Episode 85 Yuna side 招集所にて
咲ちゃんから教えてもらったけど、招集は、20分前から始まるらしい。
もちろん、咲ちゃんから、遅れんように。とは言われてるものの、40分も前にアップを終わらせてくれたら、さすがに招集には遅れへん。
それに、口酸っぱく言われとったけど、ADカードを使って招集するらしく、絶対に無くさんことと、絶対に忘れんことを言われてる。
さすがに、こんなところで努力を水の泡にしたくないから、直ちゃんと考えて、ADカードは、ひも付きのパスケースに入れて、スイム用品を入れたポーチに括り付け、カードをポーチの中にしまうことで、なくすことを防止しようと2人で決めた。
そして、招集のとき、うちも、ポーチからADカードを取りだし、招集係の役員にカードを見せ、それと一緒にレーシングウェアについているFINAマークを見せ、公認のレーシングウェアだよ~。と見せる。
これがないと、せっかくレースを泳いでも、公認記録としては見とめてくれない。
たしか、数年前に特殊素材で作られた高速水着って言うのが出てきて、一時期、それを着用した選手たちが当時の世界記録を連発するってことが起き、それは、選手の力じゃなくて、水着の力だ!ということで、FINA(世界水泳連盟)が大きく規制をかけた。
っていうのは聞いたことがある。といっても、そのとき、うちはまだ小学生やったわけやしね。詳しいことは知らんけど。
詳しい話は、物知りな咲ちゃんなり、水泳ヲタクの成海先輩にでも聞いてな。
とりあえずうちは、招集が始まったことで、レースまで20分とプラスアルファということを頭に入れる。
まぁ、そのプラスアルファもあってないようなもんやけど。
そこからのうちは、レースに集中するために、イヤホンをして音楽をプレーヤーで音楽を流してから、メッシュタイプのスイムキャップをかぶる。
シリコンタイプのスイムキャップは、頭が痛くなるから、あとで被ることにして、その場で軽くジャンプ。
その後大きく息を吐いてから、窓の外を見る。
招集場所の付近は、至る場所から殺気が感じられ、うちにとってはかなり苦痛な場所。
そんなうちでも、話しかかけてくるなオーラを出すことができたとしても、殺気を放つことはできひん。
ちっちゃいリスみたいなうちが、殺気を放ったとしても、ただただ強がってるだけにしか見えへんもんな。やから、うちは、周りの殺気を感じひんようにして、なんとかやり過ごそうとする。
そんなことをしているうちに、レース開始まで5分になったようで、競技役員が入場しているところが見えた。
もういよいよか。そう思うのはたやすいこと。
そう思ったと同時に、音楽プレーヤーの電源を落とし、耳からイヤホンを外す。
少し早いようにも感じたけど、心臓がバクバク音を立てて、やることやることのタイミングがすべて速くなる。
……久々やな。こんな感覚に陥んのは。
正直、雰囲気に飲み込まれそう。やけど、なんやろ。昔みたいに、緊張してるだけやなくて、その感覚を楽しめてるうちもおる。
なんでかはわからんけど、上がってるだけやないみたい。それだけは安心してもええかもな。
変に冷静なんは、自分でもちょっと怖いところやけど。
「それでは1組の選手は移動してください」
招集係の人が大きな声で呼びかけると、1組のレースに出ると思う選手6人がメインプールに吸い込まれていった。
「いよいよやな。楽しんで来いよ」
そんな声が聞こえたと思えば、右斜め後ろに直ちゃんが立っていた。
「昔とちゃうから楽しめるんちゃうかな。今、めっちゃ上がってるけど、それすら楽しめてるうちがおるのも事実やし。ただ、アホみたいに心臓は跳ねてるわ」
「正直言うと、俺もや。まさか、ほんまに3カ月でインターハイに来れると思ってへんかったからな。美咲に感謝しつつ、ここで力を見せつけたいな」
「せやね。とりあえず、何回も言うようやけど、自己ベスト出せたら最高やな」
「それでは2組の選手は移動してください」
直ちゃんと話しているうちに、時間が来たみたいやね。
「ほんなら、行ってくるわ。楽しんでこな」
そう言って拳を突き出すと、直ちゃんは軽く拳を当て返してきた。




