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僕の職業は「別れさせ屋」。浮気した婚約者に最高の復讐を演出したら、クールな協力者がデレ始めた。  作者: ledled


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断罪された女は、冷えた部屋で愛を乞う(橘莉緒奈 視点)

私の世界は、音を立てて壊れた。

ううん、違う。私が、私自身のその手で、ハンマーを振り下ろして叩き壊したんだ。


狭くてカビ臭い、ワンルームのアパート。窓の外では都会の喧騒が鳴り響いているけれど、この部屋の中だけは、時が止まったように静かだ。テーブルの上には、コンビニで買った冷たいパスタ。かつて私が住んでいた、きらびやかなタワーマンションの夜景とは、何もかもが違う。


SNSを開く気にもなれない。最後にログインした時、私のタイムラインは友人たちの「可哀想」「自業自得だよね」という囁きと、同情の仮面を被った好奇の視線で溢れかえっていたから。かつて「いいね!」の数だけが私の価値だった世界は、今や私を裁く法廷に変わってしまった。


先日、偶然見てしまった。

街のカフェのテラス席で、楽しそうに笑い合う二人を。

奏佑と、彼の隣にいた、あの涼しげな顔立ちの女の人。


奏佑は、私と付き合っていた頃よりもずっと、穏やかで幸せそうな顔をしていた。その笑顔が、鋭いガラスの破片のように私の胸に突き刺さる。

ああ、そうだ。あれが、私が手放してしまった、本当の幸せの形だったんだ。


いつから、歯車は狂い始めたんだろう。


織部奏佑は、私の自慢の恋人だった。

エリートで、優しくて、いつも穏やかで。彼と腕を組んで歩いているだけで、世界が輝いて見えた。「莉緒奈の彼氏、素敵だね」と友人たちに羨ましがられるたびに、私の心は優越感で満たされた。彼との婚約が決まり、あのタワーマンションで同棲を始めた時、私の人生は完璧な成功のレールに乗ったのだと信じて疑わなかった。


でも、日常は、いつしか輝きを失っていく。


奏佑は優しかった。だけど、彼の優しさは、いつからか「無関心」の別名のように思えてきた。

彼は仕事に没頭した。記念日に高級レストランを予約しても、彼の話は仕事のプロジェクトのことばかり。私が新しい服やネイルに気づいてほしくてアピールしても、「うん、似合ってるよ」と、心ここにあらずな返事が返ってくるだけ。


物足りなかった。

愛されているという実感が、刺激が、欲しかった。

「誰もが羨む橘莉緒奈」でい続けるためには、常に輝いていなければならなかったのに。奏佑との穏やかすぎる毎日は、私という宝石を、ただの石ころに変えてしまうような気がして、怖かった。


そんな時だった。西園寺蓮さんが、私の前に現れたのは。


「君みたいな素敵な女性が、奏佑じゃもったいない」

「俺なら、君をもっと輝かせられる自信があるよ」


彼は、私が欲しかった言葉を、全部くれた。

サプライズの薔薇の花束。予約困難なレストランでのディナー。私がSNSに投稿すれば、たくさんの「いいね」がつく、きらびやかな時間。奏佑がくれなくなった、熱のこもった視線と甘い囁き。


奏佑への罪悪感がなかったわけじゃない。

でも、蓮さんと会うたびに、その罪悪感は麻痺していった。

『奏佑が仕事ばっかりで、私のことを見てくれないのが悪いのよ』

『蓮さんは、こんなに私を一番に考えてくれる』

そうやって、私は自分に都合のいい言い訳を重ねて、どんどん深い沼にはまっていった。


「莉緒奈、愛してる。奏佑から君を解放して、俺が必ず幸せにする。そのためには、君の協力が必要なんだ」


蓮さんにそう言われて、奏佑のプロジェクト情報が入ったUSBメモリを渡した時も、私はまだ、自分がおとぎ話のヒロインだと信じていた。愛する人のために、困難に立ち向かう悲劇のヒロインなのだと。

なんて、愚かだったんだろう。


そして、運命の日が来た。


蓮さんが会社をクビになったと聞いて、パニックになった私がすがりついたのは、奏佑だった。彼の腕の中で「大丈夫」と言われた時、心の底から安堵した。まだ、やり直せる。まだ、この優しい人は私の味方でいてくれる、と。


その甘い幻想は、リビングのテーブルに広げられた一冊のファイルによって、木っ端微塵に打ち砕かれた。

私と蓮さんの密会の写真。甘いメッセージのやり取り。そして、『莉緒奈なんてただの駒だ』と嘲笑う、蓮さんの声。


血の気が引いていく。頭が真っ白になる。

そして、目の前の奏佑が、氷のように冷たい瞳で私を見下ろしていた。


「僕の職業、まだ教えていなかったね。人はそれを、『別れさせ屋』と呼ぶ」


その言葉を聞いた瞬間、全てのパズルがはまった。

蓮さんの破滅も、この完璧すぎる証拠も、全て。全てが、この優しい婚約者の手によって仕組まれた、壮大な復讐劇だったのだと。

私は、彼の掌の上で、ただ滑稽に踊らされていただけの、惨めなピエロだった。


「ごめんなさい! 私が馬鹿だったの!」


床に這いつくばって、彼の足に何度も何度も謝った。でも、彼の瞳に映る私は、きっと虫ケラか何かのようにしか見えていなかっただろう。


カラン、と乾いた音がした。

彼がゴミ箱に投げ捨てた、婚約指輪の音。

あれが、私の人生が終わった音だった。


「おめでとう、莉緒奈。君は今日、全てを失った」


あの時の、奏佑の美しい笑顔が、今も脳裏に焼き付いて離れない。


冷え切ったパスタを、フォークでかきこむ。味なんてしない。ただ、喉の奥から込み上げてくるしょっぱいものを、無理やり飲み込むだけ。

私が本当に手放してはいけなかったものは、蓮さんがくれた偽物の輝きなんかじゃなかった。奏佑が当たり前のように与えてくれていた、穏やかな日常と、静かで、でも確かな愛情だった。

失って初めて気づくなんて、あまりにも愚かで、滑稽だ。


『もう遅いよ』


あの日の彼の声が、耳鳴りのように頭の中で響いている。

分かってる。分かってるのよ、奏佑。

もう、何もかもが、遅すぎたんだって。


私は、ただ一人、冷たい部屋で涙を流し続ける。

かつて愛してくれた優しい人の面影に、届くはずのない「ごめんなさい」を、何度も、何度も、呟きながら。

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