3.世界一美味しい筍
夫の祖母の家の裏には、大きな裏山がある。無論、その山は彼の祖母の持ち物である。
初めに言っておこう。
この山で生える筍が世界で一番美味しい!
大袈裟ではなく、私が今までスーパーで買って来た筍など、筍ではなかった。あんなものはまるで木の幹だ。
夫の祖母の山に生える筍は、何と言うか春の味がする。ふきのとうに顔を近づけた瞬間ふわりと鼻をかすめる、あの春の香りがするのだ。掘り出すタイミングにもよるが、柔らかい。これを炊き込みご飯などに入れると、ご飯全体に春の香りが漂って、だしを入れずとも料亭級である。
もう、とにかく美味しい筍なのだ。
どれぐらい美味しいかと言うと、春が近くなるとご近所さんごこぞって祖母の裏山を〝整備〟しに大挙してやって来るほどなのだ。つまり、高齢の祖母に代わって山を掃除してあげる代わりに、例の筍をおすそわけしろー!というご近所さんたちが毎年やって来るのである。これを断って一度大変な目に遭ったらしく、祖母はとりあえず一個ずつご近所さんに配ることにしていると言う。人によって数に差をつけるとこれまた騒動になるので、限定一個ずつを心がけているそうだ。
もはや争いの種になるぐらい、美味しい筍なのである。
私は孫の嫁なので多く貰える。
あく取りをしたあとは、速やかに食べ切らなければならないのだ。なのでこの筍をいただいた瞬間、私の中の筍レシピフォルダが火を噴く。
穂先は炊き込みご飯やこぶし煮、固い部分は青椒肉絲にすることが多い。
この筍こそ至高なのだ。
ある時、祖母から筍をもらった時期に、担当編集者と会う機会があった。
ちょうど筍を消費している時期だったので、私は編集者にその筍のことを自慢した。こんな美味しい筍は東京では食べられないだろう、という話である。
すると彼はぽかんとした顔でこう言った。
「?うちの山の筍の方が美味しいですよ?」
えっ?
「もう一度申し上げましょうか?うちの山の筍の方が美味しいんです」
なん……だと!?
「私の実家も裏山を持ってまして」
へー?
「〝猪捕まえる代わりに筍くれ〟って近所の人が来るんですよ」
……!?
「しかたないから、そうしますけど。断ってトラブルになってもアレなんで」
待って待って。
……うちと一緒やん?
「それぐらい美味しいんです。筍は山ごとに味が変わるので」
山ごと?
おいおい、詳しいな。
「どうしても筍が美味しい山、そうでもない山があります。筍というか竹は地下茎のクローンで増えるので、ひと山の筍の味は変わらない」
ふむふむ。
「だからその山の筍ならどこを掘っても美味しいわけです。でも隣の山はなぜか全て不味い。山持ちの間で判明した話ですが、どういうわけか山によって筍の味も変わってしまうみたいですね」
はえー。すっごい。
君、スローライフものでも書きなされ。
「殿水さんが書きましょうよ……」
そう言われてもな。筍にまたひとつ詳しくなれたけど、ラノベには活かせそうもない小ネタである。
「まあでも、うちの筍が一番美味しいというのは決定事項ですよ。どの山も敵わないと思いますよ?」
「いや、だからうちの山の方がおいしいんですけど」
「……今度持って来ましょうか?」
「ふふっ。まぁ、お好きにどうぞ」
クッ。余裕の笑みを浮かべやがって!
余裕ぶっていられるのも今のうちだからな!
いつか分からせてやる……!