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第三章:日常の延長
生活は続く。金属臭のする蛇口の最初の一滴、鏡に映る同時の自分、惣菜パンの粉っぽさ、神社の鳥居に心の中で「おはよう」。
講義室では教授の声が抑揚なく流れ、黒板の数式は僕の視界を埋めていく。ペンを握っても、ノートの余白に「像」という字を繰り返すばかりだ。
「お前、また単位落とすぞ」
隣の席の友人が冗談まじりに囁いた。僕は肩をすくめて笑い返したが、胸の奥には図星の痛みが広がっていた。
昼は学食のカレー。夜はコンビニのバイト。レジの電子音は一定のリズムで鳴り、客は無言で商品を置き、無言で去っていく。社員の「また廃棄多いな」の声を背に、レジ横の小さな鏡を見る。そこには同時に動く僕がいる──はずなのに、いまは「遅れていない」という一点しか支えにならない。
日常は続く。だが、どこかで裂け目が広がり続けている。