Episode 84 Yuna side 思った以上に緊張してるな
ふぅ。なんていうか、初めてここまで来れた。
全国の舞台で活躍するって言う夢があっという間に叶ったって感覚が強い中、こんなあっけなく来てよかったんか?っていう不安もある。
でも、それは、なんだかんだ続けることになった競泳で、ええライバルが見つかって、切磋琢磨できたからやと思ってる。
でも、なんとか咲ちゃんに悟れないように明るく振舞ってきたし、アップをしているときは、ものすごく楽しかったんだけど、アップを終わらせた後、レーシングウェアに着替えているとき、だんだんと不安の方が大きくなってくる。
もちろん、初めての全国大会っていうこともあるし、周りの選手の体形がよすぎることもあって、うちがものすごく小さく感じてまう。
たぶん、周りの身長は165を超える選手が多く見える中、160に満たへんうちは、緊張と不安が重なり合って、うちがより小さく感じてまう。
運よくここまで来れたけど、やっぱ、ここまでなんかな。でも、全力を出し切れへんまま終わって後悔なんかしたくない。なんとかして、自己ベスト更新して終わりたい。
まぁ、うちのタイムは咲ちゃんに聞くまではわからんと思う。
今日のレースに集中したいからってことで、今まで使っていた度入りのゴーグルから、度なしのミラーゴーグルに買い替えた。
さすがに、いきなり度なしゴーグルを本番で使うのは怖さがあって、アップの時に試してみた。
それでも、普段から練習でフォームチェックやバランスの確認をしたメニューが多かったおかげか、左右にぶれて、泳いでいるほかの選手とぶつかることって言うのがなかった。それだけは助かったかな。
ふぅ。とりあえず、レースに集中していくか。
「……み、……がみ、おい、大神」
ハッとして、声がしたほうを見ると、いつの間にか、直ちゃんが横にいた。
「ど、どないしたん?」
「いや、なんかすごい顔してるからさ、緊張しとんのかなって思ってさ」
「まぁね。こう見えても、人生で初めての全国やし、四方八方見ても、ガタイのええ選手ばっかりでさ、ほんまに通用するんかなって。朝に咲ちゃんとおるときは、なんか心強かったし、直ちゃんと一緒にアップしてるときも不安は感じひんかったんやけど、なんていうか、1人になった瞬間、うち、ほんまに大丈夫なんかな。って思ってしもうてさ。やけど、レース前やから集中せなあかんって思って……。なんか、周りのことを気にしすぎなんかな」
自分がこういうのに陥りやすいって言うのはわかってる。
誰にも言うたことなかったけど、2年ときの全中も、3年のときの近畿に進まれへんかった理由も、うちが変に周りを気にしすぎてレースに集中できひんかったからって言うのがあると思ってる。
2年の時は、周りの選手が今日みたいにでかくて、小さいうちが通用するんかって弱気になったこと、3年の時は、最後のチャンスやからと、強く思いすぎたことでレースに集中できひんかったから。
それに3年のときは、強く思いすぎたせいで、事件も起こしてもうたしな。
そして今回。2年の時の感覚が強い。でも、あのときとちゃうのは、直ちゃんが近くにおること。
中学の時は、近畿に進んだのがうちしかおれへんかったから、誰も手を差し出してくれるわけがなかった。
さすがに顧問の先生は付き添いでついてきてくれとったけど、それは、あくまでも観客席までの話で、招集からレースが終わるまでは、ずっと1人やった。
そんな中でネガティブな感情になってもうたら、誰も助けてくれるわけないもん。それが今回は、直ちゃんという心の支えがレース直前まで比較的近くにいてくれてる。それだけでだいぶ変わるやろうな。
それに気づいたのは、たった今やけど。
「なんか、俺が話しかけたら、ある程度落ち着いたみたいやな」
「中学のときとは環境がちゃうしな。直ちゃんも近くにおるってわかったら、なんとなく落ち着くわ。ほんまは、こんなことしてる前にメンタルを鍛えなあかんねんやろうけど」
「まぁ、自分で原因がわかってるんやったらええやないか。まぁ、自己ベスト出して、後悔せんようにお互い頑張ろうや」
直ちゃんは、それだけ言うと、うちの後ろ……招集待ちの集団に紛れ込んだ。
いつもやったら、ガチガチに緊張して、周りをずっとキョロキョロしとったところ。やけど、直ちゃんが声をかけてきてくれたおかげで、変に緊張で上がることはなさそう。
正直なことを言うたら、レース直前まで、直ちゃんには隣におって、落ち着かせてほしいくらいやねんけど、さすがに、直ちゃんも準備があるやろうから、そんなわがままは言うてられへん。
ここからはうちが1人でどないかせなあかん。とりあえず、目標は、直ちゃんも言うたけど、初めてのインターハイで自己ベストを更新して、後悔なく終わること。それができたら、うちの中では、上出来かなって。
「それでは、女子50メートル自由形出場選手の招集を行います……」




