Episode 87 Naoya side 今度は俺か
あいつ、エグすぎるやろ。いや、エグいことは今、目の前で2つおきとって、まず1個が、国際大会の日本代表にも選ばれてる宮武花梨選手が、俺の2つ前の組にいて、異様な雰囲気を放っていた。
マジかよ。と思ったのも事実で、この人のスケジュールは聞いたことがあって、それを思い出していると、インターハイ直後にアジア大会かパンパシフィック大会が控えてたはず。どっちか忘れたけど。しかも、それも、インターハイの翌日からやなかったかな。
そんなにスケジュールを詰めてええんかいな。なんて思いつつも、本人が行ける言うんやったら、たぶん、行くしかないんやろうな。
ほんで、もう1個は、あのおてんば娘や。
あんだけ緊張して、ガッチガチになっとった癖に、いざふたを開けてみたら、大会記録を100分の1秒だけ更新する25秒36というバケモンみたいなタイムで現時点で堂々のトップに立ってやがる。
何て言うか、怖いの一言や。
それに、まだ女子の半フリに出る選手が招集場所におるわけやけど、ちょっとざわつきが残っている。
とりあえず、あいつにバカにされるんだけは癪や。俺も集中してレースに挑むとすっか。
そんなことを思いつつ、周りの野郎どもが自分のぺちぺちと叩く音に多少うんざりしながら、視線をプールから招集場所に移す。
暑苦しい野郎どもが身体を叩く音は、もちろん意味がある。俺もたまにやることはある。
それは、身体が攣らないようにするためっていうのもあるけど、人によっては、周りに威嚇しているという意味合いを重ねてやっている奴も中にいる。
そういうやつに限って、なんだかんだ速いやつが多いから気に食わねぇんだよな。
まぁ、それはどうだっていい。俺は俺のレースをするだけや。
気付けば、女子の半フリに出る選手は全員メインプールに行ったみたいで、招集場所にいるのは、男子の半フリ、そのあとのレースに出るやつらだけ。
「男子50メートル自由形の1組に出る選手は移動してください」
俺が出るレースの1つ前が出て行った。これで次は、俺がメインプールに出て行く順番になる。
まぁ、ガタガタ考えてるのも時間の無駄やし、レースに集中するか。
そこからわずか数分。招集係の役員にこのあとの2組のレースに出る選手が呼ばれ、俺を含めた8人はメインプールに。
メインプールでは、レース真っ最中で、時短のために前の組がラスト100メートルを切ったら、次の組で泳ぐ選手が準備をする仕組みになっている。
自分が泳ぐレーンの前に来ると、さっと準備して近くに会った椅子にドカッと座り、目を閉じて、レースプランを思い返す。
とはいうものの、頭から突っ込むだけ。注意するのは、入水してからと浮き上がりだけ。そこさえどうにかなれば、気にすることはないやろう。
レースのおさらいは、観客席に戻った後、美咲から聞くことにしてもええやろう。
『同じく2組の競技を行います』
騒がしい場内に響く通告。それでも全く静かにならず、むしろ、応援する声はやかましく、余計に響く。
これがインターハイか。なんて思いながら、騒がしい雰囲気を楽しむ。……本音はそんな余裕すらんねぇけどな。
そして、その騒がしい声を静めるかのように、鋭く短い笛が4回。
それでも、まったく椅子から立ち上がらず、めをカッと見開くだけ。
そして、声援の声が静まるのを待っているんだろうが、まったく静まらないことにいら立ちを見せるかのように、今までの音より大きい笛の音が長く鳴り響く。
その長い笛が鳴ったタイミングで立ち上がり、すたすたと歩き、スタート台に登る。
長い笛が鳴った後に、身体を叩いたり、自分の気持ちを上げるかのように手を叩く選手もおるけど、俺は、すぐさま右手と右足をスタート台の前淵にかけ、左足は羽根に乗せ、左手は、左の太ももに軽く置く。
これが俺のスタートの前の構えで、この構えをとった後、大きく息を吐く。
美咲からは相撲取りか。なんて言われるこの構え。
やけど、この構えの方がリラックスできて、レースにも挑みやすい。
このあとの出発合図員の言葉で左の太ももに軽く置いていた左手を、スタート台の前淵にかけて、合図が鳴るのを待つ。
そして、出発合図員の声が聞こえ、手をかけた後、聞きなれた電子音が鳴り、その瞬間、できるだけ反応よく飛び出す。
これも昔からずっと練習していたことだ。
スプリントレースは、リアクションタイムで涙をのんだりすることもあるからな。
思い切り飛びだし、入水すると、ストリームラインを取って、体のバランスを落ち着かせるために、一瞬だけ待った後、豪快にドルフィンキックを打ち込み、浮き上がりに集中する。
中学の時は、スタートから力が入りすぎて、浮き上がりに失敗することがあった。中学との時の顧問にも口酸っぱく言われたことだ。
まぁ、さすがに高校に上がってからは、美咲のおかげでそんなことはなくなったけど、やっぱり、少し気にしてまうところはある。
そんな少し課題とも思っている浮き上がりの後、思い切り、掻きだしてみると、思いのほか違和感もなく、力強いストロークの後のリカバリーも水圧を感じない。完璧な出だし。
こうなれば、あとは怖いもなしで突っ込み、気付けばラスト15メートル。それでも変わらず、最後の最後まで全力を出し切る。
一瞬でも気を抜けば、スプリントレースはひっくり返したり、ひっくり返されたりするし。
それでも、なんだかんだあっという間だった50メートル。タッチ板にタッチした後、サッと後ろを振り返る。
後ろにある電光掲示板は、すでに全員泳ぎっているみたいで、全員のタイムが表示されていた。
えっと、俺のタイムは……23秒46か。一応自己ベストやし、なんとか、大神にも美咲にも申し訳ない顔せんで済むわ。
しれっと自己ベストを更新する直哉。こういうやつほど強くなるのでしょうか?
ただ、直哉は勘違いをしています。それはどこでしょうか?




