Episode 71 なんとかなりそうです。
そこからだいたい40分くらい、交互に飛んでは泳いで、飛んでは泳いでいく。
そのたびに、細かいところだと思われるだろうけど、ひとつひとつ指摘していく。
それでも、何も言わずにしっかりと直し、なおかつ、タイムもジリジリと上げてくる2人。
フォームが崩れると厄介だな。と改めて感じてしまった。
なにがすごいって、アップの時点で、自己ベストに近いタイムを計測しているところ。
たった数十分で2人ともここまで矯正できるとは思っていなかった。それは、たぶん、2人のポテンシャルの高さを表しているのだろうけど、細かいところひとつでここまで変わるのかと思ったくらい。
これなら、本番も大丈夫かな。なんて思いながら、最後に別のレーンに移し、クールダウンをやってもらう。とりあえず、あとは、アッププールで見てあげるくらいかな。
まぁ、一度観客席に戻って、自分の荷物を持ってくるつもりでいるし、たぶん、直哉たちも本レースに向けて、準備するものがあるだろうと思うし、一度、一緒に戻るつもり。
一度戻ってきた私たち。先生がいると思っていなかったのか、直哉と遊菜は少し驚いていた。
「俺もおったらあかんのかいな」
「いや、そんなことないっす。一昨日におらんくて、今日おるんでちょっとビックリしただけっす」
「まぁ、一昨日は役員の仕事があったからな。申し訳なかった。やけど、今日はなんもないから、ここで荷物番しとくわ」
「それはありがたいすけど、先生って暇人?」
「ンなアホな。今年はお前たちが近畿大会にも全国大会にも出るから大忙しやわ!部活のことは、早島先生に任せっきりになるし、やったことのない仕事ばっかりで、海宮の先生にずっと聞きまわってるわ。お前たち2人も海宮の先生に感謝伝えとけよ」
先生は先生でいろいろ苦労しているみたい。それでも文句を言わないところは、やっぱり先生だなって思う。
「ほんなら、先生、悪いけど、ちょっとアッププール行って、そのままレースしてきますわ。ちょっと美咲も借ります」
「おう、わかった。荷物番は任せとけ」
それだけ言うと、直哉と遊菜は自分の荷物を持って、階段を下りていく。
そして、私は、ノートとペン、プログラムを持って同じように階段を下りていく。
階段を降りてからそのままアッププールに向かうと、さすがにまだ着替えていると思う遊菜と直哉はいない。私も頭の中で少しだけメニューを考える。
……うん。これでいこうか。
そう思うと、さらさらとノートに書き留め、時間計算をする。
レース自体は、9時半スタートで、もう始まっている。
そこから男女それぞれの8継、男女の1ブレ、男女の4フリが続き、単純計算で、だいたい1時過ぎに遊菜のレース、そこから30分くらいしてから直哉のレースかなと思っている。
ある程度腹も満たさせないと、パワー不足に陥るかもしれないことを考えると、遊菜は11時半、直哉は12時頃まで泳いでもらってそこから休憩時間に充てようとするなら……泳ぐ時間に充てられるのはだいたい2時間くらいか。それなら、身体もある程度ほぐれているだろうからアップメニューはカットして、そのかわりにスキップスを入れて、アップ代わりに、そのあとはひたつらスタート練にするか。
そのスタート練は、動画を撮って、自分のフォームを確認してもらおう。
いろいろ考えるところはあるけど、とりあえずそんな感じで。
気を付けないといけないことと言えば、ここがハーフプールで浅いということかな。
まぁ、普段から浅いハーフプールで泳いでいる2人に関しては泳ぎやすい環境なのかなって思ったり。まぁ、ここでタイムを残されても困るんだけどね。
しばらく待った後、直哉が先にレーシングウェア姿でアッププールに到着。
すでに戦闘態勢に入っているのか、顔つきがいつもより険しく見える。
なんというか、話しかけるのが私でも躊躇するくらい。
たぶん、今まで以上に本気だから、こんな表情をしているんだと思う。
「すまん。待たせたか?」
「う、ううん。大丈夫ちょうどメニューも練り終わったところやし」
「そうか。大神は?」
「まだ着替えてるんとちゃう?まだ来てへんよ」
「ほんなら、大神来たら止めてや。軽く泳いどくわ」
「はいはい。了解。まだガチにならんでええやろうからな。レースは1時半前後になるやろうし、先に遊菜からやからな」
「あーってるよ。やけど、いろいろ調子も上がって来てるから、はよ感覚を固めたいだけや」
「また癖出てるなら止めるから」
「そうしてくれるとありがたいわ」
直哉はそれだけ言うと、一番端のレーンに入ると、軽い力で泳ぎだす。
そこからほんの数分して、遊菜もレーシングウェア姿でプールにやってきた。
「ごめん、お待たせ。直ちゃんは?」
「直哉ならもう泳いでるわ。とりあえずスキップスいくから、準備してな」
「オーライ」
遊菜も直哉と同じレーンに入ると、身体を慣らすかのようにゆっくりと50メートルだけ泳ぎ、直哉のすぐ後ろに戻ってきた。
「なんや。大神も準備できとったんか」
「たった今な」
「とりあえず、ツーフォーフォーでスキップスな。ふたりとも、キャッチを忘れることを多いから、プルはキャッチ意識で。上から行こうか」
「ライ」
ふたりの声がそろって秒針が上に着たタイミングで直哉が軽い力で泳ぎだし、その5秒後に遊菜が泳ぎだす。
さすがにアップ感覚なのか、スピードは緩い。それに、動きをひとつひとつセルフチェックをしているようにも見える。まぁ、それでわかってくれるならいいかなって思ったり。
軽く流したように見えた1本目だけど、本数を重ねるごとにじわりじわりとスピードを上げて行ったようで、4本目にもなると、結構なスピードで泳いでいってメニューを終わらせた。




