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第四章:大家との会話
錯覚ではない確証が欲しくて、入居メモの番号に電話した。しわがれた声が「夕方においで」とだけ言う。
夕暮れ、長屋の奥。引き戸の隙間から線香と畳の匂い。ちゃぶ台の上には古新聞の山、隙間に湯飲み。ラジオは低くニュースを流し、壁際の箪笥、奥の仏壇、畳に散る猫の毛。
腰の曲がった老人は目を細めて僕を見た。
「向かいの建物か? あれは今は倉庫だ。ずっと人なんぞ住んでいない。──昔は学生寮だったがな。もう二十年以上前に閉めた」
即答に背筋が冷える。
「でも、夜にカーテンが開け閉めして──」
「カーテン? 外してあるはずだ。棚と段ボールしかない。古い姿見が一枚、割れかけだ」
どうして断言できる。いつ見た。僕が見た像は確かにカーテンに触れていた。
老人はラジオに耳を傾けるふりをして、話を終わらせた。
外へ出ると、乾いた夕風が肺の奥まで刺さった。──学生寮。姿見。彼はそれを知っている。