第六章:誘惑(Day19)
恐怖より先に来たのは、欲望だった。
小テスト前夜、窓の中の「僕」が答案を直していた。赤ペンで迷いなく記される数式を、僕は必死に後から写し取った。
翌日そのままの解答を提出すると、答案は満点。ざわめく教室の中で、恐怖よりも熱が胸を満たしていた。
夜、答案用紙を手にして窓辺に立ち、向こうの僕に向けて掲げた。だが像は視線を逸らし、机を叩き続けていた。
株。
向こうの僕が紙に銘柄コードを書き、窓に押し当てた。
翌日、その銘柄を買うと本当に黒字に変わった。
利益を確認した僕は夜になって紙に同じコードを書き、窓に掲げた。
競馬。
未来の僕が赤ペンで丸をつけた新聞を掲げた。馬券は的中し、十万円が手に入った。居酒屋で奢ると、友人の笑い声が氷の音に混じって弾んだ。
帰宅した僕は、当たり馬の番号に赤丸をつけた新聞を窓に向かって掲げた。
だが窓の中の僕は笑わない。机を叩き、カーテンを揺らし、必死に何かを訴えていた。表情の細部は暗闇に溶けて判然としない。ただ、その切迫だけが伝わってくる。
僕は視線を逸らし、ノートに「成功体験」と題して、「テスト満点」「株+12,000円」「競馬+100,000円」と記した。冷静を装った文字は、震えでわずかに歪んでいた。
窓の中の像はなおも机を叩き続けていた。動きの影が光に揺れて見える。
──それでも僕はノートを閉じ、ベッドに横たわった。まぶたの裏に残ったのは、未来の数字だけだった。




