第一章:観察の開始
翌日、文房具屋で分厚いノートを買い、表紙裏に「観察記録」と書いた。日付、時刻、動作、遅延時間。数字に置き換えれば恐怖は少し軽くなる、そんな期待があった。
大学の講義ノートは白紙が目立つのに、この「観察記録」だけは几帳面に埋まっていく。学業より切実な課題が、ここにあった。
観察記録(抜粋)
・Day1 22:15 コップの水 → 向こう3分後
・Day1 22:45 本棚から文庫本 → 55秒後
・Day2 21:05 ジャンパーを羽織る → 20秒後
・Day2 21:40 机の電気スタンドを点灯 → 17秒後
・Day3 23:00 立ち上がって伸び → 9秒後
・Day4 22:30 壁時計を見る → 5秒後
→ 秒針の音と像の動きが、ほとんど重なった。
反射ではない、だが反射と区別できないほ
どの短さ。
窓の中と外が、二つの世界ではなく一つに
溶け合い始めているように感じた。
紙に「5秒」と書いた瞬間、背中に冷気が走った。最初は数分遅れていたはずなのに、もう指で数える程度の差しかない。あと数日で完全に重なる──いや、それを越えればどうなるのか。