Episode 83 ようやくレースが始まる
そこから直哉たちのアップは順調に進んでいるようで、見ていても、違和感がなく、私からの指示を順調にこなしていって、競技が始まる40分前には一度上がらせて、休息をとらせる。
今までの大会でそんなことは一切しなかったけど、今日に関しては、今日の競技のトップバッターだから。
それでも、朝早くから出てきていることもあるし、レース自体が10時からということもあり、アップをする時間には十分とれている。
あとは、個の休息時間のあと、どんなパフォーマンスを見せてくれるかってところだろうな。
とりあえず、遊菜は2組での登場だ。
6組あるうちでのこの組で泳ぐことになる。私の中では、自己ベストが出たらラッキーってところだろうか。
『選手、コーチ、マネージャーにお知らせいたします。メインプールでの公式ウォーミングアップはただいまの時間を持ちまして終了いたします。アップを行っている選手、コーチ、マネージャーは速やかに退水してください。繰り返します。メインプールでの公式ウォーミングアップはただいまの時間を持ちまして終了いたします。アップを行っている選手、コーチ、マネージャーは速やかに退水してください』
初めて聞くよう場内通告に、私の緊張が上がってしまう。それは仕方のないことだと思ってほしい。
こんな場所でレースを観戦することもなければ、普段から気にしたことなんてなかったし、それでも、たまたま耳に入る声は、こんなに冷たいんだって思ってしまった。
「よいしょ。ようやく登れた。相変わらず遠いところで取るんやな。近畿のときもそうやったか?」
そんなことを言いながら階段を上ってきたのは、長浦先生。50段ほどの階段を上ってきただけで息切れをしている。
その姿を見て、ちょっと申し訳ないことをしたかな。なんて思いながらも、いつも見ている場所がここだし、ここからじゃないとな。なんて思いつつ、直哉の荷物を退けて、長浦先生の座る場所を用意し、私も席を一つ隣に移動したうえで、私と長浦先生の間の席に、直哉と遊菜の荷物を置く。
「近畿のときも一番高い場所から見てますね。強豪校との席取り合戦を避けたこともありますけど、ここからがレース展開や選手のフォームが一番見やすいんで」
「そうか。まぁ、俺は名ばかりの顧問教師で、ほかのことはほとんど生徒に任せてるわけやしな」
そんなことはない。長浦先生がいるから、私たちが活動できるわけであって、生徒のやりたいことをやりたいようにやらせてくれる長浦先生って、私たちからすればありがたい存在だ。
『ただいまより、競技役員が入場します。拍手を持ってお迎えください』
予選のレースが始まる5分くらい前に、多くの役員の人たちが入場してきて、場内が拍手で包まれる中、それぞれが持ち場に着いた。
「なんか、こうやって見てると、ほんまにえらい場所に来てもうたって思うよな。まさか、原田と大神がこんなところに来るなんてな。ここまで一気にジャンプアップするとは思えへんかったわけやし、なんか、感無量やな」
長浦先生が場内を見渡しながらボソッとつぶやく。
ただ、私もそれは思う。何を隠そう、直哉たちがここまでやると思ってなかったわけだからね。
しいていうなら、進んで近畿大会の予選、悪くて、府大会って思っていたんだから。
さらに私を驚かせるのは、2人の成長速度よ。元から速い2人だったけど、ギリギリながらもインターハイの記録をクリアするまでに成長した。
まさか、ここまで行くとは思っていたなかったし、インターハイの記録を超えてくるとは思っていなかったし、それがたった3カ月のうちに達成してしまうんだから、私をはじめ、みんなを驚かせたよね。
『プログラムナンバー21番、女子50メートル自由形、予選1組の競技を行います』
インターハイは、10レーンあるうちの内側8レーンのみを使って、最大1組8人でレースが進む。
そして、レーン順の組まれ方はどうも、地方大会で計測したタイムの遅い順になっているみたい。
それなら、制限ギリギリでインターハイ行きを決めていたわけだから、まぁ、前の方の組で出てくるよな。って感じ。
『同じく、予選2組の競技を行います』
半フリのレースは本当にあっという間。ものの30秒でレースの決着がつくわけだから、選手たちの集中力は相当なものよね。
負けないでよね、遊菜。




