Episode 7 シーズンイン
プール掃除が終わり、日に日に直哉がプールで泳ぐ時間と距離が伸びていく。
すでに、学校のプールで泳ぎだしてから1カ月ほどが経っている。それでも、水温はあまりあがってくれず、まだ25度。外気温は29度ほどあるから、陸上にいれば暑いけど、プールの中に入ると寒い。普段ならそうなんだけど、今日は、晴れていても、風が少しある。そのためか、陸上はいつもより心地よく感じる。
(体感的にはちょっと寒いかな。ちょっとハードに泳いでもらって、体を冷やさないようにしようか。なら、今日は久しぶりにパーセンテージ練習を入れてみるか)
そう思うと、持っていた練習用メニューを書き留めるノートに今日のメニューを書き込んでいく。
ちょっとだけハードな練習になると思うけど、水温は上がってるから大丈夫でしょ。
「ヤッホー、咲ちゃん。今日もよろくっぴー」
ほんと、大神ちゃんは元気だ。1番好きな季節は夏なんじゃないかと思わせるほど。
ただ、しっくりしたことが1つだけある。
大神遊菜は、中学時代に競泳で近畿大会の決勝まで残ったことがあるほどの強者。ただ、扇原に進んできた理由は、もともと中学で水泳を辞めると近畿大会が終わった後に決心したらしくて、桃谷女学院や御幣島大学付属から推薦が来てたらしいんだけど、いろいろうまく行かなくて嫌になり、すべて蹴って、競泳から離れたかったかららしい。
でも、やっぱり未練があるらしく、見学に来たときに、副部長の熱烈なオファー(ほぼ強制に近かった)を受けて、やる気なく入ったけど、直哉の水泳に対する対抗心を燃やして選手復帰。私が直哉用に作るメニューに食らいついて練習を重ねる。
まだタイムを測ってないからなんともいえないけど、相当伸びてるはず。
今週の土曜日にプチ記録会をしてみたいな。ちょうど、泳ぎだしてから1カ月だし、そろそろレーン分けをして本格的な練習に入りたい。それに、まだ専門が決まっていない選手もいるし、決めておいて上げたい。
と決まれば、沙雪先輩と部長と相談して開催してもらおう。
ただ、部長も沙雪先輩もまだ屋上に姿を現していない。練習が終わったあとでももちかけてみようっと。
「美咲、今日のメニューは?」
いつの間にか屋上に上がってきていた直哉。そんな直哉に、はい。とだけいってメニューを書いた紙を渡す。
「うわっ、出たベスプラパーセンテージ。これって、今シーズン?それとも今までのベスト?」
「そこはまだ考えてる。今までのベストは難しいと思うから、どこかの大会のタイムを拾って制限をかけようかなと思ってる」
「そうか。でも、俺のやつはいいとして、大神のやつは取れるん?」
「うん。レースの結果が載ってるサイトがあるから、そこから取ってみる」
「ふぅん。そうか」
それだけいうと、倉庫からマットを持ってきてストレッチを始めた。
これはもう見慣れた光景だ。部活をはじめる前にいつもストレッチして、体を痛めないようにする。中学から続けていることだ。
よく続くよね。中学のときからストレッチにかける時間は変わらない。春先や秋口と夏の間はさすがにかける時間の差はさすがにあるけど。
ゆっくり体をほぐす直哉を横目に、せわしなく動いて、ビート板やプルブイ、フィンやパドルを準備。
その間に、ぞろぞろとプールの中に入っていく選手たち。すでに泳ぎだしている人もいる。
その時、どぼーん。と奥のほうで音がした。
また大神ちゃんがダイブしたな。そう考えるのに時間はかからなかった。いつものことだから。
「ほんまに大神ちゃんは元気やね。こっちは朝からヘトヘトやのに。飛び込む前の顔がチラッと見えたけど、ものすごい笑顔やったわ」
沙雪先輩が大神ちゃんの後ろから出てきて、ゆっくりとスタート側に来ると、プールの方を見ながら言った。
そんなの、いわれなくてもわかる。プール掃除が明けてからの大神ちゃんは、入ってきたころのふてくされたような顔ではなく、人が変わり、いきいきとした顔をしている。
とりあえず、アップの様子を見ながら、パーセンテージ練習の制限タイムを決めるか。
人数を数えて、ある程度揃ったところで、各レーンにゴム製のダンベルを沈める。
それがメニュー開始の合図。コースで泳ぐ人たちが全員戻ってきたところからメニューを伝え始めていく。
私が見るのは、1コースと2コース。1コースには直哉と遊菜が、二コースには成東先輩と福浦先輩が。ベストタイムで見れば、速い4人を見る。
なぜこうなったのかといえば、直哉のメニューを作っていることが沙雪先輩に知られ、それなら、府大会出場を目指している福浦先輩と成東先輩のマネジメントもしてあげてってことで、私が4人を見ることになった。
「そしたら、アップでツーフォーファイブチョイスで上からです」
「えい」
珍しく、両コースのスタートが揃う。いつも、どちらかが遅れてスタートするんだけど。
アップの形はそれぞれに任せている。こっちで決めてしまうと、苦手なのに最初から泳ぐ羽目になり、最初から疲れるから。それだとアップの意味がない。あまりにもふざけること以外は特に何も決めていない。
直哉と大神ちゃんはこのやり方にすぐになれたけど、どうも福浦先輩と鮎川先輩がなれないみたいで、ずっとクロールで泳いでいく。