Episode 90 Carin side 困惑
「はい。決勝ではそのつもりです。誰が来ようと負けるつもりはありません。……はい。ありがとうございました」
インタビュースペースを抜けて、更衣室を抜けてサブプールで軽く泳いで乳酸を流すことにする。
調子は悪くなかった。まぁ、まさか、2組で大会新記録を更新してくると思っていなかったから、そこに関しては、私の油断かしら。
『2 宮武花梨 八大三郷 5 25.89』
上位20位までのランキングがスクロールされたときの映像がまだ脳裏によぎる。
とりあえず、熾烈すぎる半フリの予選を2位で決勝へコマを進めたことに一安心って言ったところかしら。
あの大会新記録はたまたまだと思っているから、このあとの決勝では、私が優勝させてもらう。
「お疲れ。また意外なところから刺客が来たね」
声をかけてきたのは、私と同じ高校に通っていて、水泳部のマネージャーでもある石岡真理奈。私の同い年だ。
「ほんとに。招集所がざわついたんだもん。なんとか集中力は切れずに泳ぐことはできたけど、もう少しで頭の中で彼女このことでいっぱいになりそうだった」
「無理はないと思うよ。吉田監督も、『あんな泳ぎで大会新記録か、ありえない』ってつぶやいてたくらいだし。たぶん、どこのチームも驚いているんじゃないかな」
「あんな泳ぎって言うのは?」
「今主流のパワーに頼る泳ぎ方というよりは、ただただきれいに抵抗少なく泳いでるって感じに見えた。水中から見えていないから、なんともいえないけど、I字ストロークが綺麗なのと、華奢な身体つきに見えたから、抵抗が少ないのと、たぶん、キックが推進力の邪魔をしてない。ってところじゃない?」
「たった50メートルだけなのに、よくそれだけ見つけられるね」
「比較的近くから見ていたらこんなもんよ。まぁ、彼女が半フリで身体ひとつ抜け出していたから、注目していただけの話だけどね」
私は真理奈の観察眼に驚かされる。
確かに、真理奈はいろんなところを見ている。私でさえも気づかないところをたまに指摘してきて、あぁ、そうなんだ。って思うこともあるし。
あから、学校で練習しているときは、真理奈に専属で見てもらっていたり。
「たぶん、ほかにも秘密はあると思うんだけどね。あの子の泳ぎ、いろいろ解明したいと思ってるくらい」
真理奈は、よく言えば、競泳のことをよく知っている。ただ、それがたまに目に見える形で暴走するときがある。その時は少し怖く感じるよね。
「あとさ、ちょっと調べていたんだけど、花梨がさらにビビるようなことがわかっちゃってさ。知りたい?」
そう言いながらニヤニヤする真理奈。こういうときって、本当に驚かせてくるんだから、私もそう言うときは覚悟を決めないといけない。
でも、少し気になるって言うのはある。……聞いてみるか。
「そのビビるようなことって?」
「彼女、地方大会の近畿大会で決勝7位の7秒42で突破してる。予選も7秒3しか出てない」
そこから、2秒近く伸ばしてきたってこと?
でも、そんなところから2秒近く伸ばしてくるってことは、パーソナルベストもそれに近い記録で、地域大会は怪我をしていたとか?」
頭の中が、いろんなことで渦巻いて混乱してくる。
「それも、パーソナルベストは近畿大会の予選で出した7秒3みたい」
私の考えは一気に崩れ去り、真理奈が言ったことをうのみにするべきなのか、ほかに何か可能性を考えるべきなのか?といろいろ思い浮かんでくる。
「ドーピング?でも、そんなことしてたら、一発でわかるだろうし、ホントに成長しただけ?」
「なんていうか、驚異的な存在だよね。これが4組とか5組で出てきたらまだわかるんだけどね」
もうダメだ。ここでいろいろ考えるのはやめておこう。頭がパンクする。
「真理奈、ゼリーちょうだい」
「こんにゃく?ドリンク?」
真理奈に餌付けしてもらっている状態に近い私。パウチドリンクとこんにゃくゼリーの両方を持っていることを知っていて、そのどちらかを選ばせてくれるようだ。
「……こんにゃく」
「おぉ、珍しい。明日は雪かな?」
「そんなこと言ってると、お昼ご飯奢ってあげないよ」
「あ~、ごめんって~。ラーメン定食でいいから奢って~」
いつも頑張ってくれている真理奈にそんなことをするわけがない。ちゃんとお弁当を買ってあげるつもりだ。……夜のラーメン定食は考えるけど。
そんなことを思いながら、真理奈からもらったこんにゃくゼリーを口の中に放り込む。
なんだろう、このモヤモヤ感。
彼女が驚異的な存在になりそうで、私の立場を脅かす存在になる気買いしているのに、仲良くなれたら面白そうと思っている私もいる。
「とりあえず、お昼行こっか。お弁当くらいなら出してあげるよ」
「あざーす!ゴチになります」
調子のいい真理奈を置いていこうかとも考えたけど、準備をする彼女を見て、少しだけ待ってあげる。
そして、彼女が準備できたと同時に近くのコンビニへ行き、お弁当とパウチドリンクをかって、開場で食べることにする。
唐突に刺客が出てきたことに困惑する宮武花梨。
今まで敵なしだったからこそ、自分より速いタイムで泳ぐ選手がでてきたことに戸惑いながらも、それでも冷静を装う花梨。
心が揺れ動く中、いろいろ真理奈から聞き、さらに困惑する様子を浮かべてしまいますが、このあとの決勝。どうなりますでしょうか。




