Episode 95 Yuna side 楽しむだけ
「まっ、こうなっても俺らのコンセプトは変わらんわけやし、いつも通り楽しむだけやし、いつも通り楽しむだけや。お前は宮武さんからの圧にビビんなよ」
「できるだけ受け流すつもりで行くし。まぁ、大丈夫ちゃう?知らんけど」
「なんか、こうもお前がこの調子やったら、安心するわ。いつも通りかって思って」
なんかちょっとバカにされた気もするけど、まぁええわ。うちはうちらしく行くだけやし。
「それでは、女子50メートル自由形決勝の招集を行います」
少しばかり話をしていると、気付けば召集の時間になっていたみたい。
「ほんなら行ってくるわ。せっかくやから、アベック行けたら最高やな」
「またお前は野望を抱いてからに。まぁ、それはそれでおもろそうやから、目指してみるか。一発ぶちかましてこいや」
直ちゃんはそう言うと、拳をこっちに向けてきた。
その拳を軽く当て返すと、うちは、自分の荷物をもって招集を受けに行く。
予選の時と同じように招集を受けた後は、先にメッシュキャップをかぶってから、ゴーグルをして、周りの視界を見えにくくする。
そして、イヤホンを耳に入れ、音楽プレーヤーで好きな音楽を回していく。
できるだけ現実世界との交わりを経つように、自分の世界に集中させる。
まぁ、周りのひそひそ声を聴きたくないって言うのはあるんだけどね。どうしてもうちが気にしてまうから。
流す曲に関しては、少しテンションを自分の中で上げたくて、アイドルの曲を流している。とは言うても、地下で活動するようなアイドルのライブ音源やけどね。
こうしてるほうがうちらしくおれるし、周りの空気に触発されずに済むし。
予選の時は、激しめのクラシックを聴いて静かに闘志を燃やしていた。
いかんせん、うちのレース前は、音楽を聴いて集中力を高めている。
たぶん、15分くらい経ったやろうか。
周りが徐々に騒がしくなるのを感じて、一度ゴーグルをはずし、周りを状況を確認する。
……あと5分くらいか。そう思うと、イヤホンをはずし、シリコンのスイムキャップをかぶり、気持ちを一気に戦闘モードに切り替える。
今までは黒のスイムキャップに水色のゴーグルやったけど、それを黒のミラーゴーグルに変えてから、なぜか、自分が格好良く見えた。最初からこうすれば、よかったなって思いながらも、黒で統一した自分の姿を窓ガラスに映してみていた。
「それでは、女子50メートル自由形決勝に出場する選手は準備してください」
さて。いよいよやな。
招集係の人の話しやと、予選のタイムが遅い順で一人ひとり紹介してから入場するようで、うちは最後に呼ばれるみたい。
ちょっとそれはそれで緊張するやろうけど、予選トップなんやからしゃあない。ある程度割り切れた。
メインプールへのトビラは開けられていて、観客席からの声が凄い響いてくる。
もちろん、出場する選手への声援が大多数。なかには、チームを鼓舞する様にチーム応援をしているところもある。
これだけ騒がしいと、変に声が入ってけぇへんから、うちとしてはありがたいな。
『第5レーン、宮武さん、八王子大学付属三郷高校』
宮武選手がコールされると、場内は大盛り上がり。
まぁ、そりゃそうだよ。日本代表で、高校生スイマーの中だと、一番有名なんだから。
『第4レーン、大神さん、扇原商業』
各校の選手へ応援する声が場内に響き渡る中、それを全部うちへの応援と捉えて堂々と入場。
こん中に咲ちゃんの声もあるんやろうな。なんて考えながら、自分で泳ぐレーンに到達。
さっと服を脱いで、レーシングウェア姿になった後、軽くジャンプして、身体のバランスをリセット。
そして、威嚇するわけやないけど、両腕を横に大きく広げた後、プールに向かって「シャア!」と一つ吠える。
もちろん、ざわつく場内でうちの声は響かへん。やけど、やっとかな、気持ち悪いんよな。
気合を入れるためでもあるし、弱いところを見せたくないって言うのと、不安を吹き飛ばしたいって言うのと。
うちかて、いつでも楽しくレースをしてるわけとちゃう。不安や怖いことはようさんあるし、スプリントレースなんか、一瞬で決着がつくのに、弱いところなんか見せられへん。そんなことを思って、たぶん、中1の時からレース前に吠え続けてる気がする。
そして、ちょうど吠えたときに場内のBGMが消えて、ゆっくりと、かつ、予選のときより、鋭く笛が鳴りだす。
まるで、場内を沈めるためと、うちら選手に緊張を与えるかのように。
「シャア!」
2回目の笛が鳴った後、また叫んでしまった。たぶん、緊張感を抱きたくなかったからやと思う。
そして、ゆっくりとスタート台に向かい、長い笛が鳴ったのを確認して、ゆっくりとスタート台に乗る。
もう1回くらい吠えたいけど、もうスタートの構えを取ってる。もう無理や。覚悟決めて行ったれ!




