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三つ撚りの糸  作者: ほのぼの
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最初に彼女ときちんと話したのは、スクールバスの中だった。

顔を合わせたことは何度もあったはずだけれど、初めて会話を交わしたのは夏のはじまり頃だった。やっと学校にも慣れてきた頃でお互いに夏服のワンピースを着ていたけど、まだ少し肌寒かったことをぼんやりと覚えている。


その日は、いつもと少し違っていた。普段なら何人か一緒に乗っている帰りのバスの車内には、私と彼女の二人きりだった。ぽっかりと空いた座席が目に入り、妙に静まり返った空間には、窓から吹き込む風の音だけが響いていた。


彼女は一番後ろの席に座り、何かに集中していた。肩を少し丸めて、手にした漫画らしき本を読む姿が目に入る。やけに顔を近づけているのが気になった。どうしてそんなに近くで読んでいるんだろう?その違和感に背中を押されるように、声をかけてみた。


「何読んでるん?」


驚いたように顔を上げた彼女の瞳は、ほんのり揺れていた。それでも彼女は迷わず答えた。

「『ベルサイユのばら』」


短く放たれたその言葉には、不思議な自信と熱が宿っていた。彼女の手元には、色鮮やかな表紙の漫画がしっかりと握られている。


「知ってる?」

そう問い返されて、「うん」とだけ答えた。すると彼女は小さく頷き、また漫画に視線を戻した。そのとき、膝の上に黒い単眼鏡が置かれていることに気づいた。近づいて読んでいたのではなく、それがないと読めなかったのだと察した。


「目、悪いんやな」


そう言った私に、彼女は意外なほどあっさりと、「そうやねん」と答えた。その軽さに、なんだか妙に拍子抜けしたのを覚えている。単眼鏡で漫画を読むなんて私には想像もつかなかったけれど、彼女にとってはきっと日常の一部だったのだろう。その自然体な姿勢に、少しだけ心を動かされた。


けれど、正直に言えば、最初の印象はこうだ。

「熱狂的なオタクで、ちょっと変な子かも」


それが彼女——かな——の第一印象だった。何を話したのか詳しくは思い出せない。ただ、彼女の熱量が強すぎて、少しだけ気圧された記憶だけが残っている。


もしあの時、声をかけていなかったら?

彼女と親友になった今でも、そんなことをふと思うことがある。声をかけた瞬間がなければ、この奇妙で濃密な縁は生まれなかったのだろう、と。


人と人のつながりは、きっと小さな奇跡の連続でできている。かなとの出会いもその一つだった。最初は少し距離を取りたくなった彼女と、今ではどこまでも一緒に歩けるようになった。


私たちはたまたま隣り合った糸だった。けれど、いつの間にか絡み合い、ほどけなくなっていた。それが運命なのか、偶然なのかはわからない。ただ一つ言えるのは、あのとき声をかけた自分を、少し誇りに思っているということだ。


こんな風に笑いながら過ごす時間が増えるなんて、当時の私たちは夢にも思わなかった。きっとこれからも、そうやって未来は紡がれていく。出会う人々や出来事がどんな模様を描くのか——それは、まだわからない。


でも、それでいいのだ。出会いは奇跡だ。その奇跡が、私たちを紡いでいくから。

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