Episode 76 直哉のレース
『プログラムナンバー56番、男子50メートル自由形決勝のレーン順を申し上げます。第1レーン、原田くん、扇原商業』
「直哉~!一本~!」
連続でレースが続くものの、まだまだ私も元気。しっかりと声を張り上げて、直哉を応援する。
もちろん、直哉も遊菜と同様、真顔なのは変わらない。いつも以上に集中しているもかもしれないけど、なんとなくだけど、緊張しているのかもしれない。
まぁ、こればかりは、本人がどう思っているのかはわからないからね。
さて、半フリの決勝に出る選手10人が紹介され、また威嚇する鋭い笛が鳴り響く。
直哉はすでに着ていた服を脱いでレーシングウェア姿に変わっているものの、相変わらず笛が鳴るまで椅子の上で大きくドカッと座っている。
相変わらず、1年なのに態度がでかい。これだけ身長も態度もでかい1年っていたのかな。なんて思っちゃうよね。
でも、この態度のでかさも、直哉の調子を図る上でもいいバロメーターになっているんじゃないかなって思っている。
まぁ、鋭く威嚇する笛の音が鳴っても動かない直哉は相変わらず。そして、長い笛が鳴ってから動き出し、ゆっくりとスタート台に乗る。
このスローリーな動き、なおさら遅く感じるな。
それでも、周りに合わせることなく、自分のペースを守る直哉も相変わらず強気。そこから相撲の立ち合いのような形をとって直哉は、そのままスタートの合図が鳴るまで、じっと動かない。
出発合図員の「よーい」という声にも身体を引くことはせず、じっとしている。
これだけじっとしているなら、まるで直哉の周りだけ時間が止まっているようにも感じた。
そして、ようやく合図が鳴ると、選手10人の飛び出し。
直哉も、惜しみなく飛ばしているように見える。まぁ、ハーフレースのファーストハーフを抑える選手はいないだろう。そんなことをしていれば、あっという間においていかれることは目に見えているだろうし。
男子のレースもほぼ横一線。もう、誰が優勝してもおかしくないだろうと言わんばかりの勢い。
フィニッシュもほぼ同時。
パッと電光掲示板の方を見たときには、全選手のタイムと順位が表示されていた。
えっと、直哉のタイムは……。
『1 原田直哉 7 24.69』
直哉は予選より順位を2つ挙げて、7位になんとか入賞。トップからもコンマ3秒しか遅れていないから、どこかひとつ変えるだけであっという間に追い抜けるんじゃないかという簡易的な思考になる。
それが経験者になればなるほど、短距離になればなるほど、タイムを縮めることが難しいから、奥が深いって思う人もいる。
とりあえず、直哉も遊菜もともに1フリと半フリの両方で自己ベストを更新してインターハイ行きを決めた。
これも一昨日と同様にふたりから結果を報告してもらおうか。驚かせたいのもあるしね。
「ほんまえげついな。アベックで同じ種目にエントリーして、その上、ふたりともインターハイ行きを決めるとはな。俺からしたら、まさかな出来事やわ」
まぁ、驚くのも無理はないよね。
だって、半フリに関しては、地区大会からの1カ月でコンマ5秒も伸ばしている。
正直に言って、ここまで伸びるとは思っていなかったし、まさか、入学後に宣言した「1年でインターハイに行ったる」って言葉が有言実行になるとは思っていなかったから、なおのことすごいって思う。
「今年の夏はまだまだ続くやろうな」
ボソッと言う長浦先生は、少し遠い目をした。
そこから直哉たちが戻ってきたのは、女子の8継が始まろうとしていた時だった。
「お疲れ様。またもやふたりともインターハイの参加記録を割っちゃって。さすがやね」
「うまく行きすぎて怖いわ。っちゅうか、俺のタイム、相当ギリギリやったんちゃう?」
「相当な。予選で100分の1、決勝で100分の2しか余裕なかったわ」
「よな?アナウンスも俺、聞けてなくて、マジでビビったんやけど、首の皮1枚つながったわ」
直哉は、私からの記録との差を聞くと、ホッと胸をなでおろしていた。
「うちはどうやったん?」
横からノートを覗いてきたのは遊菜。
「遊菜は、予選で切ってた。ただ、ほんまにギリギリ。100分の1でな。ただ、決勝はオーバーしとったけど、予選で切ってるからオッケーやで」
「うえ~、うちもほんまにギリギリやん。めっちゃ今話聞いた瞬間。めっちゃヒヤヒヤしたし。でも、なんとか2種目目も行けてよかった~」
遊菜は遊菜で大きく胸を撫で下ろしている。
「もっとはよならなあかんな。こんなタイムやったら、全然楽しまれへんで」
「ほんまに。記録更新を目指すくらい行かんとまずいな。美咲、これから先、スピードメニューを中心にメニューを組んでほしいわ」
「確かに、それくらいやらなあかんな。ほんなら、明日からスピードメニューを入れていくな」
「せやな。そのほうがよさそうやな。インターハイまでの1箇月でどこまで伸ばせるかってところやと思うわ」
たぶん、スピードメニューに全振りすることで何かしらの影響があるんじゃないかと思っている。だけど、背に腹は代えられない。やるしかなさそうね。
『スピードメニュー中心に組む』
忘れないようにノートに書いて、ノートをぱたんと閉じる。
「よし、帰るか」
「せやな。混雑に巻き込まれたくないし」
ごもっとも。
この8継の決勝に残っている学校はたいてい強豪校だ。人数が多いに決まっている。それなら、先に離脱するのが一番賢い。
そんなことを思いながら、バスに乗り、乗り換えした駅からそれぞれ自宅に向かう。
私としては正直ほっとした。ふたりともインターハイに進んだんだから。
ここまで1年生で行けば上等な方なんじゃないかと思っているけど、直哉はこれより先のことを見据えている。
インターハイ優勝
直哉はそれを目標に練習している。まさかな。なんて思いつつも、これで本当に1年で優勝すればどうなっちゃうんだろうか。なんて思っている私がいる。




