Episode 82 さて。いよいよ
結局、昨日は思った通り、昼を超えて夕方……というか、サブプールが使えるギリギリの時間まで泳ぎ、2人は満足そうな顔を見せた。
それに、私が会場のことを調べていなかったから知らなかったんだけど、サブプールも50メートルあって、私を驚かせた。
それとは対極で、直哉と遊菜は、サブプールが50メートルのロングプールだということに、ラッキーというような表情をしていた。
まぁ、変に感覚を狂わされないで済むからいいんだけど……。
そして、一晩たち、いよいよ2人にとって初めてのインターハイ。
どこまで通用するのかわからないけど、行けるところまで行ってほしいなって言うのが私の思い。
昨日と同じように、同じ時間で電車に乗り、昨日と同じ時間に会場へ到着。昨日と同じ集結具合で、私の緊張が少しずつ高まっていく。
そして、直哉も少し緊張しているようで、昨日と同じように「ふぅー」と息を吐いていたし、遊菜は遊菜で、いつも以上に目がキラキラしている。
何て言うか、昨日もそうだったけど、遊菜を見るだけで、気持ちがすぅーっと落ち着く。
「やっとやで。ずっと夢見とった舞台。ここまで来たらてっぺん立ちたいな。誰がおるんか知らんけど、うちはうちらしく突っ込む」
なんていうか、全部が全部遊菜らしくて、私と直哉は、落ち着きを取り戻す。
「福森がおらんくて助かったな。福森もおったらとんでもないことになっとったんちゃう?」
直哉にそう言われ、確かに。と思ってしまった私。
愛那もいちゃ、騒がしくなりすぎて、とんでもないことになっていた気がする。
「せやね。でも、遊菜は遊菜で愛那がおったら、そのぶん、精神安定剤になるんちゃう?」
「いつも2人でつるんでるからな。多少はそんな効果もありそうやけど、まぁ、今からレースなわけやしな。集中したいってところはあるやろうな」
気持ちはわからなくもないかな。2人で話が盛り上がり、気付けば時間。なんてこともあるだろうし。
「まぁ、そもそもの規定でマネージャーやコーチが入れる人数も決められてるからな。扇商は、コーチがおれへんからうちが来れてるけど」
たぶん、この制度がなかったとしても、愛那はお留守番係になっていただろうな。とは思いつつ、もし、マネージャー陣からもうひとり来るとするなら、そこは沙雪先輩が「いっといで」って愛那の背中を押すんだろうな。なんて思っていると、時間になったようで、会場のドアがひとつひとつ開けられる。
「今日は一番上か?」
「せやね。レースやし、あんたらの場所も確保せなあかんし。うちも、席はほしいし」
「せやろうな。たちっぱでレース観戦とか、キツイだけやろ?なんとかして3席は死守やな」
直哉は談笑しながら会場入り。そして、先に座席を確保するために観客席に向かい、最上段の通路側から3席を確保。
両端に直哉と遊菜の大きな荷物を置いて、その真ん中に私が座り、直哉と遊菜はそれぞれ、自分の荷物からウェアやタオルなど一式を小さいポーチに入れると、階段を下りて行った。
そして、ぽつんと残された私だけど、近畿大会と同じ状況で、なんとなく笑えてしまった。
だけど、そんなことを思っているわけも行かず、昨日に長浦先生からもらったプログラムを見ながら、持ってきたスプリットブックに直哉と遊菜のレーン順を書き込む。
あえて、泳ぐレーンに関しては、昨日の夕方に泳ぎ終わった後に伝えていて、直哉は2組7レーン、遊菜が2組8レーンで泳ぐことになっている。
さすがに、この組からの下克上は無理だろうな。思いつつも、もし、下剋上できたら、すごく盛り上がるんだろうな。なんて思いつつ、場内を見渡す。
もちろん、一度は聞いたことがある強豪校のジャージやクラブシャツが見えたり、部旗を前面の手すりにかけたり。
扇商は部旗を作る前に、私たちが先に引退を迎えるだろうな。とか思いつつ、圧倒される雰囲気をスマホで写真に収める。
今までのどの大会より、どこを見ても、周りからの圧力が違う。私みたいな小物がいると、なんだか、私が場違いなように感じる。
だけど、そんな雰囲気を振り払って、堂々としてないと、私が飲み込まれるな。
とりあえず、そろそろ直哉たちがメインプールに入ってくるはず。
そんなことを思っていると、ピンク色のスイムキャップと水色のスイムウェアを着た直哉と遊菜と思う人が姿を見せた。
ただ、それが直哉たちかどうかわからないから、もう少しだけ様子を見るか。
その2人は、ダッシュ専用レーンにほど近いレーンに入ると、準備できたよ。と言わんばかりに手を上げる。
どうやら、あの2人は、あの2人だったようね。そう思い、軽く手を上げ返し、ハンドサインで、泳ぐ距離と本数を伝える。
こうなることを見据えていて、近畿大会の前かな。それくらいのタイミングに直哉と決めていた。
それを今回も使い、ワンエイト、サークルエンドレスと伝え、直哉からのサインも間違ってないことを確認。そのまま泳ぎだす2人のフォームをじっくりと寒さっつ。
朝、それぞれと話している限り、とくに気になる点というのは感じられなかった。だからって言うのはあるけど、そんなに上がっていないなら大丈夫かなって思ったり。
これがかなり上がっているなら、少し考えるけど、泳ぎを見ている限り、本当に緊張も何一つしてないんだな。って思いながら、アップの様子を見る。
本当にこれだけ楽に泳いでいるのはありえないと思っている。
わたしなら絶対に上がっているだろうな。
これが招集間近になるにつれて、吐き気が強くなる自信すらある。そんな自信はないほうがいいんだろうけど。




