表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【食エッセイ】サクッとふわとろソウルフード  作者: 殿水結子@「娼館の乙女」好評発売中!


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/11

10.作家と焼肉

 作家のSNSを見ていて、私はいつも疑問に思っていた。


「作家さんって、焼肉ばっかり食べてない……?」


 そうなのだ。商業作家はなぜかSNSに「焼肉行ったよ!」画像をアップしがちなのである。


 Xなどは字数制限があることもあり、あまり詳細は語られないので「誰と、どこで、どうして焼肉をするに至ったのか」が分からないケースも多い。


 美食自慢なのか?


 それともこれを誘い水に誰かと外食に行きたいのか?


 もしかして作家は誰しも肉を食べるとアイデアが湧き出すのか?


 謎は深まる……!




 などと思っていたら、その疑問が急に氷解する日がやって来た。


「一巻の刊行も終えたことですし、どうですか?ここで親睦を兼ねましてお食事でも」


 関東圏に住んでいる私に、なんと編集者から食事のお誘いがあったのである。


 こんなことがあるのか!わーお、商業作家って感じ☆


 私は喜び勇んで返事をした。


「いいですね!今月の土日ならどこでも空いてますよ」

「行きたい店などありますか?」

「うーん、東京のことはよく分かんないです……」

「こちらで決めてしまってもいいですか?」

「いい店があるなら、そこで!」


 すると編集者は私にこう言ったのだ。


「じゃあ、焼肉でいいですか?」


 えっ?


 私は動揺した。


 焼き肉……実は、煙で服が臭くなるかもしれないから、あんまり行きたくはない……かも。


 すると編集者は更に畳みかけたのだ。


「作家さんって、焼肉好きですよね?」


 えっ?


 こうなって来ると、急に不安が押し寄せて来る。


 焼き肉を拒否するような作家は大成しないのではないか、と。


 きっとこの編集者は「焼肉こそが作家に力を与える」と思っているのだ。いや、逆かもしれない。編集人生において「優れた作家は焼肉を求めるものだ」という確固たる〝かい〟を統計的に得ているのかもしれない。


 これは念のため一度、焼肉へ行っておいた方がいいだろう。


「まあ、好きですね、ハイ、焼肉……」

「いい焼肉屋さんがあるんですよ~」

「へえ、そうですか。じゃあそこで……」

「予約入れておきますね!」


 そうしてついに私は「Xで焼肉画像をアップする作家」へ一歩近づいたのである!




 焼き肉当日。


 どうやら出版社の近くにいい焼肉屋さんがあるらしい。


 駅で編集者と待ち合わせをし、ついに新人作家は焼肉屋へと足を踏み入れた。


 半個室に通され、焼肉の宴が始まる!


 さくっと手堅く二時間コースだという。編集者、さては通い慣れているな?


 互いに簡単な自己紹介を終えたところで、肉が運ばれて来る。


 私が焼こうとすると、編集者が固辞した。


「私が焼きますっ。殿水さんは食べて下さい!」


 はっ。いかんいかん、ついオカン属性が顔を出してしまった。今日は私が「もてなされる」側なのだった。


 借りてきた猫になったオカンの前で、編集者は慣れた様子で肉をひっくり返して行く。編集者、さては通い慣れているな?


 続いて今度は焼肉屋の店員さんがやって来て


「ネギタン塩は焼くのにコツが必要なので、こちらで焼きますね」


と、ネギ塩を器用に肉に巻きつけながら焼き始めた。


 私と編集者は、じっとその様子を眺める……


 焼き上がった肉をサーブされ、黙々と食べる。多分、これが世界で一番おいしいネギタン塩だな?


 焼き肉というのは、結構忙しい。焼いてひっくり返して、食べて……と思ったら肉が来て。この繰り返しである。


 正直ちょっと「悪いなぁ」というぐらい食べてしまった。あっちがどんどん焼いてくれるので、そうなるのも無理はないのだが。


 そうして、あっという間に二時間が経ってしまった。


「はあ~美味しかった☆」

「そうですか?良かったです〜」


 そこで私はふと我に返った。


 私も編集者も、実はあんまり話をしていない。


 しかし、腹は満足げに膨れている。


 なるほど……そういうことか。


「じゃあそろそろお店を出ましょうか」

「ごちそうさまでした!」


 私は駅まで歩きながら、なぜ作家が焼肉に連れて行かれるのか氷解した。


 焼肉は美味しく、しかも焼く間は、喋らなくてもいい。


 私は主におしゃべり接客業人生を送って来たので気づかなかったが、きっとほとんどの作家はあまり喋るタイプではないのだろう。むしろ、喋りが苦手だから作家になっている可能性が高い。そしてきっと編集者側も、たいした話芸があるわけではない。


 とすると、オーダーから待っている時間、食べ終わってしばらくの時間、会話で時間を潰すのは至難の業となる。気まずいったらない。


 そこで焼肉なのであろう。


 作家が焼肉の詳細をSNSで語らない理由も、きっと何かの話題でめっちゃ盛り上がったわけではないからなのだ。顔を合わせてもぐもぐした、その事実があればいいのだ。もてなし、もてなされた事実が大事なのだろう。


 別れ際、私は思い切って編集者に聞いてみた。


「どうして出版社は作家に焼肉を奢りがちなんですかね?」


 すると編集者はニヤリとして答えた。


「奢ったぶん、その作家さんが、他社よりうちで書いてくれる確率が高まるからです」


 ええええええええええ!?そういうことなの!?


「よく言うじゃないですか。〝同じ釜の飯を食った仲〟って。意外とこういうことが後に繋がったりするんで、大事なんですよ」


 !!


 くっ……そういう理由だったのか。


 おのれ、出版社め!


 私たちは彼らの手の上で転がされているに過ぎないのだ。


 ところで……なんでまず焼肉なんですか?ほかにも中華、和食、イタリアン……色々あると思うんですけど。


「作家さんってみんな好きでしょ?焼肉」


 !?


 そこは疑いようがないらしい。


 なぜ……?


 結局、謎は深まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  ↓Amazonページへ飛びます↓ i1044276
    ブレイブ文庫様より
    2025.11.25〜発売 !
― 新着の感想 ―
焼肉は高級料理の代名詞なので、接待に適してるのかもしれませんね! そういう点では寿司でもいいのかもしれませんが、寿司だといろんな意味で若干ハードルが高いので、焼肉くらいがちょうどいいのかも?w
私は打合せの時にコーヒーご馳走になった位ですね 焼き肉いいな……
出版・編集の方々とのお付き合い。 人生の中で、様々な形の人間関係、人付き合いというものが起こりますが、出版・編集の方々とのお付き合いもまた、特別というか独特の雰囲気がありそうです。 焼肉……。接待さ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ