9.至高の回転寿司
全国転勤──それは会社との奴隷契約。
若かりし販売員・結子も正社員になった以上その契約は破棄出来ず、会社の言う通りの場所へ、すごろくの駒のごとく転勤を繰り返した。
安い給料でこき使われ、慣れない土地のテナントでよく分からない地元の慣習に振り回される毎日。
次なる転勤に耐えるため、極力荷物を減らして暮らさねばならず、女性の一人暮らしとは思えぬほど殺風景な部屋。
東京で青春を謳歌した結子はこんな日常、耐えられない!
──はずだった。
「うへへ!せっかく地方に来たんだから、うまいもん食べるぜ!」
若さって素晴らしい。
食欲さえあれば、どんな田舎にだって光り輝く場所がある。
初めて赴任したのは杜の都・仙台。
地方都市とはいえ、駅前は東京のそれと劣らない。むしろ商店街が張り巡らされ、路面店がまだまだ元気で人々が何駅分でも歩く大都市だった。
赴任した四月には、まだ雪が残っていた。東京本社がのたまう「春物」衣料など、東北では無用の長物であることを新入社員は思い知る。
さて、仙台と言えば「牛タン」である。
せっかく来たのだから、これを食べなければ帰れない。仙台は商店街のいたるところに牛タン屋があり、どこも美味しそうな匂いを漂わせており目移りする。
仙台で一番美味しい店って、どこだろう?
こういった情報こそ、地元民から手に入れなければならないだろう。彼らならきっと、隠れた名店を知っているに違いない。
私は早速赴任先の店舗の先輩に尋ねてみた。
「仙台で美味しい店といえば、どこですか?」
すると彼女は平然とこう言った。
「回転寿司だよ」
は?
待て待て。きっと私を都会モンだと思ってからかっているのだろう。
新入社員への洗礼に違いない。
──騙されてなるものか!
次に、私は店長に同じような質問を投げかけた。
「仙台でおすすめのお店があったら教えて下さい!」
直属の上司が新入社員を騙しに来るわけはないと思ったのである。
すると。
「回転寿司だよ」
なんと回答は同じであった。
私は意を決して尋ねた。
「牛タンとかって、どうですか……?」
「ああ。牛タンはね、観光客が食べるでしょ。仙台の人はあんま食べないよね。回転寿司が一番美味しいって知ってるから」
な、なんですと……!?
これはかなり信憑性のある話だった。確かに東京の人ほどスカイツリーには登らないし、京都の人ほど八ツ橋をやたらと購入しない。
「しかも、観光地で使われている牛タンはアメリカ産だよ(※平成当時)。仙台牛とかのブランド牛のタンじゃない。それっぽく思われてるけど、実態は大違いだからね」
へー。
「だいたい、牛タンってもともとはテールスープとあわせて、牛肉の余り物をどうにかして食べようとして出来た名産品だからね。戦後貧乏な時期に編み出された苦肉の策だから。肉だけに」
地元の人ほど、なまじ地元の歴史知識があるから牛タンにありがたみを感じないのだ。
観光地あるあると言えるだろう。
というわけで、私は半信半疑で回転寿司店に入った。
店長に教えて貰った店は一皿100円前後の、よくあるチェーン店だった。(※平成当時)
やはりからかわれているのかもしれない。不安はぬぐえなかった。
とりあえず、回転している寿司を一皿取ってみる。赤身のマグロだ。
醤油をつけて、もぐもぐ。
はあ?
はあああ?
むっちゃ美味しいんですけどーーーーー!!!
え?
東京で食べて来たあれは何だったん?
それからは夢中で食べた。
どれもとにかく美味しい。全てのネタがワンランク上だ。
のちのち店長から聞いた情報によると、漁港の近い仙台では水揚げされてすぐのものがチェーン店でも即使用されるため、鮮度が命の魚介類に関しては回転寿司だろうが居酒屋だろうが仙台では何を食べても美味いとのこと。
なんだ、仙台は何を食べても全部美味いのか。牛タン以外。
それでもやはり気になるので、一応店長が言う通りの店で牛タンを食べてみた。
確かにこれも美味しかったが……やはり回転寿司に軍配が上がるのだった。
ちなみに店長曰く、仙台駅の外で行列が出来ている牛タン店ならどこでも美味しいそうです。
(駅ナカは何も分かっていない観光客が行列しているだけだから、らしい)