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退屈令嬢エレノアの事件簿

悪役令嬢はただ恋バナをしたいだけ

作者: Lemuria
掲載日:2026/07/13

※本作は「退屈令嬢エレノアの事件簿シリーズ」第2作です。

前作を読んでいなくても内容はわかるようになっているとは思いますが、もし不明点ありましたらご容赦ください。


前作はこちら:

→『私を殺しても誰も得をしないというのに』


 


 アカデミーの教室で、少女は今年新しく入学してきた公爵令嬢ミリアと会話していた。会話と言っても、ほとんど一方的に姉の愚痴を言うミリアに軽く相槌を打っているだけのようなものだ。


「大体お姉様ばっかりずるいのよ」


 何度目になるかわからないこのセリフに、少女は貴族的な微笑みを返している。少女は男爵家の令嬢で、公爵家であるミリアとは身分差があるので反論などもっての外ではある。だがそれ以上にこの少女は、ミリアの愚痴の対象である姉に興味があった。そのため少女の方からもミリアとは積極的に距離を縮めてもいた。 


「私こそ殿下と婚約するべきだったのに」


 何を言っているかが問題なのではない。なぜそれを言っているかをこの少女は的確に見抜き、そして相手の懐に入る。この少女の驚異的な交流関係はそうして作られてきた。

 圧倒的な社交術で相手を知り、そして人の心というものを深部まで熟知している少女は、次の対象をミリアに定めたらしい。


(とてもよく動いてくれそうですね)


 この少女、ソフィアは柔らかな表情を湛えながら、そんなことを考えていた。



 *   *   *



 王都にある公爵家別邸で、私は変わらぬ日常を退屈しながら過ごしていた。私は数ヶ月前、とある事件によって、婚約者だった第一王子殿下との婚約が破談になった。疑う余地もなく、私は被害者で、責任は王家にあったのだが、そのせいで未だに私には婚約者がいない。順当に行けば第二王子との婚約なのだろうが、王家の不祥事だったということもあってお父様が中々首を縦に振らないのだ。つまらなかった王妃教育も受けなくて済むし、自由な時間もできたのだが、婚期を逃すのも良くないことぐらいはわかっている。そんな宙にぶら下がった状態で、数ヶ月が経過してしまったわけだ。


「エレノア」


 私はお父様に呼び止められた。普段は厳格で固い表情をしているお父様だが、今は明らかに疲労の痕跡が顔に浮かんでいた。


「お前の婚約者の話なのだが、いくつか見繕ったのでお前が決めなさい」

「私が決めてもよろしいのですか?」


 貴族の婚約は家同士の結び付きだ。特に公爵家ともなれば、本人の意思だけで相手を選ぶことなどほとんどできない。私に候補の中から選ぶ権利が与えられているだけでも、かなり異例なことだと思う。


「ああ、先の件での詫びという意味もある。だが、お前が最も家のためになると思う人物を選びなさい。あとでミリアに婚約者候補の書類を届けさせる」


 私情に流されるなという話ではあるが、結局のところ私を信じてくれているということなのだろう。


 お父様と入れ替わるようにして、ミリアが小ぶりな木製の文箱を持ってきた。ミリアは私の二つ下の妹だ。特別な事情もない、正真正銘の実妹である。アカデミーに入学してから、ミリアは髪型や化粧、ドレスや香水等、着飾るもの全てに変化があった。非常に気を使っているようで、大人っぽく、女性らしくなったと思う。


「ありがとう」

 そう言って私はミリアから文箱を受け取る。


「ここにお姉様の婚約相手の候補が入っているの?」

「そうらしいわ」


 ふーん、と気のない返事をするミリア。いつもはこの手の話題が大好きなのだが、珍しく興味を示さない。それならばと思い、私は話題を変えることにした。


「アカデミーはどう?」

「別に、なんともないわ」

「もしわからないことがあったらなんでも聞いて。それに、あまり身分をかさに着た行動を取ってはダメよ。それから…」


 そこまで言ったところで、ミリアは足を踏み鳴らして大声をあげた。


「うるさいわね!首席だかなんだか知らないけど、調子に乗らないで!」


 そう言い放つと、ミリアは振り返りもせず行ってしまった。私は後ろに控えている侍女のアンナに目を向けた。


「難しい年頃なのかしらね」

「まあ、ミリア様はずっとエレノア様と比べられてきましたから」


 苦笑するアンナとは対照的に、私はひとつため息を吐くと、手元の文箱に目を落とした。

 ゆっくりと蓋を開くと、木とインクが混ざった匂いと共に、三枚の紙が現れた。婚約者候補が書かれた紙だ。一枚手に取ってまじまじと見つめる。


 一人目は侯爵家の令息のようだ。確か慈善事業に力を入れている領地だったはず。特に孤児院に多額の寄付を行い、運営している数も多い。婚約候補に選ばれた理由は、良い印象や名声を欲してのことだろうか。


 二人目は私と同じ公爵家だ。共通点が多い領地で、特筆するとしたらどちらも海に面していることかもしれない。大きな違いとして、あちらは海の恵みを船で輸送しているというところだろう。こちらは造船技術が乏しく、陸路が中心なので、婚約は造船技術の共有が目的だと思う。


 三人目は辺境伯家だ。ここの領地はなんと言っても四ヶ国に接していて、元々は国境の守護神として活躍していた。だが、昨今の隣国事情は落ち着いているので、今は隣国との橋渡しがメインの外交力の高い領地だ。


 書類に一通り目を通して見たが、各領地のことはあらかた知ってはいた。だけど私は肝心の候補相手のことをほとんど知らない。社交界で何度か見たことはあるが、挨拶程度でちゃんと話したことはない。私はずっと殿下と婚約していたので、殿方と親密になる機会自体、まるでなかったのだ。


「アンナは誰が良いと思う?」


 アンナも私の後ろから興味津々に書類を覗き込んでいた。


「難しいですね。一度顔合わせをしてお話ししてみればいかがでしょうか」


「そうね、それがいいわ。お父様にお願いしてみましょう」


 書類を箱に戻し、その旨をお父様に伝えに行く。事件が起こったのはこの二週間後のことだった。



 *  *  *



 始まりは一通の手紙だった。お父様が婚約者候補の家に、顔合わせの打診を行った返事が来たのだ。元々先方には婚約の話は通していて、擦り合わせは行ってあると言っていた。事情により私に選ばせることも伝えてあったという。


 そう、事前の打ち合わせは全て済んでいた。あとは私がどこを選ぶかだけだったはずだ。

 だけど、手紙に書かれていた返事は、婚約相手を妹のミリアに変更して欲しいとのことだった。令息がどうしてもミリアが良いと言っているらしい。


「どういうことだ?」

「どういうことなのでしょう?」


 私たちは首を傾げる。まあ、婚約の目的は家同士の結びつきだ。別に私でもミリアでもどちらでも問題ないと言えば問題はない。問題はないのだが。


「お姉様より私の方が魅力的だったってことでしょう」


 ミリアは胸を逸らして、勝ち誇ったかのように言う。自分が選ばれたことがよほど嬉しかったらしい。まあそれならそれで、私は別の人を選ぶだけなのだが、ことはそう単純にはいかなかった。直後に届いたもう一通の手紙にも同じことが書かれていたからだ。

 さすがにこれには驚いて私とお父様は顔を見合わせた。


「これでわかったでしょ?」 


 ふふん、と得意げに鼻を鳴らしてミリアは言った。私は目をぱちぱちと四回ほど瞬かせながら、お父様に確認する。



「ここの家も、ミリアの方を希望ですか?」

「そう書いてあるが…」


 お父様は困惑のあまり、手紙を横にしたり逆さにしたりしている。そのうち炙り出しでも試しそうな勢いだ。よほど手紙の内容が信じられないらしい。かくいう私もあごに手を当てて考え込む。

 私も直接手紙を見せて貰おうとした時、アンナが三通目の手紙を持って来た。お父様は嫌な予感がしたのか、ものすごく眉をひそめながら手紙を開ける。そしてそこに書かれていた内容を読み上げた。


「誠に恐縮ながら、愚息の強い希望により、婚約のお相手をエレノア様ではなく、ミリア様へ変更いただきたく存じます」



 *



「エレノア様、ずいぶん楽しそうですね」


 アンナに言われて、私は思いっきり口元が緩んでいた事に気づいた。両手で頬をグニグニと揉んで、口を真一文字に結び、気を引き締め直す。


「いえ、こんなに面白…じゃなかった。大変なことになっているもの。笑ってる場合じゃないわ」


 説得力は行方不明なので、上滑りするような言葉しか出てこない。日常に退屈している私に取って、変わったことや非日常的なことはハチミツのように甘美で、その甘い香りに引き寄せられる虫のように抗いがたいのだ。

 こんなこと偶然に起きるわけない。絶対に何かあるはず。隣で頭を抱えているお父様には悪いが、知りたいことがたくさんあった。


「お父様が、各家に打診したときはどうだったのですか?」

「各家ともに色良い返事を貰えていたし、エレノア次第であることにも理解を示していた」

「ということは、手紙の通り本当に令息の強い希望ということなんですね」


 ミリアが軽快に声を弾ませながら、話に割って入る。


「そんな驚くことではないわ。お姉様より私の方が女性として魅力的だった、それだけの話でしょ」

「ミリアは、この令息たちと面識があるの?」

「ええ、アカデミーで一緒だったわ」

「話をしたことは?」

「もちろんあるわ。それだけじゃ無い。みんな私のことを愛してくださっているのよ」


 私はこの言葉に引っ掛かりを感じて、後ろで控えていたアンナに目配せをする。私の言いたいことを察して、アンナは走り出した。言葉にしなくても私をよくわかってくれているのがアンナのいいところだ。

 私の婚約者候補が決まったのはたしか二週間前だったかと思う。少なくとも私はその時初めて婚約者候補を知ったのだ。

 おそらくミリアは、私の婚約者候補を知って、私に先んじて距離を縮めたのだろう。

 理由は大体想像がつく。私から婚約者を奪って勝ち誇りたい、それだけだ。おおよそつまらなく退屈な理由だが、それを成しとげられたことは普通では無い。

 つまり、妹の言い分を信じるとするならばだ。この返事が届く前から私の婚約者候補と面識があったということ。そして、婚約者候補が選定されてからたった二週間というわずかな期間で、三人もの殿方と親密な関係を築いたということである。私は素直にすごいと感動して、嬉しくなってしまう。普通で凡庸だと思っていた妹が、こんなことできるだなんて、私は想像もしていなかったのだ。

 ただ、それはそれ、これはこれ。私の婚約相手をどうするかは放っておけない問題だ。


「お父様、私の婚約相手はどうなりますか?」

「ミリアに何人求婚して来たところで、ミリアが嫁げる先はひとつだからな。まあそれ以外から選べばいい」

「お父様!それではお姉様が可哀想ですわ!私の余り物と婚約だなんて!」


 口に手を当て、ニヤつきながら言う。まるで可哀想と思っている顔では無い。お父様が睨むと、ミリアはちょっと怯んで押し黙った。


「あとは、そうだな。候補としては第二王子殿下だろうか」


 私としては少し意外だった。最も順当で可能性が高い相手こそが第二王子殿下だった。それを今の今まで保留にしていたのだから、お父様はもう王家に嫁がせる気なんてないのかと思っていたのだ。


「第二王子殿下も結局候補なのですか?」

「ああ、書類を見なかったのか?」

「候補の中にはありませんでした」

「最後まで悩んでいたから入れ忘れてしまったか。他家と顔合わせをするのに、王族相手にやらないわけにもいかなくてな、予定を組んであるのだ。三日後王城へ向かってくれ」

「三日後?ずいぶん急なのですね」

「殿下は今、国内で起きている事件の調査で忙しくしておられる。一時的に城に戻られるタイミングがその日しかなかったのだ」

「お父様!私もご一緒してもよろしいですか?」


 またまた話に割り込んで来たミリアに、お父様は苦い薬でも飲まされたような渋い顔をして言った。


「……なんでお前が行くんだ」

「お姉様の婚約者候補なのでしょう?気になるではありませんか。私が行っても別に問題ありませんでしょう?」

「エレノアに聞いてくれ」


 これっぽっちも悪びれる様子もないミリア。そんなミリアを見て、面倒になったお父様はあろうことか私に丸投げをしてきた。いくらなんでもそれは無責任というものではないだろうか。


「私は構いませんわ」



 *  *  *



 夜になりアンナからの報告を聞く。ミリアの話の裏取りに行ってもらっていたのだが、ミリアの言っている内容は概ね全て事実だった。


「まったく訳がわかりません。エレノア様よりミリア様を選ぶなんて、目か頭の病気にかかっているとしか思えません。それも三人?美醜の区別が付かなくなる流行り病かなんかですかね?」


 誰かに聞かれたら大問題になるようなことを口走るアンナ。延々と愚痴を垂れ流している。ミリアの態度がよっぽど腹に据えかねたらしい。身内贔屓かもしれないがミリアは普通に私より美人だと思う。だけどそれだけが理由とは私も思っていない。


「ミリアにだって良いところはあるわ」

「例えば?」


 例えばと聞かれるとちょっとすぐには出てこない。というかそういう聞き方はずるいと思う。たっぷり一分ほど考えた後、

「クッキー焼くのが上手よ」

 と答えて、アンナに湿った目を向けられてしまった。



 私はこの感じに既視感があった。

 平凡な人間が、まるで何かに覚醒したかのように別人のような行動を取る。ソフィアのやり口に似ているのだ。

 ソフィア。目を閉じて私は思考と思いを巡らせる。私とソフィアの関係を一言で言うのは難しい。そもそも二言三言会話を交わした事しかない間柄だ。私のソフィアへの印象を言葉にするなら、人の心を操る魔女、が一番近い。多分ミリアはその魔女からなんらかの干渉があったのだろう。例えば、自分に好意を向けさせる技術みたいなものを教えて貰ったのではないだろうか。自分でも馬鹿みたいなことを言っていると思うが、ソフィアならそれも可能なのではないかとも思うし、それぐらいでないと短期間で三人の殿方の心を射止めたという状況の説明が付かない。

 もしそうだったのであれば、この状況はソフィアが私のために設計してくれたものということになる。私はがぜんやる気が出て来た。こんなこと楽しまなければ大損だ。

 私が密かに決意を固めていると、アンナが声をかけて来た。


「でもどうすれば良いのでしょう。やっぱり一度顔合わせをして、話をしてみればもしかしたら三人とも目を覚ますかもしれませんが」

「それはしたくないわね。ミリアと同じ舞台の上に立つ事になるわ」


 仮にそれで婚約者候補を奪い返せたところで、それはあまりにつまらない解決法だ。そもそも解決だけを求めるなら何もしなければ良いのだ。別に婚約者の候補が多いなんて喜ばしいことではないか。放っておいて、私は私で別に探せば良い。だけど、なんとなくだがそれは不正解な気がしてならない。


 だがその日から、ミリアの行動にはどんどん拍車がかかっていった。

「お姉様!見て!この髪飾り、私の婚約者候補から頂いたものなのよ!」

 私の婚約者候補だったはずなのだが、いつのまにか妹の婚約者候補になったらしい。

 これを聞くのは三度目だ。一度目は、お姉様も婚約者からいただいたもの見せてというので、昔、第一王子殿下から頂いた髪飾りを見せたのだが、酷く顔を歪めたあと、それちょうだいと言ってきた。まあ、元婚約者から貰ったものなんて持っていても未練がましく見られて悪印象だし、そもそも別に使ってるわけでもないのでそのままあげたのだ。

 そうしたらその翌日、ミリアはまた昨日と全く同じことを言って来た。私はミリアの記憶に障害があるのではないかと疑ったが、もう持ってないというと、

「まあ殿方からプレゼントされたものがないなんて可哀想!」

 というので、それが言いたかっただけで、病気ではなかったのかと安心した。そして今、三度目の自慢が始まったのだ。


 身内にだけならまだ良かったのだが、妹はアカデミーでも順調に醜聞を広めていた。


「公爵家令息は自分の船を持っているのですって!今度私も乗せてくれるらしいわ!」

「辺境伯令息は、隣国に行っていて、国内では手に入らない珍しい花をお土産に持って来てくれましたわ!」


 こんな事ばかり聞かされうんざりしている周りの人たちは、なぜか私に助けを求めてくる。ミリアはこれでも公爵令嬢のため、面と向かって注意できる人が私ぐらいしかいないからなのだが、注意したところで聞く耳持たなければ仕方がない。

 というのも、私は一度ミリアに、あまり自分の話ばかりするものではないとちゃんと伝えたのだ。けれども、

「まあ!お姉様!嫉妬なんて醜いわ!」

 と一蹴されてしまった。だから私に言われてもどうしようもない。私にだってできないことぐらいある。

 額に青筋を浮かべて、爪が食い込むほど怒りを堪えているアンナが小声で、

「命じていただければいつでも毒を盛ります」

 とか物騒なことを言っている。絶対に命じないのでアンナは毒の在庫を数えるのをやめてほしい。



 そんなこんなで嵐のように三日が過ぎ、殿下との面会の日になったが、ただの同伴者であるはずのミリアの意気込みが凄い。お父様が心配そうな顔をして、くれぐれもミリアを頼むと私に言ってくる。私は知らない。


 私は数ヶ月前は王城に住んでいたので、特に感慨はないのだが、ミリアにとっては滅多に行く機会がない場所だ。目を輝かせているのも頷ける。石畳を抜けた先で馬車を降り、応接室に通された私たちは、目的の人物と対面した。ジークルード第二王子殿下である。兄の第一王子によく似て、非常に整った顔立ちをしている。だが二人には大きな違いがあった。人当たりが良かった兄と違って、ジークルード殿下は無愛想なのだ。笑ったところを誰も見た事がないらしい。まるで氷の内側に本心を隠しているようなミステリアスさが一部にはウケが良く、令嬢人気を二分していた。私としても面識はあるが、あまり話をした事はなかった。


「久しいな。エレノア嬢。あまり時間が取れなくて済まない。公務で明日にはここを立たねばならぬ。短い間ではあるが、今日はゆっくりして行ってほしい」

「こちらこそお久しぶりでございます。ジークルード殿下。国内の事件の調査で大変お忙しくしていると伺っております」


 私はカーテシーをして、貴族らしくお辞儀をする。表情からはわからないが、声色に疲労が滲んでいる。だいぶ苦労しているようだった。


「ああ、詳細は話せぬが、調査が難航している。私はあまりこういう事は得意でないのでな。優秀なエレノア嬢が羨ましい」


 お褒めいただき光栄ですわ、と言ったところで、ミリアがいきなり会話に割って入った。割って入ったのは会話だけではない。私と向かい合う殿下との間に体を滑り込ませ、私を後ろに押し出した。


「お初にお目にかかります!ジークルード殿下!」

 そう言って殿下の手を両手で握る。


 ヒョオオオウとどこから出たのかわからない声が後ろから聞こえて、振り返ると、アンナの表情が幽霊でも見たかのように青ざめて、目が空洞になっている。顔芸が面白いのもアンナの良いところだ。


 まあ、アンナの気持ちはわかる。王族相手に初対面で勝手に話しかけるだけでも無礼なのに、いきなり手を握るなんて殿下の護衛騎士に切りつけられてもおかしくない。そんなところを目の当たりにすれば誰でも血の気が引くだろう。

 私はミリアが何かをやらかす事自体は想定していたので別段驚きはしないが、想定していたのに止めなかったのは決して面白そうだったからではない。ミリアを止める術がなかったからだ。面白そうだったからではない。決して。


 前に出ようとする護衛騎士を殿下は軽く手で制したあと、ミリアの方を見て問う。


「君は?」

「ミリアと申します!」


 ミリアはにこりと微笑みかける。ずいぶんハキハキと喋るし、声のトーンが一段高くなっている気がする。いつもの癇癪の面影はどこにもなく、むしろ本当にこれが私の妹のミリアなのか疑わしくなってくる。


「エレノア嬢の妹か、覚えておこう」

「殿下にお会いできる日を楽しみにしておりました」

「君のような美しいご令嬢にそう言って貰えて光栄だ」


 無表情のまま告げる殿下。本当に表情を作るのは苦手らしい。妹はようやく手を離す。


「…面白いご令嬢だな」


 殿下は呟く。全く表情が変わらないので、表情から感情を読み取ることができない。まるで氷のように凍て付いているが、ミリアの無礼を許せるぐらいには懐が深いのだと思う。


「中庭に茶会の準備をさせている。案内しよう」





 私はとても楽しみにしていた。短期間で三人の殿方の好意を得たミリアの手練手管がこの目で見れると思ったからだ。それこそミリアの同行を許可した理由だった。最初の挨拶がそれだというのなら、ちょっと命懸けな気がしないでもないが、少なくとも殿下の印象に残す事だけは成功したように思う。


 茶会の最中はほぼずっと殿下とミリアで話をしていた。というのも、殿下は話題を私とミリアに均等に振ろうとしていたのだが、ミリアが全て割り込んで話を捻じ曲げてしまっているからだ。私は紅茶を啜りながら、殿下とミリアの会話を眺めていた。喋り疲れて喉が渇いたのか、ミリアも紅茶に口をつける。殿下はそのタイミングを見計らって、私に声をかけて来た。


「エレノア嬢、兄が本当に申し訳ない事をした。弟としてどうしても一度会って謝罪をしておきたかった」

「もう過ぎた事ですし、もう十分なお詫びもいただきました。殿下もお気になさらないようにしてくださいませ」

「だが…」


 と、殿下がここまで言った時に、紅茶を胃に直接流し込んだのではないかという早さで飲み干したミリアが割って入った。


「お姉様!殿下が謝っておられるのです!許してあげて!もういいではないですか!」

「いえ、なので別に私は気にしてないと…」

「お姉様!過ぎた事をいつまでも根に持つなんていけません。まるで悪女のようですわ!」


 大袈裟な身振り手振りで、喚くようにミリアはいう。どうすればいいというのだろう。とりあえず私はクッキーを摘んだ。甘くて美味しい。


「君は優しいのだな」

「私は殿下が辛そうなお顔をするところが見たくないだけなのです」


 後ろに控えているアンナにも分けてあげたい。甘いものを食べると気分が落ち着く。そうしないとミリアの次の紅茶のおかわりには、きっと毒が入ってしまっている気がするから。



 *



「本日はありがとうございました」


 ミリアはお辞儀をする。お茶会が終わり、殿下との顔合わせは終了となった。私も後ろでぺこりと頭を下げた。正直なところ今日の顔合わせで殿下と何かを話した記憶がほとんどなかった。


「こちらこそ楽しい時間を過ごせた」


「殿下、最後に一つだけお聞かせください。お姉様との婚約のこと、どう思われておりますでしょうか」


 ミリアが憂いを帯びた表情で、殿下に擦り寄っている。


「…聡明で、素敵な女性が相手で光栄だ」


 ミリアは静かに首を横に振る。


「それは殿下の本音ではありません。私にはわかるのです。殿下の本当のお気持ちを私は知りたい」


 殿下は逡巡するように息を呑み、ミリアの方を見て言葉を続けた。


「君は凄いな。私はこの通り表情が固くてな。本心を誤解されることが少なくないのだ。だから、常に無難な言葉を選ぶように心がけている」

「やっぱりそうなのですね!」


 妹は目をキラキラと輝かせて、両手を祈るように重ね合わせている。


「大丈夫です。私は何があっても殿下の味方です。どうか私にだけは胸の内をお明かしください」


 私やアンナもいるんだけどなーと思いつつ聞いていると、殿下はとつとつと話し出した。


「エレノア嬢と婚約だなんてまるで夢だ。私はそれをどれだけ望んだことか。たった一年の生まれた差で、兄上にエレノア嬢を取られてしまった私の気持ちが君にわかるか?あんな才気煥発で、美しく聡明な女性が他にいるものか。女神ですら足元にも及ばぬ。初めてエレノア嬢を見た時から私はずっと憧れていた。いやそんなものではない。私はエレノア嬢を崇拝していた」


 一息に捲し立てる殿下。妹の口が半開きになっている。かくいう私も目をぱちぱちと八回ほど瞬かせた。


「え、そんなはずは、殿下はお姉様より私とのご結婚を望んでいるのではないですか?」


「君と?悪夢のような冗談だな。エレノア嬢より君を選ぶなど、目が頭のどちらか、あるいは両方が病気としか思えん。大体私はこのエレノア嬢との会合をずっと楽しみにしていたのだ。浮かれて公務が手に付かなくなってしまったので、無理矢理今日にねじ込んだ。それを君が台無しにしてしまった。何度切り伏せてしまおうかと思ったかわからない。腹立ちこそすれ、好意など微塵もあるわけがないだろう。君の父上には苦情を入れさせてもらう」


 まるでアンナみたいなことを言う。というかちょっとアンナに似ている気がする。そしてお父様には苦情が入るらしい。私に丸投げするからそうなるのだ。私は悪くない。それにしてもこんなに感情的になっても、殿下の表情は全く変わっていない。表情筋をどこかに置き忘れてきたのではないか。

 ミリアの心が砕ける音がした。多分気のせいでは無いと思う。さすがにこれほど言われたらどう解釈したところで好意的な意味に取れるわけがない。じわじわと目に涙が浮かんで来て、その涙がこぼれ出る前に、何も言わずにその場から走り去った。道わかるのだろうか。


 後には沈黙が流れる。中々面白いものを見れたので充足感に浸っていたが、このまま黙ってるわけにもいかないだろう。


「ええと、殿下はそんな風に私のことを思われていたのですか?」

「ああ。だが婚約相手は君自身が決めると話は聞いている。私は無理強いするつもりはない」


 建前モードに戻ったらしい殿下は、去って行ったミリアの方を一瞥したが何も言わなかった。どうやら本当にずっと苛立っていたらしい。それなのにミリアに対してあんなに丁寧に接していたなんて、中々できることではないと思う。


 だがなぜ、ミリアの籠絡術は殿下に通じなかったのだろう。不発に終わっただけ?実際ミリアの行動をずっと見ていたが、どこにその籠絡術の核心があるか全然わからなかった。スキンシップや会話運び程度で、そんな劇的に心を掴めるはずがない。ましてやミリアと殿下は今日初の対面だ。殿下の私に対しての思いがなかったとしても心動かすのは無理というものだ。

 そもそも、ソフィア本人ならともかく、ソフィアから話を聞いただけのミリアがそんな魔女めいた技術を再現するなんて本当にできるのだろうか?


 だとすると、そうだとすると。


「別に婚約者候補の三人は妹に絆されていたわけではなかった…?」


 思わず言葉がついて出た。思考の奔流を止められずぶつぶつと呟き続ける。

 ではなんで?偶然のわけはない。もしかして逆?ミリアが良かったわけではなくて、私が嫌だった?


「あっ!」


 そこまで考えた時、目の前に火花が散ったような気がした。続いて脳内に直接ハチミツを流されたような甘美な痺れが走る。日常では味わえない陶酔感。私はこのために生きているのかもしれない。


「殿下!」


 思わず叫ぶ。急に呼ばれて表情を変えず驚くという器用な真似をしていたが、今はそれどころではない。


「殿下!私の容姿をどう思われますか?」

「もちろん美しいと思うが…」

「本音でお願いします!」

「この世界のあらゆる宝石より美しく輝いている。どんな腕の良い画家でも再現不可能なほど神秘的だ」


 ああ、だめだ。こういう人だった。そうじゃない。チラッとアンナを見たが、殿下の言葉にうんうんと頷いている。だめだ。アンナも期待できそうにない。


 私はガラスに映った自分の顔を眺める。自分ではよくわからないが、私の容姿は生理的に無理なほど醜い、ということは多分無いと思う。それに好みにも左右される部分はあるだろうから、三人が三人とも私を容姿で拒絶するということはないだろう。


 では私の何が嫌だったのか。ろくに話したこともないので性格が嫌いということもないはずだ。だとすると、私のことで聞き及んでいる何か、だということになる。私の知名度はそれなりに高い。そしてその知名度は各分野での成果によるものが大きい。対してミリアにはそれは無いものだ。つまりは能力。私の能力を嫌った。本来ならそれは変だ。優秀な人間はどこの誰だって欲しがるのが普通だ。それなのに嫌がるのはなぜ?決まっている。やましいことがあるからだ。私を家に引き入れて、何らかの悪事がバレるのが嫌だったということだ。そしてそれは、私やミリアからすると、犯罪者相手に嫁ぐことになるという意味に他ならない。


 私は背筋が粟立つのを感じた。首元に短剣を突きつけられていたことに、今の今まで気づかなかったようなものである。危なかった。ゾクゾクとした寒気が全身を駆け抜け、そのスリルに思わず笑みがこぼれた。だが快感に身を委ねている場合ではない。まだ危機が去ったわけではないのだ。


 私は考える。婚約者候補の三人は何をしているというのだろう。書類に書かれていたプロフィールを思い出す。

 船、隣国、慈善事業、外交、孤児院、国境。


 頭の中で単語がぐるぐると回っている。別にこの単語だけ見て、特に何か不思議なところがあるわけではない。けれども犯罪をしているという前提で見てみると、朧げながら細い糸が見えてくる。

 別に自信も確証もない。数多ある可能性の中で、最も確率が高そうだ、とその程度のものだ。


「もしかして殿下が調査をしている事件って、違法奴隷売買、ですか?」


 殿下の表情は変わらないが、息を呑む音だけが響く。その様子を見て私は正解を掴めた事を確信する。


「どうしてそれを?これは国家機密扱いなのだが」

「確証は全くありませんでした。ですが、当たりのようですね」


 奴隷。この国では奴隷は貴重な労働力なので合法的に利用されている。だが、それは全て国の管理下に置かれ、子供や、合意のない奴隷は禁止されている。奴隷自体にある程度の権利が保証されており、使い方も厳しく制限されているのだ。そのため、どうしても裏で取引をする人間が一定数いる。そして、最も裏で取り扱われている奴隷が子供だ。子供の仕入れ先なんて主に二つしかない。誘拐か孤児院だ。


「詳細を教えていただけませんか?」

「いや、だが…」

「心当たりがあるんです。もしかしたら力になれるかもしれません」


 殿下は口籠った。機密というならおいそれと漏らせるはずもないので当然だ。だが、ここまで知っている以上、情報は共有した方がプラスになると思う。殿下はしばらく考え込んでいたが、ひとつ頷くと、私に向き直った。


「わかった。エレノア嬢の力を借りれるならこれほど心強いものはない。」


 話を聞くと、最近国内で身元不明の奴隷が見つかったらしい。奴隷は全て国が管理している以上、身元不明はあり得ない。つまり奴隷は裏で取引されたものであり、証拠の少なさ、巧妙な手口から、組織立って行われているものと見ているとのこと。調査をしてもほとんどと言って良いぐらい何もわからなかったらしい。


「とにかく調査する候補の数が多すぎる。見つかった奴隷もどこから逃げて来たのかすらわかっていないのだ。仕入れ先も取引先も搬送経路も何も特定できていない。あまり時間をかけると、その間に隠蔽されてしまうかもしれない。なんでも良い、何かわかることはないか?」


「おそらく、仕入れ先は孤児院、搬送経路は船、取引相手は外国です」


 殿下が絶句している。多分驚いたのだろう。何かを話そうと、口を開いて、なんと言えば良いか分からずまた閉じるというような事をずっと繰り返している。


 当然と言えば当然である。殿下の持っている情報ではどうやったところで辿り着くことはできない。私のように犯人から逆算しない限り無理というものだ。


「なぜそんなことがわかる?」

「この事件の関係者と思しき人物に心当たりがあるからです」


 私はこれまでの経緯を殿下に話した。婚約者候補が妹に鞍替えした話の一連すべてだ。貴族が関わっている以上、各領地の地政学的な特性を利用している可能性が高い。孤児院の運営、船の所有、隣国とのパイプ。私はそこに目を付けた。


 だがこの理屈はあまりに細く、全ては推測に過ぎない。そもそも三人が共犯であるかどうかですら確証はないのだ。証拠もなしにいきなり決めつけのように犯人と言ったところで、言い逃れをされてしまうに決まっている。特に相手は高位貴族だ。摘発するにはこれだけではまだだめだ。


 私は婚姻に際し、最初は色良い返事が貰えていたということを思い出した。それはつまり家絡みではなく、令息個人が行っているということだ。組織の一員か幹部なのかはわからないが、少なくとも家に知らせていないことは間違いない。婚約者候補三人が、個人的に所有している物、あるいは頻繁に通っているところや、繋がっているところ。せめてそれがわかれば。


「そうだ!ミリア!」


 ミリアはあの三人と親しくしていた。もしかしたら何かを知っているかもしれない。私はミリアが走り去った方を確認すると、追いかけることにした。


 王城の隅の方でうずくまっているミリアを見つけて、私は走り寄る。


「なによ!」


 妹は私を見るなり一喝する。ミリアの目には泣き腫らした後があった。私は殿下と話した内容を詳しく説明して、婚約者候補たちの事を教えて欲しいと頼む。しばらく私の説明を黙って聞いていたが、ミリアは急にプイッと首を横に向けた。


「嫌よ」

「お願い」

「嫌って言っているでしょ!」


 ミリアは声を震わせながら言った。昨日までは聞いてなくとも、あれほど話していたのに。肝心な時には何も話してくれそうにない。完全に心を閉ざしてしまっている。


「お姉様は私と違って優秀なんだから自分で考えれば良いでしょ」


 私は何も返せずに黙ってしまった。できるならとっくにそうしているとか、正論を言ってもダメなことぐらいは私にもわかる。


「この前あげた髪飾りのお礼ってことではダメかしら」

「じゃあ返すわよ!」


 私をキッと睨みつける。困った。あまりにも頑なになっていて聞く耳を持ってくれない。話してくれるなら私の装飾品ぐらい全部あげても良いのだが。多分この様子では、それでも口を割ってはくれないだろう。


「お願い、あなたしかいないのよ」


 ミリアは返事せず、ずっと顔を伏せて黙っている。

 お互いしばらく黙っていたが、私はひとつため息を吐いた。私ではミリアに話してもらう手段が思い付かない。残念だが諦めるしか無い。殿下にどう伝えようかと思い踵を返すと、ミリアはボソリと呟いた。


「聖ライヒス孤児院、ルヴァンドール号、リザーニア国よ」


 振り返ると、ミリアは同じ姿勢のまま顔を伏せていた。私は駆け寄って両手で、ミリアの手を取った。


「ありがとう!助かったわ!」



 *  *  *



 私は善性に溢れた人間ではない。かと言って悪人だとも思ってはいないが、私は退屈で平凡な人間にどうしても興味が出ないのだ。私にとって妹のミリアはそれの最たるものだ。

 ミリアに最初にねだられたのは、私が読んでいた本だった。まだ文字も読めないミリアに渡したところで何の意味もないものだ。だけど、嬉しそうに本を開いて読んでいるフリをしていたのは可愛らしかったと記憶している。ただ、私の真似をしたかっただけなのだ。周囲の人間もその様子を微笑ましく見ていた。

 だけど、年齢を重ねるにつれ、ミリアは変わっていった。受け取るばっかりだったミリアが、何かを要求されることが多くなってきたからだ。そしてそれは私の妹という期待から、私と同じ水準を求めるという、ミリアにとってはあまりにも高すぎる壁を乗り越えさせられる不条理極まりないものだった。

 ミリアは平凡な人間だ。最初こそ頑張っていたが、私と開く一方の差に、すぐに心が折れ、歪んでしまった。

 私のものを欲しがるのは憧憬からではなく、理不尽な状況に対する当然の対価に変わっていった。

 姉に全てを持って行かれた出涸らしというレッテルを貼られ、誰からも必要とされなくなったミリアの鬱屈を私はちゃんと理解していた。ただ、何もしなかっただけだ。好むでも嫌うでもなく、助けるでも突き落とすでもなく、ただ本当に興味を持たずに、何もしなかった。その結果が今のミリアだ。だから、私にもミリアの暴走に対して非があるのだと思う。


 ミリアから聞いた詳細を殿下に告げると、事件は瞬く間に解決した。ピンポイントで犯行現場を抑えられたのだ。これ以上ない形で、三人の婚約者候補は捕まった。子供達も保護されて、今は王家の管理下で治療を受けている。その点は事件が早期解決できて本当に良かったと思う。殿下の大手柄となったのだが、解決には妹も一役買ったことは事実だろう。各家からは令息達は完全に廃嫡、放逐、その上投獄だ。当然婚約話も全て白紙に戻った。


 結局殿下から苦情を入れられたお父様は、一連の問題行動の罰としてミリアを公爵家の自室でしばらく謹慎処分とした。

 私は事件解決のお礼に殿下から贈られた、琥珀色をした綺麗なブローチを持って、ミリアの自室を訪れた。


「ミリア。入るわ」

「ダメよ」


 返って来たミリアの言葉を完全に無視して部屋の扉を開けて中に入る。妹は私を睨みつけた。それも無視する。


「これ事件解決のお礼って殿下から貰ったの。あなたにあげるわ」

「要らないわよ」


 ブローチをミリアに差し出したのだが、ミリアは不貞腐れたようにそっぽを向いた。


「ひとつだけ教えて。何であの時私に情報を教えてくれたの?」

「別に。お姉様のお願いが珍しかっただけよ」


 憎まれ口のように言うが、それで確信できた。ミリアは私から頼られたことが嬉しかったんだ。自業自得とは言え、殿下にあれだけ否定された後だ。自分の価値を示せたことが救いになっていたのかもしれない。結局ミリアが欲しかったものは誰かから何かを求められることそのものだったのだろう。

 私はミリアの隣に腰を下ろした。


「あなた、ソフィアと接触したのね?」


 パッとこっちを向くミリア。その反応を見て、やっぱりそうかと私はため息を吐いた。


「何でソフィアのこと知ってるの?」


 私はそれには答えず、妹に向き直る。


「あなた、ソフィアに操られていたのよ」


 ソフィアは、私が第二王子殿下と婚約したという噂が無かったことで、私の婚約が保留状態になっていると推測を立てた。そして、私の妹が入学して来たと知り、距離を詰め、ミリアと瞬く間に仲良くなった。


「私の愚痴をこぼすあなたに対して、ソフィアは私の婚約者候補と先に親密になることを、あなたに提案したの。違う?」


 私の婚約者候補は釣り合う家柄や派閥を考えれば大凡の見当はつく。そして、その中に良くない噂を持つ人物が混じっていることに気づいた。しかも三人も 。多分ソフィアも交流を持っていたのだろう。実際に何をしていたかまで知っていたかはわからないが、まあソフィアならある程度見抜いていたのではないだろうか。


「ソフィアも私の婚約者候補になるであろう三人に接触を図り、公爵家から私との婚約打診が来るかもしれない旨を伝えた。そして、危機感を持った三人に、こう伝えた。婚約相手に妹のミリアを指名してみてはどう?って」

「あの女!」


 ミリアは机を拳で叩く。バン!と大きな音がして紅茶が波打った。私は首を横に振る。


「ソフィアに文句を言うのは筋違いよ。どんな思惑があったとしても、あなたに対して嘘や間違いを言ってはいないもの。殿方へのアプローチ方法だって、ごく狭い範囲で、一定の効果はあるのだと思うわ。それをまるで誰でも虜に出来る魔法みたいな技術と勘違いしたのはあなたでしょう?」

「なんであの女の肩を持つのよ」


 ミリアは悔しそうに歯噛みしながら私に視線を向けた。


「だって、一番悪いのはお父様だと思わない?私の婚約者候補に三人も犯罪者を入れていたのよ。今回の件でお父様ったらもの凄く落ち込んで、『私は見る目がないから、もう婚約者はエレノアが自分で探して決めてくれ』って言われたの。いくらなんでもあんまりよ」


 私は目を閉じて顔をツンとさせると、ミリアはちょっとだけくすりと笑った、ような気がした。


「まあソフィアがやったことは、あなたをおだてたことと、婚約者候補に入れ知恵をしただけよ」


 とはいえ誘導は強烈だったと思う。ミリアの強い劣等感を見抜いて、愛されると言う成功体験を三回も与えたのだ。ミリアにとってはまるで麻薬のようだったと思う。そして、増長したミリアは私と一緒に殿下に会いに行って大失態を犯す、という計画だ。人を操るとはこういうことなのだろう。


「私の婚約者候補、他にもいたのでしょう?あなたが私に書類を持ってくる時に、あなたと懇意にしていた三人以外を破棄したの。あなたを選ぶことを確約している相手だけにした方が、私から確実に奪い取れるものね。その時に殿下の書類も捨てられた。違うかしら?」

「……そうよ、私がやったわ」


 そう自白したミリアに対して、私は肩をすくめた。


「『もし、婚約者候補がその三人だけだったら、きっと皆驚くでしょうね』と、まあそんな感じか、それに近いことをソフィアが言っていた記憶はない?」


 心当たりがあったのか、ミリアは口を閉じて目を逸らした。なんて言ったかはともかく、結局はそれもソフィアの誘導だったということだ。


 私はブローチの箱を膝に置き、両手を上にあげてぐっと伸びをする。こんなものだろう。私がしたかった答え合わせは大体できた。


「それじゃ私は行くわね。お父様にちょっとは酌量するように言っといてあげるから」

「待って」


 腰を上げ、扉に向かおうとしたところで、ミリアに声をかけられた。


「お姉様はそれでいいの?」

「なんのこと?」

「なんのことって…」


 私は首を傾げたが、はたと気付いた。ミリアは私にしたことを気にしてるのだと思う。ちゃんと自覚を持った上でやっていたのか。私はとても楽しかったので全く気にしていないのだが、ミリアの気がそれでは済まないのかもしれない。


「うーん、そしたら今度またクッキー焼いてくれるかしら?それで仲直りにしましょう」


 妹は返事をしなかった。了承してくれたかどうかはわからないが、私に取っては些細な事だ。


「やっぱりそれちょうだい」


 ミリアは私から視線を外したまま、何を指すでもなく言う。私も無言で部屋の机に、ブローチを置いて部屋を出た。部屋を出る時、小さな声でごめんなさい、と聞こえた気がした。



 *



「良かったのですか?あげてしまって」


 ミリアの部屋から戻る時、アンナは後ろから私に声をかけてきた。


「うーん、まずかったかしらね」


 殿下から頂いた物をそのまま他の人にあげたなんて、不敬罪になるかもしれない。まあでも、事件解決のお礼って貰ったものだし、ミリアのおかげと言えないこともないから、良いんじゃないだろうか。それにあの殿下なら、多分許してくれる気がする。そんな楽観的なことを考えて歩いていると、アンナが、

「ソフィアが関与していたのは分かりましたけど、結局何が目的だったのでしょう」

 と言うので、私はきょとんとして目をぱちぱちと何回か瞬いてしまった。その後、手をポンと打って、アンナが何を疑問に思っていたのかを理解した。


 私にとってソフィアの目的なんて随分前からわかりきっていたが、確かに言われてみれば、ソフィアはただの愉快犯にしか見えないのかもしれない。


「女友達同士の話なんて、色恋の話ばかりでしょう。ソフィアも、その延長だっただけよ」


 要約するなら、あの三人は趣味が悪いと思うわ、第二王子殿下なんて良いんじゃない?と、それだけの話だ。


 今度私もソフィアの殿方の好みでも聞いてみようかな、とそんなことをふと考えた。






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スペックの高い公爵令嬢が、天才男爵令嬢の隠れた課題に挑むのは斬新だと思うし、面白いけどいつも首筋ヒヤリでゾクゾクして楽しんでるだけで、舐められっぱなしで良いの?地味にストレス。一度くらい高スペックの設…
やべー女同士の対決ラウンド2。 ミリアはアホだけどそんなに低スペックでもないような。まぁ論理的思考力だけは姉に吸いとられてる気がするが。
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