6.お茶があれば絶対に幸せ
最近、とりあえずお茶さえ飲めば幸せになれるということが判明した。
私の人生は、苦いようでいて案外チョロかったのである。
不惑の年を越えると、毎日どこかしら身体共に不調を抱えて生きることになる。
病院に行っても人間ドックを受けても、どこにも異常はないのに、なぜか疲れ果てている毎日。
栄養ドリンクを飲んでもだめ。
サプリメントを飲んでもダメ。
困ったな……と思いつつ、とりあえずお茶を入れる。
ほっ。
それ以降、私の一日の記憶は消し飛んでいる。
そんな毎日を続ける内、私は真理に至ったのである。
お茶を飲めば、何かがふんわり解決している!ということだ。
このことに気づくまで、四十年である。私の人生は難しいようでいてチョロかった。
そういうわけで、最近の私はお茶の仕入れに忙しい。
私の家から一番近いイオンにあるお茶屋さんは、みなさんお馴染みのルピシアである。
ルピシアは基本的な緑茶・紅茶からフレーバードティーまで、幅広い茶葉の取り扱いが魅力のお店だ。
価格はやはり高めだが、ここにあるどれかを飲めば簡単に幸せになれるのだ。
行けば必ず何かしらお茶を買ってしまう。
妙にきつい香りも、憂いを消し去って脳みそハッピーにしてくれる。
私にとってはもはやこの店の茶は嗜好品ではなく、処方箋なのである。
更にお茶行脚は続く。
私が今一番飲んでいる緑茶は、農協で毎年売り出す新茶である。
これは親族経由で注文用紙が回って来るので、書いて農協職員に渡すと家まで届けてくれるのである。
(うーん、田舎☆)
この新茶が、多分世界で一番美味い。
今まで色んな緑茶を飲んで来たが、この新茶が一番私の舌に合っている。
苦くも無く、渋みもない。海苔のような香ばしい香りがして、非常にあっさりした緑茶なのだ。
気づけばごくごく飲んでいる。
水道からこのお茶が出続ければいいのに。
そんな話を友人Kにしていると、Kは前のめりにこんなことを言い出した。
「殿水さん、中国茶は興味ある?」
中国茶!それは私にとって、まるで未知の世界だった。
「ペットボトルの烏龍茶やジャスミン茶なら飲んだことあるけど……」
「うちにプーアール茶いっぱいあるから、ひとつどうかな」
プーアール茶!あんまり飲んだことがないけど、だからこそとても興味が湧いた。
「本当?じゃあ一袋もらおうかな」
「今度持って来るね!」
詳しく話を聞いたところ、Kの友人に中国雑貨の輸入を生業としている人があるという。
その人が中国にいくたびに、現地の人から半ば強引に茶葉を譲り渡されるらしいのだ。
それがKのところにも流れて来るが、多すぎて消費し切れないのだと言う。
後日Kと再び会い、私はプーアール茶をもらうことになった。
「はい、これがプーアール茶だよ!」
現物を見て驚いた。
それは茶のフリスビーだった。
とても固い茶葉が、みっしりと圧縮されて円盤状になっている。
ふぇっ。思てたんと違う……!
「……何これ。フリスビー?」
「それねえ、緊圧茶って言うの。茶葉が空気に触れる面をなるべく少なくして、美味しさを長持ちさせる中国の知恵アル!」
くっ。これが中国四千年の厚みか……!
「おい、どうやって飲むんだよこれ。カッチカッチやぞ」
「それねえ、端から崩すの」
「崩す?どうやって?」
するとKはやおらこんなことを言った。
「彫刻刀、ある?」
ええええ、本当にそれしか方法がないパターン?
「無ければ包丁でいいんだけど」
いやほんと、マジでそれしか方法ないパターンかあ。
Kにナイフを渡すと、彼女は草フリスビーの側面から刃を入れた。
ゴリゴリ。メリッ。
少しだけ、茶葉が崩れた。
「これを飲むんだよ~。まずは〝捨て茶〟するね!」
初耳ワードが次々飛び出して来る。奥が深いぜ、中国茶!
プーアール茶にはまず熱湯を注ぎ、すぐにそのお湯を捨てるのだという。これが〝捨て茶〟。つまり二番煎じからが本番という、変わり種のお茶なのだ。
二回目のお湯を入れ、待つこと二分。
茶器に茶を注ぐと、スモーキーな香りが漂った。
飲んでみる。
おお?まろやかな渋味、燻製のような味わい。これが本場のプーアール茶か!
確かにとても美味しい。美味しいが、飲むまでの手間が結構ある。
「これ、いちいち崩すの大変だよね?」
「うん。だから時間のある時に崩しておくの」
「へー」
「崩して行こうか?」
「是非!」
そんなこんなで、二人がかりで四分の一ほどを崩した。
それからは台所に置いておいて、煮込み料理などの時間を利用して少しずつ崩すことにしている。
飲んでも飲んでも無くならない魔法のお茶。
まだ手元に半分ある。
多分私は一生、プーアール茶には困らないだろう。