Episode 54 私の復帰レース
「さ、咲ちゃん。どんだけガチになったんよ」
目線の先には、滑らかな平泳ぎで遠くなっていく成海先輩。
そして、上から聞こえるのは、遊菜のちょっと引いた声。
えっとね。自分でもパッと見た感じ、そう思う。
……だって、成海先輩の前を泳ぐのは1人だけだもん。ということはさ、5人中2着でつないだってことなんでしょ?
あれだけスタートが遅れていたのに、ここまで巻き返せるとは思っていなかった。
だから、ターンの後に見えたバックの選手は見間違えじゃなかったみたい。
とりあえず、邪魔にならないように上がって応援するか。
「昨日は力抜いて泳いどったんちゃうん?」
ちょっと興奮気味で私に声をかけてくる遊菜。昨日のスピードとは違って驚いているのはあるだろう。
「どうだろうね。ただ、今までのどの大会よりもテンションが上がったって言うのはあるんちゃうかな」
「ほんま、ここまでやってくれるとは思ってへんかったで!咲ちゃんがこんな順位で帰ってきたら負ける気せぇへんし!」
テンションが上がり切っている遊菜。どうやら、私の泳ぎに触発されたみたいね。
なんて思いながらも、レースを進める成海先輩。
成海先輩のブレはタイム自体こそ中央大会にギリギリ届かないくらいだけど、レース展開を見ると、思ったより速い選手はいないのかなって思う。
まぁ、遊菜や直哉のようなレベルの高い選手がいれば私たちが焦るんだけど……。
ひとりがたった50しか泳がないリレーはあっという間すぎる。
順位も差もほとんど変わることなく、バッタの福浦先輩に繋ぐ。
福浦先輩も、先月あった中央大会に出ていて、スピードも遊菜に次いで2番目に速い。
飛び出した後も、ぐいぐいと飛ばしていく。
「なんか、不思議な感じやわぁ。急遽やったから、美咲ちゃんのバックにタイミングを若干外してしもうたけど、でも、今までで一番速かったような気がするわ」
成海先輩は、少し息を切らしながらも、ちょっとびっくりしている表情を浮かべている。
「でも、これでほんまに咲ちゃんが選手復帰するんやったら、ガチで狙えるかもしれませんよ」
「せやね。やけど、うちは美咲ちゃんに対しての無理強いはこれが最後って思っとるから、うちはなんも言われへんよって。遊菜ちゃんが決めてな。とりあえず、ラストは任せたで、スプリント超特急」
成海先輩からのエールをもらった遊菜は、振り切っているテンションのバロメーターをさらに振り切らせて、スタート台でぴょんぴょんと飛び跳ねた。
すでにレーシングモードに入った遊菜は、エンジン全開で自分を燃え上らせるために、声を出していく。地区大会のときにも見た光景だ。
「和美さん!ラスト!もっと粘って!上げて上げて上げて上げて!」
屋上に響く遊菜の声。応援がまばらな分、遊菜の声は派手に響く。
たぶん、外で普通に部活をしているクラブからすると、何事だって思うかもしれない。
だけど、それくらいの声量で遊菜は叫ぶ。
福浦先輩も、遊菜の顔を見たのか、泳ぎ全体のピッチが少し上がった。
まぁ、50メートルだけだし、100に比べたらスタミナに余裕があるのは確か。
最後の最後まで全力を出した福浦先輩は、あっという間に遊菜へバトンタッチしていった。
遊菜も遊菜で、テンションが上がっている状態で、飛び出していったものだから、逆転しそうになっていた状態から、飛ぶようにスピードを見せつけている。
もちろん、誰一人ついて来れるチームはいない。
30秒もない遊菜のひとり旅は、バッタを泳いでいる選手を1人抜き去って、後ろとはほとんど片道分突き放してフィニッシュした。
「相変わらず速いなぁ。こんなはっきりトップになれるとは思ってへんかったから、ほんますげぇよ」
福浦先輩も成海先輩も、感無量ってところかな。
私も、個人的にたった50メートルだからっていうのもあるけど、レースを作ることができとは思ってもいなかった。
ここまで行けば、私も満足だ。あとは、個人でどこまで貢献できるかってところかな。できれば、迷惑をかけない程度で泳ぎ切りたいけど。
「全部、先輩方の粘りのおかげですよ。せやないと、ここまでぶっちぎれるとは思いませんでしたし、なんなら、咲ちゃんのおかげが一番あるんちゃいますか?」
「ほんまやね。美咲ちゃんには感謝やで。美咲ちゃんがあかんかったら、遊菜ちゃんをバックに持って行くか相談したくらいやし」
「そしたら、優花がフリーに回るやろうから、それだけで20秒はロスするやろうし、トップなんて、夢のまた夢やったやろうな」
成海先輩も、福浦先輩は、ずっと私と遊菜に感謝の意を伝えてくれる。
なんていうか、私は楽しんでいただけだから、タイムなんて気にしていなかったっていうのもあるけど、なんだかんだいいタイムが出たのかもしれない。
タイムに関しては、私がいない時は愛那や沙雪先輩に任せている。
今回は、地区大会同様、公式タイムはトータルしか出ないから、ラップタイムは自校でどうにかしなきゃいけない。そのへんが面倒だな。なんて思いながらも、やっぱり、ラップタイムが欲しい選手もいるから、採るようにしてるけど、他のところはどうしてるのかはわからない。
それに、ラップタイムを取って、この夏の練習をどうして行こうかって考える機会にもなるし、ちょうどいいかなって。
成海:ほんま今年の1年はやばいな
和海:ほんまに。こんな大差でリレーが終わるとは思えへんって
成海:やっぱり、バックは美咲ちゃんに選手復帰してほしいな
和海:それは思うけど、本人が首を縦に降らんやろ?今回はチームのためって形で縦に降ったんやろうけど
成海:いや、うちが言うの忘れてた。プログラム見て驚いたって言うてたわ。やけど、それを聞いても棄権っていう選択肢を選ばんくて良かったって思ってるわ。
和海:その言い方やと、わざと言わんかったみたいに聞こえるな。
成海:そんなわけないやん!いろいろ考えることありすぎて、伝えたって思い込んどったのは事実やけどさ




