Episode 63 緊張のレース
2人が降りてから少し眠くなってきたのも事実で、うとうとしだしたところで、場内アナウンスが私の目を覚まさせてくれた。
『プログラムナンバー4番。女子100メートル自由形予選1組の競技を行います』
このレースが終わった後、遊菜が出てくる。私が泳ぐわけじゃないけど、私の心臓はすでにバクバクと跳ね上がっている。
そんななか、始まるレース。さすが近畿大会と思わせるレースで1組から1分少しで泳ぐ選手が大多数。
遊菜よりも本のわずかに遅いだけのタイムで泳ぐから、レベルが一気に上がったなと思ってしまう。
でも、このなかでスクールに通わずここに来たのって、遊菜と直哉だけなんじゃないかって思う。それほどみんな肌が白い。
周りがみんな白くて、ポツンと8コースに混じる遊菜だけこんがり焼けている。
『同じく2組の競技を行います』
そのアナウンスが聞こえると、遊菜は3回軽くジャンプして、両腕を大きく開いた。
背の小さい遊菜がこうやっていると、子犬が頑張って威嚇しているようにも見えた。
いつものように笛が鳴り、「シャア!」と叫んでからささっとスタート台に登る遊菜。
しっかりと集中できているみたいで少し安心。
遊菜って、タイムを計るときとかレースのときになると、人が変わるように集中した顔を見せる。そのギャップが意外だなって思うこともある。
しっかりと集中した表情を見せている遊菜は、号砲が鳴ると、思いきり飛び出していく。
飛び出していくと、すぐに浮き上がってくる選手もいるなか、15メートルラインまでしっかりとドルフィンキックで加速した遊菜。浮き上がりと同時に腕を回し、先頭争いを引っ張る。
状況は少しだけ遊菜が前に出ているだろうかってくらい。頭ひとつあるかってところ。だけど、ターンをしてから、状況が少し変わる。
ものすごい勢いでターンをした遊菜のファーストハーフは27秒88と、ほぼ半フリのベストタイムくらいのタイム。
なんとかトップで折り返していき、また15メートルドルフィンキックをしてまたなんとか引き離そうとしていた。
浮き上がりと同時にまた腕を回し始め、また加速していく。
何よりすごいのが、遊菜は前半でほとんど差がない状態で折り返したのに、身体半分にまで開けていた。
それどころか、腕の回転数が少し上がっているように感じ、キックの渋きも少し多く感じる。
それどころか、テンションも上がっているのか、ほんのわずかに差が開いたように見える。
今まで直哉と一緒にタイムを計ったり、地区大会でも、トップを独走していたから気づいていなかったけど、遊菜って、フリーのスプリンターには珍しい後半型なのか?なんて思って見守っていた。
そして、身体半分のリードをラストでも詰められることなく、逆に、身体ひとつにまでリードを広げてヒートトップでフィニッシュ。
なんというか、少し不思議なレースだったなっていうのが正直な感想で、これが遊菜のレース展開のやり方なのか、と思ったときだった。
遊菜がレースを終わってから10分くらいすると、7組あったレースが全部終わり、上位20位までの予選ランキングが下から順に流れてくる。
「ウソやん!」
私が叫んだ理由は、9位に遊菜の名前があったから。
2組からの下克上っていうようなイメージになるんだろうけど、ここまでのしあがってくるとは思っていなかった。
ただ、女子の1フリで58秒台を出せるなら、それなりにいいところは行けるかとは思っていた。
なんだか、手の届かない存在になりだしたなと思いつつも、遊菜が成長していることに喜びを感じる。
そういえば、沙雪先輩が、選手の成長を一番に感じられてうれしいとか言っていたっけ。その言葉の意味がようやくわかった気がする。
もし、私が選手として部活を再開させていたなら、たぶん、腐っていただろうし、こういうのも見られなかったんだろうな。って思うのと逆に、マネージャーになってよかったって思う。
あとは、これに直哉が続けるかどうかってところ。
これで続いたらアツいだろうなぁ。なんて思いながらも、直哉が出てくる3組のレースを待つ。
男子のレースに関しては、さすがに1分を当たり前のように切ってきている。さすがのスピード、なと思いながらも、1組、2組のレースを見ていた。
『同じく3組の競技を行います』
偉そうにドカッと椅子に座る直哉は、なんというか、こちらも、強く見せている子犬のように感じてしまった。だけどこれもあいつのルーティンだからしかたない。
そんなことを思いながら長い笛がなってようやく動き出す直哉を見ている。
遊菜とは違ってゆっくりと構えて、号砲がなるのを待っている。
そして、号砲が鳴ると、派手に飛び出していき、入水してからドルフィンキックを打って加速を促している。
浮き上がってくると、長身と長いリーチを活かして、前に出ようとする。
周りの選手よりも10センチ近く高いことも功を奏しているのか、腕の回転数は周りの選手とほとんど変わらないけど、じわりと差を頭ひとつ、さらにもうひとつと広げていこうとする。
あとは、そのスピードを保ちながら、あっという間にファーストハーフのターンをしていく。
さすがにセンターレーンからずれているぶん、3~5番手あたりでターンをしていくかと思っていたけど、まさかのトップターン。とは言っても、コンマ1秒以内に2人もいるから、フィニッシュのそのときまで一瞬たりとも気が抜けない。
見ているこっちの心臓が怖いくらいに跳ねている。
派手に鋭くターンをしていったあと、15メートルラインに届く前に浮き上がってくる選手が多い中、しっかりとドルフィンキックを15メートルラインまで打ち切って浮き上がってくると、若干だけ差が広がっているように見える。
それは気のせいかもしれないから、気にしないようにするけど。
それでも、差がはっきりわかるようになったのは、25メートルのハーフラインを越えてから。




