Episode 98 Naoya side 優勝した暁
「放送席、放送席。そして、場内で観戦されていますみなさん、男子50メートル自由形で、こちらも予選2組から見事に大会記録、さらには高校記録を樹立した原田直哉選手にお越しいただいております!おめでとうございます」
なんやろ、息切れは軽く起こしてるけど、軽い嫌悪感しかない。どうしよ、この感覚……。
「ありざす」
出てきた言葉は、本当に無感情に近かったかもしれん。やけど、俺のテンションが上がれへんねんからしゃあないよな。
「原田選手も見事に予選2組から下剋上を起こして、決勝に進出、さらには、高校記録まで塗り替えて優勝しました。今のお気持ちはどうでしょう?」
もう、淡々にやった速く終わらせるか。やっぱり、俺、インタビュー嫌いやわ。
「そうっすね。まだほんまに自分がやったんかって実感はないんですけど、楽しかった。それだけですかね」
「原田選手の出身校、扇原商業高校から、大神遊菜選手が女子の同じ種目に出場・優勝し、同一校でアベック優勝を果たしています。そこに関してはどう思われていますか?」
「そっすね。普段から一方的にライバル視されてるのもあって、控え室から見てて、やりよったな。って感じで見てました。さすがにそんなん見せられたら、恥ずいところは見せられへんって思っとったんで、なんとか優勝できてよかったっすね」
「最後に、これからの目標はどうしましょう?」
「もしかしたら、大神と似たことを言うかもしんないですけど、正直、目標とか経てずに、自分が楽しけりゃええと思ってるんで、今は、素直に楽しむことが目標っすかね。タイムや野望はないです」
俺と大神、ズレとるところがあると思われてるんやろうし、インタビュアの人はやりたくなかったやろうな。なんて思いながら「男子50メートル自由形で大会記録、高校記録を更新して優勝した原田選手でした!」と紹介されてから、軽く首を降り、自分の荷物が置いてあるところに向かう。
「うぃ~、ナイスパフォーマンス」
そんなことを言いながら近づいてきたのは大神。
相変わらずニッコニコの笑顔を振り前いて、俺とハイタッチを求めてきた。
まぁ、これくらいやったら応えるし、なんやったら、俺からやるときもあるし。なんて思いながら、大神と軽くハイタッチをかわす。
そのとき、きれいにパチンとなって、変な表現かもしれへんけど、喜びが音を立てて目に見えた感じがした。
「ほんまに有言実行になるとは。うちもビックリや」
「お前が一番驚いているやろ。大会記録更新して優勝したことに」
「まぁ、確かにそれはある。まったくタイムとか順位とか気にしてなかったわけやからさ、こんなんやるとも思ってへんかったし」
「でも、偉いことしてもうたな。明日から周りの目がゴロッと変わんで」
「学校でもうるさそうやしな。永ちゃんに頼んで、学校の表彰はせんといてもらう?あと、垂れ幕もなしで。全国行ったって決まっただけで、見た人らざわついとったやろ?正直、そんな目で見られんのしんどいで」
「まぁな。でも、垂れ幕くらいはしてもらってもええやろ。せっかくの思い出になるんやろうしさ。俺は賛成やけどな。さすがに表彰はいらんけど」
「まぁ、直ちゃなそう言うんやったらそれでええけどさ」
「とりあえず、ここでの表彰や。お前もはよ服着て準備しろよ。いつまでもレーシングウェア姿でおらんとさ。どうせ、俺のレースが気になっとったから、身体拭きながら見とったんやろうけどさ」
「まぁ、そんなところ。勇姿は近いところで見たいやん。それと一緒やって」
まぁ、それがどうなんかはわからんけどな。とりあえず、俺も身体についた水分を拭いて、上からクラブシャツを着て、下は、美咲と3人でそろえた赤い布時に白いラインが入ってジャージを着て、表彰式に備える。
そして、表彰の待機場所に来ると、すでに、2位と3位に入った選手が準備万端と言わんばかりの姿で椅子に座っていた。
そこにはもちろん、半フリを2位フィニッシュした宮武さんが難しい顔をしてずっとうつむいていた。
だいぶ憔悴しとるな。さすがに水の申し子という異名があるのが災いしてか、優勝して当たり前って言う雰囲気を感じてたんかもしれんな。本音は本人の口から話すやろうけど。
そこから少しだけ時間が経って、男子の2バタが始まった。
どうやら、このあとに表彰を挟むようで、引率……って言うてええんかわからんけど、女性が少しソワソワしだした。……っていうか、よう見たら、地元の高校生やん。場内は冷房が利いてるから寒いんか知らんけど、普通にクラブジャージ羽織っとって、てっきり3位に入った選手かなって思ったけどさ、その人がジャージを脱いで、インターハイのTシャツ姿になってんから、ビックリするよな。
そして、男子の2バタが終わり、優勝者インタビューをしている間に「表彰式が始まりますので、男女50メートル自由形の選手は立ち上がって下さい」だとさ。
まぁ、元から座るつもりのなかった俺はずっと立ちっぱなしな訳やけど、あえて座りたくなかったって言うのがある。
……座ったら、立ってるのもやっとの足で、座ったら、立たれへんような気がしてな。さすがに、腕を振ったり、足をぶらぶらさせたりと、なんだかんだ乳酸を流しながら時間を潰した。
『ただいまより表彰行います』
冷たいアナウンスの声はこの時ばかりは、ほんのわずかだけ温かみを感じた。威厳を保ちつつも、表彰者を祝福したい気持ちも入っているのかと勝手に思った。
「女子50メートル自由形、第3位、鴨井みずきさん、湘南昴高校。第2位、宮武花梨さん、八王子大学付属三郷高校。優勝は、大神遊菜さん、扇原商業高校。大会新記録を樹立しての優勝です」
大神は、賞状と副賞の小さな人形をもらうと、美咲のおる方へを大きく掲げた。
「いーぞーゆーな!」
そんな声気が聞こえた気がした。少しばかり静かになった場内で、思ったより美咲の声が響いたんかもな。
ここまでアイツの声が聞こえたら相当なもんやで。でも、宮武選手の後の声が少ないからこそなんやろうけど。
「続いて表彰を行います」
このタイミングで、女子が表彰台から降りてきて、男子の後ろに並ぶ。
そして、またアナウンスが続き、3位の選手、2位の選手。そして、俺の順に紹介され、俺については、大会新記録、高校新記録、同時樹立の話しもされて紹介され、女子の時同様、賞状をえらいさんから手渡され、優勝者の俺は、それに小さな人形も渡される。
たぶん、大神とは色違いなはず。それは、もう、屋上の教官室に置いといたろかな。大神の奴と合わせて。正直なことを言うと、持っとってもしゃあないしな。
そんなことを思いながら、表彰台を降り、アナウンス、引率の高校生に合わせて、メインプールから引き上げていく。
……なんか、これをもらっただけで、優勝したんやって思いが強くなる。
これほど、実感なんかなかったのに、不思議なもんやな。
そんなことを思いながら、更衣室に入った。




