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Episode 6 現役と引退の差

 時間が経つのは早いもので、入学してあっという間に3週間がたった。それまでの間に、1年生の男子が直哉を含めて四人、女子が私を含めて五人入って、水泳部は合計20人でこの1年を活動していくことになった。

 そして今日は、水泳部の中で一大イベントのプール掃除。オフシーズン、たまりに溜まった汚れを1日で流しきる。これがまぁ気持ちいいのよ。

 それに、最初に誰が滑って汚れるかっていうのも楽しみだし。

 今日も朝から直哉と一緒。うんざりするような通学路を2人並んで歩いていく。とくに話すことなくただただ歩いていくだけ。

 学校に着くなり直哉は、屋上までの階段を2段飛ばしで階段を昇っていく。直哉は軽そうに昇っていくけど、現役を引退している私からしたら、直哉に追いつくほどのスピードはない。したがって、2人の差は広がっていくばかり。

 やっと追いついたころには、直哉が私を見下ろしていた。


「これが現役と引退の差か?」

「うるっさいなぁ。あんたとはちゃうねん。うちはあんたのマネジメントしかしてへんねんから体力差があるに決まってるやん」

「まぁせやな」


 それだけいうと、直哉は屋上までの階段を昇り、私も直哉の後を追う。

 プールサイドまで上がると、プールの中の水量はかなり減っていて、壁には半年で育ったであろう藻がうっすらと覆っていた。


「またえらい色してんな。誰が1番に汚れるか楽しみやな」

「そういいながら直哉が1番やったりしてな」

「そりゃねぇって。あるとするなら無邪気な大神じゃねぇか?」


 たしかにそれも考えられるけど、一番ありそうな2人の顔が浮かんだ。


「大神ちゃんもありえるけど、部長にちょっかいをかけられたひょろり先輩かも」

「あ~、その筋があったか。一番ありえる組み合わせやな。部長に押されて滑って藻だらけになるみたいなパターンやろ」

「俺が誰を押すん?」


 直哉と話していると、後ろからバケツを持った部長が話しかけてきた。


「キャプテン、おざーす」

「相変わらずやな、原田は。たぶん、さっきの話、おれが橋本を最初に押して泥だらけにするって話やろ?わかってるで。去年もやってるし。でも、今年は誰にしようかまだ迷ってんねんな」

「ひょろり先輩じゃないんすか?」

「橋本にちょっかいをかけるんはおもろいねんけど、ずっと標的があいつやから。なんか最近はかわいそうに見えてきて、控えてるところがあんねんな」

「そうやったんすね。全くそういうふうには見えないっすけど」

「まぁ、俺がやらんくても、他がやりおるからな。あっ、せや、伊藤さん、女子の更衣室の鍵開けといてくれへん?俺、どの鍵かわからへんから、いつも中本さんに任せてんねん」


 あっ、そういう意味だったのね。いつも洗体槽の壁の平たいところにおいてあった意味がようやくわかった。

 部長に言われて女子こういう室の鍵を開け、中に入る。

 入ってすぐのところに、覗き見防止用の背を向けた荷物棚が置いてあって、回り込むようにして奥へ進む。

 八畳1間の更衣室。背を向けた荷物棚の正面に回りこむと、そこがいつも私の使っている場所。そこでささっと着替えると、外に出た。

 外は気持ちのいいくらいに晴れていて、雲ひとつすらない。そこに嬉しいことがもうひとつ。風がない。

 まだ夏の始まりも迎えていないこの時期は濡れると寒い。しかも、そこに風があると余計に。それが今日はないからラッキー。多少ぬれるだけだったら寒くないかも。まぁ、勝手に考えてるだけで、実際は寒いのかもしれないけど。


「あっ、伊藤さん、悪いけどさ、デッキブラシとか水切りとかが倉庫にあるから、人数分だしとってくれへん?」


 バケツを持ってきては手ぶらで降りていき、またバケツを持ってくる部長が言った。

 やることなしに時間を潰すのを嫌った私は、部長の言われたとおり、倉庫に移動して、デッキブラシとか水切りとかを人数分出す。そして、少しを肩に担いでプールサイドにもっていく。

 シャワーの近くまで持っていくと、担いでいたものを降ろす。カランカランと音を立ててその場に並ぶ。

 その音を合図にしたみたいに沙雪先輩が顔を出した。


「おはよう、伊藤ちゃん」


 おはようございます。それだけ返すと、誰もを魅了する笑顔を私に向け、そのまま部室に入っていった。

 沙雪先輩が来たあとは、部員が次から次へと来る。大神ちゃんにひょろり先輩。他にも水泳部の部員がぞろぞろというわけには行かないけど、似たタイミングで部室に吸い込まれていく。

 時間になり、20人ほどがプールサイドに並ぶ。並ぶというより、仲のいい人たちで固まってる。


「ほんなら今年もお願いします。去年より人数はおるんでやりやすいと思います。朝は12時まで。気持ちよく泳げるように、お願いします!」


 部長がしゃべったあと、みんなデッキブラシをもってプールの中に降りていく。私も慎重に降りていく。その途中、プールの中で笑い声が響いた。

 声が響いたほうを見ると、手を突いて座って笑っている吉田くんの姿が……。

 わけもわからず降りたら滑ってこけたパターンか。そう思うと、私も苦笑いを浮かべた。

 ちょっとした期待を裏切られた。そんな気がするけど、初心者にはありがちなこと。大神ちゃんに転んでもらって場の雰囲気を和ませてほしかったけど、これはこれでいいか。

 吉田君が転んだ後は、私が思ってた通り、大神ちゃんとマネージャーの愛那がほぼ似たタイミングで滑って藻だらけに。まだ始まって10分も経ってないのに、3人が藻だらけに。

 これには中元さんも部長も苦笑い。そのなかで直哉は私に「やっぱりな」と呟いた。

 朝のうちはみんな必死で、プールの中にたまった砂や藻、そのほかの汚れをデッキブラシでゴシゾシとこすって、本来の壁の色を取り戻していく。

 徐々に陽も高くなり、普通にしてると汗ばんでくる。そのとき、ひょろり先輩が「あっつー」とぼやいた。それを聞き逃さなかったバタフライ専門の鮎川先輩がホースでひょろり先輩を狙った。

 ホースの口を小さくして勢いが強くなった水は容赦なくひょろり先輩を襲う。「ギャー!」という悲鳴は5メートルほどの距離にいた私だけでなく、水泳部全員に聞こえたと思う。ひょろり先輩の姿を見た誰もが笑っていた。

 そんな調子で朝のプール掃除は進んでいく。

 中学のときより充実していて、ものすごく楽しい。

 たぶん、顧問が陽気な人だからだと思う。みんなわいわいと騒ぎながら掃除を進めていって、あっという間にお昼の休憩に差し掛かった。


「ほんなら、1時間休憩!また1時からお願いします!ひとまず解散!」


 部長の一声でみんながそれぞれの場所に散った。

 みんな一度部室に戻っていろいろもってくる人や、そのまま階段を下りていく人。この二タイプに別れる。私は、お弁当なんか持ってきてない。から、外に出て適当に買いに行く。

 そして、軽く食べ終わると、みんなプールの中で遊び始める。水の中に入れば、入ってきた1年生も、ずっと長くいる3年生も関係ない。みんな和気藹々と遠慮なしに遊ぶ。

 たぶん、これは水泳部ならではなんだろうな。ほかの部活なら、こんなことはないだろう。しいて、言うなら軽音学部が近いような状態だったりするのかなぁと思うくらい。逆に、吹奏楽部はこんなことにならないだろう。上下関係が厳しいくらいしっかりしてるはず。体育会系でここまでラフなのは水泳部くらいなのかもしれない。

 そんなことを思いながら、みんなと混じって遊ぶ。


 存分に遊んで3時くらいになると、さすがにこの後が冷えるからか、部長が号令を出して切り上げ、みんなで後片付け。

 そして、顧問がバルブを開けて、さらにプールの中に入れる水の量を多くする。

 話では、明後日の朝に満杯になるように開けているから、明後日の放課後から泳げるだろうとのこと。

 たぶん、直哉は水温が冷たくても、多少気にするところはあるかもしれないけど、すぐに泳ぎ始めるだろう。


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