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三つ撚りの糸  作者: ほのぼの
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登下校のスクールバスで、かなと自然に話す機会が増えていった。最初は「熱量が高くてちょっと変わった子」という印象だったけれど、話してみると意外と気さくで、冗談を言えば大げさに笑ってくれるし、何より好きなことを語るときの情熱がすごかった。彼女が全身で「好き」を表現している姿は、どこか眩しく感じられた。


だけど、接するうちに気づいたことがある。かなは、どうも周囲から浮いているらしい。教室でも廊下でも、誰かと楽しそうに話している場面を見たことがないし、彼女に積極的に声をかける子も少ない。それでも、彼女自身はそんなことを気にもしていないようだった。


ある日の昼休み。私は何気なくかなのほうを見て、思わず目を見開いた。かなが教室の真ん中で、一人で宝塚のベルサイユのばらを歌いながら踊っている。しかも堂々と、まるで自分が舞台の主役であるかのように。


「『心の白薔薇は〜オスカール〜♪』」


彼女の声が教室中に響き渡る。歌詞の一節を歌い上げた後、かなは大きな身振りでスカートを翻し、片手を胸に当ててポーズを決めた。その姿は、彼女がどれだけオスカル様を愛しているかを物語っていた。


一方で、教室にいた他の生徒たちは、みんな微妙な表情で彼女を見ていた。何人かはクスクスと笑い、何人かはあからさまに無視をしている。けれど、かなは全く動じる様子もなく、むしろさらに熱が入った様子で、オスカル様への愛を語り始めた。


「あの強さと美しさ!オスカル様って最高やと思わへん?」

突然こちらを向いてそう言われ、私は不意打ちを食らったような気持ちになった。

「え、あ、うん……確かにすごいとは思うけど……」

正直、宝塚もベルサイユのばらもよく知らない私には、何をどう返せばいいのかわからなかった。


そんな私の曖昧な反応にも、かなは全く気にすることなく話を続けた。

「オスカル様はただのかっこいいキャラちゃうねん!時代に逆らって自分の信じる正義を貫く、その姿がもう……ああ、ほんまにええねん!」

彼女の熱量は、教室中に溢れかえっていた。


その後も、かなは昼休みごとに小さな「一人宝塚」を披露することがあった。他の生徒たちはだんだんと彼女の行動を面白がるようになり、遠巻きに見てはひそひそと話していたけれど、誰も彼女に直接何かを言うことはなかった。彼女のまっすぐさや自己表現の強さは、ある意味、近寄りがたくもあったのかもしれない。


でも、私はそんなかなを見て、心の中で思っていた。

「なんでこんなに堂々としていられるんやろう?」


私だったら、周りの視線が気になってとてもこんな真似はできない。好きなものを好きだと公言すること自体、怖いと感じてしまう。だけど、かなは違う。彼女は、自分の好きなものを隠そうともせず、むしろ全力で表現している。それが、少し羨ましくもあり、同時に怖くも感じられた。


その日の帰り、スクールバスの中でも、かなはオスカル様の話を続けていた。夕陽が車内をオレンジ色に染める中、彼女の声だけが響いている。

「ほんま、オスカル様みたいな人に出会いたいわ〜。あんたもそう思わん?」

「うーん、どうかな……。でも、好きなものをそんなに全力で語れるのって、かなはすごいと思う。」

思わず本音を言ってしまった私に、かなはちょっと驚いた顔をした後、にっと笑った。


「何言うてんの。好きなもん語るんは当たり前やろ?人生短いんやから、好きなもんは全力で楽しんだらええねん!」


その言葉に、私は何も言い返せなかった。好きなものを全力で楽しむ——そんな風に生きられたらどれだけ楽しいだろう。でも、私にはそれができない。自分の好きなものさえ、よくわからないのだから。


バスの窓から見える夕焼けが、どこか遠くに感じられる。その時、ふとかなが漫画を閉じて私のほうを見た。


「でもさ、あんたも絶対なんか好きなもんあるやろ。今度教えてや。私も聞いてみたいし。」


その言葉が胸に残った。かなに「自分」を見せることができる日が来るのだろうか。彼女のように、自分の好きなものを堂々と語れる日が——そんなことを考えながら、沈む夕陽をぼんやりと眺めていた。

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