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4.Sちゃんのハンバーガー

 小学生時代。


 私のクラスにSちゃん、という女の子がいた。


 Sちゃんは校内で、いつもお姉ちゃんの乗った車椅子を引いていた。お姉ちゃんは幼い頃の事故のせいで下半身が不自由で、かつ知的障害がある。


 お姉ちゃんと同じ小学校に通っていたSちゃんは、何くれとなくお姉ちゃんの世話を焼いていた。


 だから、誰もSちゃんに近づこうとはしなかった。




 ある休日のこと。


 家が近いので、近所でSちゃんにばったり出くわした。Sちゃんはまたお姉ちゃんを車椅子に乗せてどこかへ移動するところだった。


 私を見つけるとSちゃんは言った。


「結ちゃん、そろそろお昼だね。お腹空いてない?」


 よくよく話を聞いてみると、Sちゃんはお姉ちゃんとこれからお昼を買いに行くと言う。


 Sちゃんのお母さんはテニスのコーチだった。休日の昼間は親がいないので、子どもだけでご飯を食べるのだそうだ。


「今からマックに行こうと思ってるの。結ちゃんも一緒にどうかな?奢るよ」


 マックを奢ってもらえるというので、小学生の私は有頂天になった。


「分かった!お母さんに行っていいか確認してくるから待っててね!」


 私は家へとんぼ返りし、早速母に尋ねた。


「友達がマック奢ってくれるって!行ってもいい?」


 母は即反対した。


「同級生に奢ってもらうなんて、やめなさい!トラブルの元になるよ?」


 幼い私は、母の言っていることがよく分からなかった。


 けれど、今なら母の懸念がよく分かる。奢ったからと相手に見返りを要求されたり、相手の親から悪印象を持たれかねない危険な行為だ。金銭が絡むと、どんなに小さなことでもトラブルになりやすい。


「えー、でもぉ……」

「ところで……あんたに奢るとか言ってるのって、誰?」


 私は端的に答えた。


「Sちゃんだよ」


 その瞬間、母の顔色がさっと変わるのが分かった。


「そう、Sちゃんなの……ならいいわ、マックに行って来なさい」


 思わぬ急展開に、私は単純に小躍りした。そんな私を見て「ただし」と母は付け加えた。


「奢られるのはやめなさい。お金はこっちが出すから。いい?」


 誰がお金を出すとかは、もうどうでもよくなっていた。友達とマックに行ける。それだけで、今日は特別な休日になると私は喜んだ。


 私はお金を握りしめ、Sちゃんとそのお姉ちゃんの元に戻る。


 三人は駅前のマックへと歩いて行った。




 マックを持ち帰ることになったので、自然と私はSちゃんの家に上がり込むことになった。


「おじゃましまーす」


 だがSちゃんの家は、足の踏み場もなかった。


 しばらく掃除をしていないことは明らかで、床には色んな漫画雑誌が散らばっていた。


 Sちゃんの姉は車椅子から立ち上がると、壁に上半身をこすりつけるように歩いてキッチンへ移動した。意外にも、家では安心して積極的に動いているらしい。


 雑多にモノが乗ったテーブルを掻き分けるようにして、Sちゃんはハンバーガーのセットをどすんと置いた。


「さ、みんなで食べよう!」


 思い思いに紙袋を開け、ハンバーガーにかじりつく。


 更にSちゃんは気を利かせた。


「オザケンの新しいCDあるよ!聞く?」


 曲がかかると、まるでそこは有線の流れるマックだった。食卓の片隅には、CDがジェンガのごとくうず高く積まれている。曲を流しながらご飯を食べるのなんか初めてで、私はSちゃんの意外な側面を知った。Sちゃんの食卓では、いつも音楽を流しているのだ。


 足の不自由なお姉ちゃんも、何事かうめきながらノリノリで食べている。


「結ちゃん、うち、土日は毎回ハンバーガーなんだよ」


 父親のいる気配もない。そろそろ私も色々と察し、こくこくと頷いた。


「またハンバーガーを一緒に食べようよ!お姉ちゃんも喜んでるし!」


 ああ、そうか、と私は思った。


 だから母は急に顔色を変え、私に「行って来なさい」と言ったのだ。


「……そうだね。また、時間があったら行くよ」

「本当?やったあ~!」


 それからというもの、私はSちゃんとよく遊ぶようになった。


 いつも学校でのSちゃんは、お姉ちゃんの話しかしなかった。けれど自宅にいるSちゃんは、漫画を読んで音楽を聞いてゲームをして、あれやこれやと精力的に過ごしていた。私もSちゃんの家で、知らなかった漫画をたくさん読んだ。毎週10ほどの漫画雑誌を定期購読すると聞いて不思議に思ったが、どうやら彼女の父親は長距離トラックのドライバーで、常に漫画を助手席に積んでいるのだそうだ。休憩時に読むのだろう。


 そらからというもの、私は小学校でもSちゃんと遊ぶようになって行った。


 すると私の今までの友だちは、それを嫌がって去って行った。私は未だに、どうしてそうなったのかが分からない。Sちゃんは確かにお姉ちゃんの話ばかりするけど、根はいい子だった。


 お姉ちゃんを含めて三人でいろんなところへ行った。


 とても楽しかったけど、私は中学から私立に行くことになり、それきりSちゃんとは会っていない。




 あれから六年後。


「Sちゃんは高校を卒業するとすぐに妊娠し、同い年の彼氏と結婚した」と風の噂で聞いた。


 きっと、あの子はずっとお姉ちゃんの話をすることに飽きたのだろう。


 今はもう、新しい家族とハンバーガーを食べに行ってるに違いない。


 私は何だか肩の荷を、ひとつ下ろせたような気持ちがした。

 

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ブレイブ文庫様より
2025.5.23〜発売 ! script?guid=on
― 新着の感想 ―
今で言うならヤングケアラーだったSちゃん。 風の噂の通りなら、高校進学し、恋愛して、卒業して、妊娠結婚した。お姉様もきっと甥っ子もしくは姪っ子を祝福して、皆で食事をする時はこだわりの音楽を流している…
純文学じゃん( ˘ω˘ )
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