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Episode 96 Yuna side うちの本気はどこまで?

 2回目の笛が鳴った後、また叫んでしまった。たぶん、緊張感を抱きたくなかったからやと思う。

 そして、ゆっくりとスタート台に向かい、長い笛が鳴ったのを確認して、ゆっくりとスタート台に乗る。

 もう1回くらい吠えたいけど、もうスタートの構えを取ってる。もう無理や。覚悟決めて行ったれ!


「よーい」


 ここから先は高い電子音が聞こえるのに集中する。


 ピ


 スタートの合図が聞こえた瞬間、できる限りの全力で飛び出す。

 うちの持ち味は素早いスタート。これでほんのわずかだけでもリードを取りたい。

 水中に入ってからは、姿勢を安定させるために一瞬だけストリームラインを意識して、そこから思い切りドルフィンキック。加速を意識するのと、丁寧な浮き上がり、腕を回すタイミングを合わせる。

 ハーフレースでいつまでもドルフィンキックをしていたら遅れるって言うのはわかってるから、あまり深く潜らず、浅めを意識。そうしないと、深く潜り過ぎちゃうし。

 それもわかってるから、浅く入り、比較的早い段階で浮き上がるプラン。

 もちろん、普段から浅いプールで練習しているから、浮き上がりまで完璧。そこから腕を回し始め、リカバリーの時の抵抗がないことを感じれば、あとは、丁寧かつ、全力で飛ばしていくだけ。

 ブレスはハーフラインで1回、ラスト5メートルで1回のつもり。

 そのハーフラインで右を向いてブレスをすると、わずかに飛沫が上がってるのが見えた。あんまり見えてへんからなんも言われへんけど、思った以上に競った展開になっているじゃないかって思った。

 どっちが前におるかなんてわからへん。ただ、うちはうちらしく最後まで全力で飛びこむだけや!


 そこから、ラスト5メートルまでの数秒間の記憶がない。とにかく、短い腕を回して距離を稼ぐことしか考えてへんわけやし。

 やけど、ラスト5メートルを意味するラインが見えてから、最後に1回、右を向いてブレスした後、無我夢中に腕を回し、タッチ板を叩く。

 泳ぎ切ったと同時に、後ろを振り返ることもなく、たっぷりと息を吸い込み、バックのスタートバーを持ちながら水中に潜る。

 予選の時と同じことをやっているだけ。

 我慢できたのはたぶん15秒くらい。

 息が我慢できなくなって、ガバッと顔を陸上の持って来て、呼吸をしていると、誰かがなんかの新記録を出したって聞こえた気がした。


「さすがね。決勝でも大会記録を更新しちゃうなんて。本番に強いっていいことね」


 いつの間にかうちと宮武さんを隔てるレーンロープに宮武さんがぶら下がっていて、うちに声をかけてきていた。

 ただ、宮武選手の言っていることは、酸欠状態のうちの頭では理解できんくて「はへ?」と間抜けな声が出てしまった。


「大会新記録を更新したのに、まさかの興味なし?こんな人、初めて見たわ」


 どうやら、宮武選手の口調からして、うちが予選に続いて大会記録を更新したらしい。

 インターハイに来れたことでタイムや順位に全く興味がなくなったうちからしたら、まさか~。なんて思っとったけど、でも、役員の人が、うちをインタビュースペースに案内しようとしている姿を見て、ほんまにうちが優勝してもうたんやって思ってしまう。


「ほんまに、うちが優勝したんや……」


 そう思うと、身体の力が抜けて自分が泳いだレーンから上がれなくなっていた。


「自覚なしなのね。本当にレースを楽しんでいただけなのね。恐れ入ったわ。あの人が言っていたこともわかった気がする。ありがとうね」


 どういう意味か分からんかったけど、宮武選手はそれだけ言うと、すいーっと0レーンの方に潜っていった。


「インタビューあるけど、ここから上げれるかい?」


 いつまでたっても上がってこないうちを見て、役員の人が声をかけてきてくれた。

 うちも慌てて勢いをつけてプールサイドに上がろうとする。


「よっと!」


 なんとか、プルプルする腕の力だけで、上半身は上がった。ただ、腕がプルプルしているせいで、肘がカクンと折れてたらプールの中に墜ちるやろうな。それに、タッチ板に高さがあるせいで足が上がらない。

 ……あかん。とりあえず、どっかに足場があるんやったらいけるけど……。あっ、レーンロープあるわ。ほんまはあかんけど、ちょっとくらいやったらええやろ。

 そう思って右足をレーンロープに乗せ、左足で地面を捉える。……よし。何とか登れた。


「お待たせ、しました」


 あかん、息が絶え絶えになってる。こんなん、インタビュー受け取ったら絶対にへんになるって。……受けなあかんよな?

 とりあえず、酸素ボンベほしい。こんな過呼吸に近い状態でインタビューなんか受けられへん。それだけ思い、無理やり役員の人の制止を振り切り、自分の荷物の中から携帯型の酸素ボンベを取って、過呼吸を抑えようとしながら、口に当てながらインタビュースペースに戻る。

 インタビュースペースに着くと、インタビュアの人はうちの持ってるもんを見て、少し不思議そうな顔をしているけど、まぁそうなるやろうな。と思いつつ、酸素ボンベを当て続けた状態で呼吸を落ち着けようとする。

 その姿を見て「大丈夫ですか?」と聞いてくるインタビュアの人に「大丈夫、です」と返すうち。もちろん、大丈夫なわけない。

 それでも、大丈夫と答えた手前、インタビューを始めようとする。


「放送席、放送席、そして、場内で観戦されていますみなさん、女子50メートル自由形、予選2組から下剋上を起こし、見事に大会新記録を更新して優勝、大神遊菜選手にお越しいただいています!おめでとうございます」

「ありがと、ござす」


 酸欠で過呼吸に近い状態になってて、息も絶え絶えになっているせいか、ちゃんと話されへん。

 うちが話すときだけ、酸素マスクを外して答え、それ以外はずっとつけっぱなし。それでも落ち着けへんねんから、興奮がとんでもないことになってるってこと。


「予選2組からの下克上、優勝候補に挙げられていた選手を差し置いてインターハイ制覇。今、どういうお気持ちですか?」

「正直、夢、ちゃうん、かなって、まだ、思ってます。それに、こんな、大舞台、経験、したのは、初めてなんで、どない、したら、ええんか、わかってない、状態です」

「こちらから見る限り、途中まで誰が優勝してもおかしくないレース展開に見えました。ご自身でレース、どう振り返りましょう?」


 そんなん言われてもな。ようわかってないのが現実やねんから、そんなこと聞かんといてって思う。


「正直、楽しんで、泳ぐこと、だけ、考え、とったんで、順位や、タイムは、興味は、ありません。やから、楽しめて、泳げた。それだけで、十分です」


 突拍子もない答えが返ってきて少し困惑しているインタビュア。でも、これがうちの本音やねんからしゃあないやん。


「それでは、最後に今後の目標について教えてください」


 また難しい質問やな。目標って言われても、楽しんで泳ぐだけやし、タイムや順位に興味のないうちの目標と言えば、投げずに楽しんで泳ぐこと。それしか言われへんよね。


「とりあえず、変に目標を立てると、自分が崩れること、わかってるんで、あえて言うなら、目標は立てず、自分が楽しめる、泳ぎができれば、それでいいです」


 また斜め上の回答をされたことで困惑しているインタビュア。やけど、これもうちの本音やから許してほしい。


「それでは、見事予選2組からの下克上、女子50メートル自由形優勝の大神遊菜選手でした!」


 ようやく解放されるか。そう思い、インタビュアの人にマイクを通さず「ありがとうございました、お疲れさまでした」と言われ、オウム返しのようにうちも返し、酸素ボンベを口に当てなおし、しばらくの間、じっとして呼吸を落ち着かせる。

 ついでに言うと、直ちゃんのレースが見たいからって言うのはあるんやけど。

 とりあえず、うちはなんだかんだで優勝したで。約束したんやから、おもろい夢見せてや、直ちゃん。


 どうやら遊菜は自覚してないみたいでした。

 やはり、楽しめればいい。その考えだけだったようです。


 おめでとう、遊菜

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