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三世銀夜物語  作者: 春猫
第一章【嫉】

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第五話{劣り優りは知らむ}

 トンネルでの見学以来、秋輝のもとには、時々負の念が飛んでくる。とは言っても、飛ばしている本人たちは無自覚だろうし、一般人と変わらない程度の微弱なものなので特にこれといった損害はない。しかし、当たると僅かにチクチクするので常に気で防御していなくてはならないのが不便である。これ以上妬み嫉みを大きくしない為にも、次の講義ではなるべく大人しくしていようと決心した秋輝であったが……。


「今日は剣術の鍛錬をする。皆、稽古場で待機していなさい」


 ……今日は座学ではないようである。



 清廉な空気に満ちている志月大社の境内では、あどけない小鳥の囀りさえも高尚に感じてしまう。そんな神聖なこの場所で、唯一と言って良いほど熱気に溢れた、むさくるしい部屋。それは、稽古場である。室内には、竹刀を持った数多の出仕と、稽古用の道着姿に模造刀を持った貴堂が立っている。出仕たちは初めてこの場所に来て、室内のそこかしこに時々見られる茶色いシミに何人か顔色を悪くした。


 「皆、注目しなさい。まずは、礼の仕方からじゃ」


 貴堂による、礼儀作法や竹刀の持ち方等の基礎指導が行われる。一同が見様見真似で覚束ない動作を披露する中、慣れた様子で稽古をこなす者も幾人か居た。


「秋輝、妙にお礼綺麗やな」


「優子ちゃんも、竹刀の持ち方が上手だね」


「うん、親に教えられた」


「僕もだよ」


 幼い頃から剣道の英才教育を受けていた経験者たちが他の者の指導に回り、なんとか全員が一連の基礎動作を覚えることができたようだ。


「よし。皆、一通りの形式は把握したのう。さて、今お前達が学んだのは、刀礼、刀の持ち方・構え方等……基礎の基礎ばかりじゃ」


「先生、俺達に必要なのは実践的な技術でしょう?刀礼とか要ります?」


 瞬間、道場にスパァンという軽快な音が鳴り響いた。音の鳴った場所では、伊藤が右の脹脛を押さえてしゃがみ込んでいる。


「伊藤。師が説明をしている途中に口を挟むんじゃない。何度言えば理解するんじゃ」


 伊藤から、か細い謝罪の声が上がった。皆はその一連の流れを見て、思わず吹き出しそうになった。貴堂の叱責は暴力を伴う場合もあるが、それでも君月眞宗よりはましというものだ。何よりも、彼のそれとは違い、場の空気が凍ったりはしない。


「勿論、実践において刀礼など必要ない。しかし、我々行者の仕事は妖怪退治だけではないんじゃ。祈祷の際には、剣舞なども用いられる。故に、今のうちに礼儀礼節や正しい所作も型として覚えておくんじゃ」


 気を取り直して、貴堂は再び皆に注目するように言った。


「これから刀の正しい振り方を教える。───────」



 出仕全員が一丸となって素振りに徹する。しかし、やはり同じ動きをしていても、経験者と未経験者の差は歴然だった。経験者達が慣れた顔つきで竹刀を振っている中、未経験の初心者達は貴堂の動きを完璧に模倣しようと必死になっている。

 新岡優子は前者である。そして、秋輝はというと──────。


「う~ん……どうやって振れば良いんだろう……」


 初心者組の一員である。

生まれつき並外れた身体能力を持ち、多芸多才な秋輝だが、勿論苦手なこともある。その一つが、日本武術である。彼は幼い頃から、主に中国武術や鶴姫の独自の流派に触れて育ってきたが、日本武術にも手を出したことはある。しかし、いつまで経っても慣れず、よく鶴姫を困らせていた。彼は先程から腕の力は足りているものの、動線がぎこちない。故に、皆が繰り返される素振りの疲労で動きが鈍くなっている中、秋輝だけは力強く拙い真向切りを披露していた。


 貴堂の目が秋輝の素振りを捉え、口を出そうとした。しかし、秋輝の更に後ろ、道場の入り口に佇む人物に気が付き、急ぎ足で彼のもとへ向かった。

皆は貴堂が突然動き出したのが気になって仕方なかったが、後で彼に切り殺されたくないので、自分の鍛錬に集中した。同じく秋輝も、自身の覚束ない剣術に只管向き合っていた。


「姫廻。ついて来なさい」


 気が付けばすぐ近くに居た貴堂に呼ばれ、道場を出て行った彼を追い掛ける。

 生い茂る木々によって静寂と平穏に包まれたのどかな小道を三分ほど歩き、開けた庭園に入った所で二人の足が止まる。微風に揺れる木の葉の僅かなさざめきと、緩やかな流水の音のみが聞こえる庭のど真ん中に、仁王立ちで秋輝を凝視している男が一人。


「秋輝。突然呼び出してすまない」


「龍聖君。昨日ぶりだね。どうしたの?」


 よく見ると、龍聖は背中に剣を背負い、腕にはもう一本持っている。


「俺と真剣で戦え。もしお前の実力が足らなければ、徹底的に扱いてやる」


「急だね。分かった」


 秋輝の了承の言葉を聞くと、龍聖はすぐに彼に剣を投げて寄越した。


「多少怪我はするかもしれないが、お前の為だ。許せ」


 龍聖はそれだけを言い捨てると、勢い良く剣を抜き、切りかかってきた。秋輝は即座に貰った剣を抜き、彼の剣撃を往なす。彼の動きは本当に素早いが、秋輝が反応できない速度ではない。

 龍聖は目を見張った。秋輝の剣捌きは、明らかに素人のものではない。その上、その小柄な体から出る力もスピードも、龍聖自身と遜色ないものだ。


「お前、その技術を誰に習った?」


「家族だよ」


 互いに会話をしながらも、攻める手は緩めない。


「俺はこの国に存在するほとんどの武術を網羅している。この目で見れば、相手の流派を当てることなど容易い。だが、お前の動きはまるで見たことがない。……強いて言うならば、君月家の剣術に似ている」


「そうなの?なんでだろう……。僕が家族から習ったのは、どちらかと言うと中国武術に近いものが多いね。昔から、日本武術が僕には合っていないみたいなんだ。道場での素振りも苦労したよ」


 二人は一滴の汗も掻かずに攻防を繰り返した。



 遡ること、五日前。


「龍聖」


「はい、眞宗様」


「明日、姫廻秋輝という者が出仕としてこの社に来ます。多分彼は素晴らしい人です。是非君も、彼と親交を持ってみてはどうですか?」


「……貴方ほどの方が素晴らしいと思う人物とは、一体何者なのでしょうか?」


「何者かは教えられません。それに、私も彼が如何なる性質の者なのか、詳しくは知り得ないのです」


「申し訳ありません。御言葉の意味が……」


「この会話で彼のことが気になったでしょう?彼のことを知りたければ、直接会って話をすると良いですよ」


 そう言って、眞宗は珍しくワクワクしたような顔をした。



 どのくらい時間が経っただろうか。秋輝の体感では三分と少し位だ。あれから秋輝と龍聖はただ只管に剣と言葉を交え続けた。すると突然、龍聖が猛攻を止めた。


「少し早いが、終わりにしよう。人が集まってきてしまった」


 庭の周りには、道場で素振りをしていたはずの出仕数人と、他のクラスの出仕が多数集まり、秋輝と龍聖の真剣勝負を見ていたようだ。


「他の人間が見に来てから、お前の剣筋が鈍った。大方事情の予想はつく」


 そう言いながら、龍聖は背中に自身の剣を納めた。

すぐ横で二人の真剣勝負を見ていた貴堂が、集まってきた出仕たちに各道場へ戻るよう促している。


「他の出仕に見られないよう、ここに呼び出したんだが、結局目立ってしまったな。すまなかった」


 龍聖は謝罪を口にし、深々と頭を下げた。


「ううん。気にしないで。久々に全力で戦えて、楽しかったよ」


 秋輝が感謝の言葉を返すと、龍聖は貴堂に二言三言声を掛け、直ぐに庭園から去ってしまった。


「姫廻。急に呼び出してすまんかったのう。龍聖様がどうしてもお前と剣を交えたいと仰ったのじゃ」


「大丈夫です。戦ったの、三分くらいですし」


「龍聖様と三分以上戦えるのは、宮司の皆様方くらいじゃぞ」


 貴堂は頭を垂れ、眉間の皺を揉みながらそう言った。


「秋輝~!」


 優子が秋輝の所に駆け寄ってくる。


「さっきのあんたの剣捌き、ほんまに凄かった!もう、ヤバかった!めっちゃカッコよかった!!」


「ふふふ、有り難う」


 相変わらず、優子は直ぐに他人のことを褒める。それだけ彼女の心が清いということなのだろう。


「ていうかさ、なんかあんたの動きが妙にセクシーに見えたんやけど、そういう流派なん?」


「……この流派の創始者は女性らしくて、女性の為の武術なんだって。だからそう見えるのかも」


 思えば確かに、鶴姫がよく見せてくれる剣舞はしなやかで女性的な美しさがある、と秋輝は思った。


「そう言えば優子ちゃん、どうしてみんなここにいるの?」


「あ、秋輝……ごめん、うちのせいかもしれん……」


 優子は顔を少し伏せ、事の経緯を話し出した。


「みんなで素振り頑張っててんけど、休憩時間になって、そう言えば秋輝おらんなって思って。こっそり外出ようと思ったら、友達がついて行く~言うからさ……それで、友達の友達も……って、段々伝染してって……ほんまごめん、見られたらあかんかった感じよな?」


「ううん、大丈夫。気にしないで」


 どうやら、優子の人望や人脈の多さが裏目に出てしまったようだ。優子は初めて、直ぐに友人ができやすい己の性質を不便に思った。

 その時、横で会話が終わるのを待ってくれていた貴堂が、機を見て二人に声を掛けてきた。


「さあ二人とも、道場に戻るぞ。午後からは修行の見学に行くから、姫廻はそれまで休んでいても良い」


「有り難うございます、先生。では、お言葉に甘えて休憩させていただきます」


 ───実を言うと、龍聖との真剣勝負の後半で動きが鈍ったのは、観衆からの念を気にしてのことだけではない。秋輝は元々運動神経は抜群なのだが、どうにも短距離型で、体力がほとんどないのだ。龍聖の強さは、秋輝と互角程度だった。しかし、体力では圧倒的に龍聖が上。寧ろ、あれだけの武術の達人を相手に三分も持ち堪えた自分に驚いている秋輝であった。これも、鶴姫による修行の成果なのだろう。

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