小学生に『クラスのスローガン』を作らせたら想像以上に酷かった件
「うーん......今日も疲れたなぁ……」
帰宅した僕はそう呟き、倒れるようにソファへ寝転んだ。瞬間、全身の疲れが溶けていくような感覚が身体中を駆けめぐる。
始業式から一週間。新しいクラスはまだまだ話したことのない、打ち解けてない児童も多く色々と気疲れしてしまう。
「……さて、最後の一仕事をしますか」
そう独り言を言い、僕は重い体を起こすと、学校で支給される教師用のタブレットをカバンから取り出す。そのままロックを解除しメッセージアプリを開く。そこには大量の未読メッセージが溜まっていた。良い提出率だ。僕は思った。
僕は今日、新学期が始まるにあたって『自分たちのクラスのスローガンを考えよう』という宿題を児童たちに課していた。家に帰ってから一人一つ、自分達のクラスである6年3組のスローガンを考えて、それを学校支給のタブレットを使い先生に送るという内容だ。
時間がある今のうちに宿題の提出状況を確認しておかないと、後回しにして溜まると大変だ。
僕は疲れた体で大きく伸びをし、端末をタップしメッセージ欄を開く。すぐに児童が作ったスローガンの一つが表示された。
───────────────────────
小学校最後のクラスで、最高の思い出を作ろう
6年3組
───────────────────────
「なるほどなるほど」
シンプルで良い感じだ。自分達が6年生という現状をきちんと踏まえた良いスローガンである。この調子なら期待できそうだ。どんどん見ていくとしよう。
ちなみに、提出されたスローガンについてはクラス全員で投票を行い、選ばれたスローガンを大きく印刷し黒板の上の空きスペースに張り出す予定だ。
僕はメッセージ画面の最下部にある矢印をタップする。すると、次の未読メッセージが、つまり別の子が考えたスローガンが現れた。
───────────────────────
みんなでなかよく
6年3組
───────────────────────
「うーん、これも悪くはないけど......」
六年生の教室に張り出すと考えると、少し幼稚な内容な気がする。
もちろん最後に選ぶのはクラス投票なので、これが選ばれる可能性はあるのだが。
僕は端末を操作し、次のスローガンを表示させた。
───────────────────────
人生最高の先生と
最後の小学校生活を共にできる
極上の幸せ
6年3組
───────────────────────
「ハードルが高いよ......」
これが張り出された教室で一年間を過ごすのはプレッシャー過ぎる。
あと、他の先生にこのスローガンを見られたら絶対に変に思われる。
「これは選ばれて欲しくないなぁ」
僕はそう思いながら、端末を操作し次のスローガンを表示させた。
───────────────────────
戦争を無くそう
6年3組
───────────────────────
「それは荷が重いだろ」
クラスのスローガンに据えるには壮大過ぎる。気持ちは立派だが......
次見よう。僕は端末を操作した。
───────────────────────
最高のクラス! 6年3組 !
それにひきかえ2組は......(笑)
───────────────────────
「他のクラスにケンカ売るなよ!」
このスローガンを6年2組に見られた時どう言い訳すれば良いんだ。これが選ばれたら大変だぞ......。
呆れながら、僕は端末を操作し次のスローガンを表示させる。
───────────────────────
やれる! やれる! やれる! うおおおお!!!!
6年3組
───────────────────────
「なにが????」
根性論が強すぎる。スパルタ塾のスローガンと言われた方が納得できる。これもダメだ、次!
───────────────────────
先生、今年もまた鏖の木に
黒い林檎がたくさん実りました
6年3組
───────────────────────
「急に怖いな」
知らない木に知らない実が実ってんな。去年も実ったことが伺えるのがまた不穏だ。
次! 僕は端末を操作した。
───────────────────────
狂犬病を媒介する蚊が飛んでいるクラス
6年3組
───────────────────────
「ヤバすぎるだろ」
致死率100%の病気を蚊が媒介し始めたら終わりだよ。恐ろし過ぎる嘘をつかないで欲しい。次!
───────────────────────
国会
↙︎ ↘︎
内閣 ← 6年3組
───────────────────────
「三権分立が覆されてる!?」
法を支配するって、これじゃテロリストの最終目標だろ。次!
───────────────────────
卒業や 桜の雨で 濡れる頬
6年3組
───────────────────────
「急に綺麗だなどうした」
いい句だけど、 これが1年間クラスに掲示されるのは違うくない? 次!
───────────────────────
勉強は〜大事〜♪
憲法は〜改正〜♪
6年3組
───────────────────────
「急に思想を出すなよ」
思想が強すぎて韻を踏むことを忘れたジョイマンがクラスのスローガンになることはない。次!
───────────────────────
アイス・スピード・エス・ミント
6年3組
───────────────────────
「なんで覚せい剤の隠語を羅列してんだよ」
意図が分からな過ぎて怖い。次!
───────────────────────
記憶が思い出に変わる前に
もう一度君に好きと言いたい
6年3組
───────────────────────
「映画のキャッチコピー???」
少なくともクラス全体のスローガンにはなり得ないだろ。次!!!
───────────────────────
ゴリッ! ゴリッブチュ! ゴキュ
6年3組
───────────────────────
「なんの音だよ!」
誰か食われてない??? 次!
───────────────────────
見せかけの愛に満ちた、偽善で飾りし箱庭にて学ぶ
6年3組
───────────────────────
「なんか嫌なことあったのかよ」
『にて学ぶ』が小賢しすぎて嫌だな。次!
───────────────────────
え〜、調査の結果、いじめは確認されませんでした
6年3組
───────────────────────
「あるときの言い方だろこれ!」
『ありません』じゃなくて『確認できません』って言うんだよな。いじめが後々見つかっても、その時点で確認できなかったという事実は決して間違いやウソにはならないから。次!
───────────────────────
シンプルにいじめがあるクラス
6年3組
───────────────────────
「無いよ!」
シンプルにってなんだよ。次!
───────────────────────
「先生トイレー」
『先生はトイレじゃないぞ〜』
「そんなこと分かっている。文脈から先生トイレは先生トイレに行ってもよいですかの意味だと読み取って貰いたいものだな」
『申し訳ございません。お詫びに職を辞します』
6年3組
───────────────────────
「なんじゃこいつ」
スローガンで先生を論破しないでくれ。あと勝手に職を辞させるなよ。
次!
───────────────────────
「んちゅ」と「んちゅ」の繋がりを大切にしよう
6年3組
───────────────────────
「人を人と読んで良いのは海人の時だけだろ」
『人と人の繋がり』を気持ち悪い言い方しないでくれ。次!
───────────────────────
飛沫防止のため、破裂音の「ぱぴぷぺぽ」を
絶対に使わないようにしよう
6年3組
───────────────────────
「会話しづらい!」
コロナ禍でも聞かないレベルの行き過ぎた対策だ。次!
───────────────────────
「がぎぐげご」は相手に威圧感を与えるので
使わないようにしよう
6年3組
───────────────────────
「そっちもダメなんかい」
そんなクラスじゃまともに会話できないよ。次!
───────────────────────
後になって分かったのですが、地中から黒い鳥居が
大量に発見された土地に建てられたのがこの学校です
6年3組
───────────────────────
「怖いこと言うなよ」
詳しく知らないので「違うわ!」とも断言できないのが怖い。......違うよね?
次!
───────────────────────
あれ? 去年植えたプチトマト
木村くんのやつだけ枯れてるね
6年3組
───────────────────────
「名指しで指摘するなよ」
これがクラスに張り出されてたら、木村くん学校来れなくなっちゃうよ?
次!
───────────────────────
葬式でまた会えると思ったから!
6年3組
───────────────────────
「サイコパステストのサイコパス回答だけ言われても分かんないだろ!」
夫婦と子供の三人家族の夫が亡くなり、夫の葬儀に参列していた男に妻が一目惚れしてしまいました。数日後、妻は自分の子供を殺してしまった。一体なぜ?
の話をこんな所でされても困る。次!
───────────────────────
ざこクラス ざ〜こ♡
6年3組
───────────────────────
「メスガキじゃねーか!」
よく考えたら、クラスがザコならザコなのは先生じゃなくてクラスのみんなになるけど良いの?
次!
───────────────────────
たのしく
すごせる
けいかくせいを
てにいれよう!
6年3組
───────────────────────
「『たすけて』を縦読みに仕込まないで!」
意味がわかると怖い話をクラスのスローガンでやらないで欲しい。
次!
......と、すっかり児童の考えたスローガンに夢中になっていた僕の意識をそこから引き離したのは、頭上から聞こえる『ピーピー』と繰り返す電子音だった。
それは、頭上の壁に取り付けられた電波時計が12時を回り、日付が変わるのを知らせる合図であった。
「うわ、もう12時......」
僕は教師用タブレットを閉じて、倒れるようにソファに横になった。
これ以上の夜更かしは明日の仕事に差し障る。続きは明日の朝にでも確認しよう。僕はそう決めた。
「......」
僕は横になったまま考える。
「投票、どうなるかな......」
そう。どのスローガンがクラスに掲載されるか決めるのは僕ではない。 児童の多数決で決まるのだ。
正直、投票の対象外にしたいおかしなスローガンがたくさんあった。しかしこちらの判断でまさに検閲みたいに特定の子が考えたスローガンを投票から除外をするのはどうも憚られる。
「......ちゃんとしたスローガンに票が集まるのを、信じるしかないか」
生徒の良心に望みを託そうと決意し、僕はベットの上で静かに目を閉じた。
◆◆◆
おわり