第五章:倉庫の探索
夜、懐中電灯を手に倉庫へ向かう。南京錠は赤錆で膨れ、触れると粉になった。扉は軋み、むわりとした空気が顔にまとわりつく。カビ、古紙、どこかの死臭。埃が光の束に浮かび、天井の蜘蛛の巣が呼吸に合わせて震える。ポタリ、ポタリと水滴の音。
内部はかつて学生寮だった面影を残していた。玄関の奥には古びた下駄箱、壁には色あせた掲示板。階段は手すりが折れかけ、踏むたびに乾いた木の悲鳴をあげる。僕はゆっくり二階へ上がった。
二階の廊下は暗く、壁紙が剥がれ、床の畳は湿気で波打っていた。部屋の扉はほとんど外され、剝き出しの枠だけが並ぶ。懐中電灯を振ると、壁に貼られたポスターが色を失った顔でこちらを見返した。
廊下の突き当たり、窓際の一室。土埃を踏み荒らした足跡が窓辺で途切れていた。喉が鳴る。
そこに──姿見があった。高さ二メートルほど、木枠は腐り、鏡面は黒い斑点だらけ。姿見は窓の方に向けて立てかけられていた。
懐中電灯を当てると、鏡は窓越しに僕の部屋を映していた。机、椅子、カーテン。見慣れた光景。そして窓辺に立つ「僕」。
光を近づけると、鏡の中の像はゆっくり笑った。作り物めいた、数分後に僕が浮かべるような笑み。
背筋が凍り、筋肉に命令が届かない。やっとの思いで踵を返し、二階の廊下を駆け下りた。転げるように外へ飛び出し、自室へ戻ってノートを開く。遅延は──ゼロへ近づいていた。
観察記録
・Day5 22:10 僕がまだ座っているのに、像が先に立つ。呼吸も鼓動も先行。
→ 遅延は逆転。余白に震える手で書く。
「未来に変わった」。