振るうことの許された聖剣・エクス○リバー。
――――え? 彼、勇者?
あ…まあ、たまにはそんな勇者がいてもいいかもしれない。きっと口は悪くても、根はすっごくいい奴なのだ。いま流行りのツンデレとかいうやつだ(違う)。
彼は彼なりに世界を救おうと必死になっているのだろう。
「魔王ごときに世界なんぞやらんわ。この世はすべて俺のものだー! はーははははは!!」
―――……勇者って、『勇気のある人』っていう意味らしいから、そういう意味では彼は勇者だ。間違いなく勇者だ。勇ましい者だ。……そういうことにしておこう。
――閑話休題。
とにかく勇者には仲間がつきものである。魔法使いとか戦士とか、そういった人たちが。賢者とか、そういったまともな人たちが!
「勇者殿。そのくらいにしてください。村の皆さんが怯えてしまっているではないですか」
ほら、いた!!
体を黒いローブで覆い細い木の杖を握った魔法使いは、穏やかな語り口で勇者を諭した。勇者の所業には慣れてしまったのか、やれやれといったように肩を竦めて辺りを見回す。
その目に飛び込んできたのは、逃げ遅れて魔物に襲われたか、はたまた勇者の巻き添えを喰ったのか、肩に傷を負った村人の姿。
魔法使いは慌てて側に駆け寄った。
さすがは魔法使い。勇者の性格を補うように優しい。RPGとかで回復術を使うキャラは、やはりこうでなくては。
「大丈夫ですか?」
「は…はい」
村人は痛みに顔を顰めながらも頷いた。それに安堵したように息をつくと、魔法使いは杖を傷に向けながら聖者の笑みを浮かべて言った。
「じゃあ、大丈夫じゃないくらいに傷を広げてから治しますね」
「は?」
……はあ!?
村人はあまりの驚愕にあんぐりと口をあける。
そりゃあ驚くよ。村人もみんなもびっくりだよ。
傷を広げる意味がわからない!!
「だって、ほら。せっかくなんだから、もっと恐怖と痛みに怯えた顔がみたいじゃないですか。魔物は勇者殿があっさりやっつけてしまったし。ああ、安心してくださいね。死なない程度に苦痛を与えたら、すぐに治してあげますから」
変態だ! 変態の人だぁぁぁぁ!!
我に返った村人はあまりの恐怖に後ずさった。できればすぐにでもこの場を立ち去りたいのだろうが、いかんせん腰が抜けて動けない。
それでも必死で体を動かし、魔法使いと言う名の外道に背を向け逃げようとする。
だが。
ガシッ!
「―――逃がしませんよ」
「ひいっ」
にっこりと笑う魔法使い。彼の中に悪魔の影が見えた気がした。
誰か助けてあげて! 哀れな村人を助けてやって!!
「ままままま魔法使いさんっ、そ、そのくらいで勘弁してあげてくださいっ!」
おお、えらい! 悪魔に立ち向かう勇気のある若者がいた!
……木の陰に半分以上体を隠しているけど。声がどもってる上に裏返ってるけど。
大きな体で縮こまりながら、それでも必死で魔法使いを諌める。
その声に嫌そうに顔を顰めて、魔法使いはそちらを向いた。
「うるさいですよ……って、ああ!!」
その一瞬の隙をついて、捕らえられていた村人が逃げ出した。助けてくれた若者に感謝しつつも、振り返ることなく走り去る。
『ありがとう見ず知らずの若者よ。君の勇姿は決して忘れない』と、村人はこの日の日記に記したという。
それはさておき、村人に逃げられた魔法使いはもちろん不機嫌である。
「ああ。せっかくの獲物だったのに」
助けるべき一般人を“獲物”呼ばわりする勇者の仲間がいてもいいのだろうか。いや、いけないのだが、それを彼に告げる勇気は今のところ誰にもない。
「なんてことしてくれるんですか戦士殿」
睨みつけるは、先ほどの若者。
――え!? 彼が戦士なの!?
「すすすすすすすみませんっっ!!!」
弱いっ! 戦士弱い!!
ちなみに勇者が魔物たちを倒す間、彼はずっと怯えて物影に隠れていた。ありえない人Part3である。
戦士って、普通は率先して戦うべき人なのに。
村人を助けたのはいいが、その前に勇者と魔法使いの暴挙を止めてほしかった。
というか、本当に彼らにこの世界の命運を託してもいいのだろうか。疑問に思う人はいなかったのか。
こうなると、勇者がエクス○リバーとか持ってても、まず適性検査とか受けさせたほうがいいのではないかという気がしてくる。
とにもかくにも敵をすべて倒した勇者一行は、次の町へ向けて移動を開始した。できれば次の町の人たちに避難勧告を出したいところだ。
「あ、あのっ、勇者さん。み…道が、違います〜」
「うるせぇ! 俺様に逆らうんじゃねぇ!!」
ビクビクと注意する戦士を睨みつける勇者。悲しい光景だ。
「まあまあ勇者殿。そういうことは賢者殿に聞くべきですよ」
相変わらずの胡散臭い笑みで、魔法使いは後ろのほうにいる青年に目をやった。
この青年が最後の1人、賢者である。――どれだけ変人でも、もう驚かない。
賢者は魔法使いの尋ねるような視線に、面倒くさげに答えた。
「どっちでもいいんじゃない?」
いいのかよ!
適当というのもおこがましいくらいの適当さ。なんで彼が賢者と呼ばれているのか解らない。しかも服のポケットから覗いているのは、明らかに電子辞書。
そこまで面倒くさいのか。なら賢者にならなきゃいいのに。
色々と言いたいことはあるのだが、たぶん言っても意味がない。
そんな面倒くさがりの賢者の言葉を受けて、勇者一行はそのまま先へと進む。
魔王を倒して、自分が世界征服をしようと企む勇者。
癒すより、切り刻んだりする方が大好きなドSの魔法使い。
戦うのが大嫌いなヘタレ戦士。
そして、自分で考えるのも面倒くさい、電子辞書を標準装備の賢者。
ありえない彼らの、ありえない旅はまだまだ続く。
ちなみに、その頃の魔王は。
「あ、世界征服をさせていただく魔王です。これ、つまらないものですが」
「あ、これはわざわざすみません」
周りの国々の王様に、あいさつ回りをしていた。
今、世界は未曾有の危機にさらされている!
強大な力を持つ魔王が目覚め、この世界をその手中におさめんとしているのだ!
立ち上がれ、勇者たちよ!!
今こそその力で恐ろしき野望を打ち破れ!!!
――――立ち上がらないほうが、世界は平和なのかもしれない。