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最終章:女王の戴冠、あるいは愛という名の自由

一条グループ本社、特別役員会室。かつて自分を「所有物」として閉じ込めていた監獄の心臓部に、明美は今、すべてを支配する「女王」として帰還した。

怜が遺したペンを剣に、瀬戸という忠実な騎士を盾に、彼女は自分を縛り付けてきた血の歴史に最後の一撃を加える。かつての恋人・隼人との凄絶な決別、そして一条の老人たちへの宣戦布告。

悲劇のヒロインを演じる時間は終わった。復讐の果てに彼女が見出すのは、血に染まった王座か、それとも誰の所有物でもない「自分自身」としての再生か。

運命の奔流を乗りこなした明美が、最後に辿り着く「音」の正体が、いま明かされる。

一条グループ本社・特別役員会室

重厚なマホガニーの扉が開かれ、漆黒のドレスに身を包んだ明美が静かに入室した。

かつて、この部屋は彼女にとって「恐怖」と「支配」の象徴だった。しかし今、歩みを進める彼女のヒールの音は、まるで軍隊の行進のように正確で、冷徹な響きを湛えている。


「何者だ! 部外者は立ち去れ!」

現当主の怒声が響く。だが明美は、扇を広げるような優雅さで、一通の書類をテーブルに滑らせた。


「部外者? 心外ですわ。私は、前代表・一条怜の正当な継承者。そして、本日付で一条グループの株式の四割を掌握した、筆頭株主です」


騒然とする役員たち。明美はあえて、怜が愛用していた万年筆を指先で弄んだ。


明美(心の声):(見ていますか、お父様。一条の老人たち。あなたたちが「女は駒に過ぎない」と蔑んだその駒が、今、あなたたちの王座を崩しに来たのよ。怜さん、あなたの遺してくれたこのペンで、私は今、呪われた歴史に終止符を打ちます)


明美の瞳には、かつての怯えなど微塵もない。そこにあるのは、凍てつくような美しさと、すべてを呑み込む絶対的な女王の威厳だった。


数ヶ月後・雨の降りしきる場末の路地裏

復讐の仕上げは、街の片隅で行われた。

逃亡生活と薬物に溺れ、もはや言葉さえ覚束ないほどに堕ちた掛川隼人が、泥水の中に蹲っている。そこへ、瀬戸が差し出す傘に守られた明美が、幻のように現れた。


「……あ、明美……助けてくれ、金を、金をくれ……」

震える手で彼女のドレスの裾を掴もうとする隼人。明美はその手を避けることもせず、ただ哀れみと、深い軽蔑が混じった眼差しで見下ろした。


「掛川さん。私はあなたを許さない。けれど、もう憎むことさえやめるわ。あなたは、あなたが殺した男の『愛の深さ』に一生勝てないまま、この泥の中で、私たちが築く新しい時代を眺めて生きていきなさい。それが、私からあなたへの唯一の慈悲よ」


明美は懐から一束の札を、まるで見向きもされない塵のように、隼人の足元へ放り投げた。

「さようなら、私の過去。……瀬戸さん、行きましょう」


瀬戸は無言で頭を下げ、明美の肩を抱くようにして歩き出す。その手の温もりに、明美は一瞬だけ目を閉じ、亡き夫の面影を重ねた。


軽井沢・千ヶ滝の別荘エピローグ

それからさらに数年が経った。

一条グループは解体され、新たな健全な企業体へと生まれ変わった。明美は「麗華」としての夜の顔も、「一条」としての血の呪縛もすべて捨て、静かな森の邸宅に身を置いていた。


テラスからは、中学生になった長女・怜奈が奏でるチェロの音色が聞こえてくる。

その隣で、次女が楽譜をめくり、二人の笑い声が風に乗って流れていく。


「……ママ。お茶が入りましたよ」

傍らで控える瀬戸が、静かにカップを置く。彼は今も、明美を「女王」として、あるいは一人の「女性」として、一歩引いた場所から守り続けている。


明美は、手元にある古い写真立てをそっと指でなぞった。そこには、あの日、雨の中で自分を強く抱きしめて息絶えた、怜の穏やかな微笑みがあった。


明美(心の声):(怜さん。空はあの日と同じように青いわ。……私は今、ようやく一人の人間に戻れた。あなたが守ってくれたこの命で、私は最後までこの子たちの成長を見守る。あなたが遺してくれた愛は、今、この子たちの奏でる旋律の中に、永遠に生き続けているから)


明美はカップを手に取り、柔らかな陽光を浴びながら微笑んだ。

それは、偽りのクイーンでも、悲劇のヒロインでもない。

自らの足で立ち、愛する者と共に生きることを選んだ、一人の「勝者」としての、気高くも穏やかな微笑みだった。


遠くで響く千ヶ滝のせせらぎが、すべての傷を洗い流すように、どこまでも清らかに鳴り響いていた。



本作を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。

長きにわたる小野寺明美の物語は、降りしきる雨の冷たさを経て、千ヶ滝の柔らかな陽光の中で結実しました。

彼女が隼人に与えた「札束」は、もはや怒りではなく、過去に対する完全な無関心の象徴です。最愛の夫・怜を奪った男にさえ、「愛に勝てない」という事実を突きつけるだけで去る彼女の背中には、真の強者が持つ気高さが宿っていました。

怜が死の間際に明美を強く抱きしめたあの「熱」は、娘たちが奏でるチェロの音色となって、永遠に引き継がれていくのでしょう。

全ての呪縛を解き、一人の「母」として、そして「勝者」として微笑む明美の姿。その背景に流れるせせらぎの音は、読者の皆様の心にも、長く、清らかな余韻を残すことと信じています。

明美の魂の流転を共に歩んでくださり、心より感謝申し上げます。

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