Episode 48 いろいろ考えることが多いなぁ。
そこから1時間ほど直哉にアドバイスをもらいながら、ある程度の感覚は戻ってきてくれた。あとは、明日、どうなるかってところよね。
例に漏れず、スタートは相変わらずだけど。
それじゃあ、ラストにワンツーダッシュ、ファーストバック、セカンドフリーでセルフトライアルするか。
そこまでやれば今の自分の状態もわかりそうだし。
そう思うと、ペースクロックの秒針が0になったと同時に静かに潜ってから壁を蹴ってバサロキックを打っちこむ。そして、浮き上がったと同時に腕を回し始める。
私が25メートルを泳ぐのに掻く回数は、現役時代ならたしか浮き上がってから13回だったはず。
ただ、さっき感覚を取り戻すときダッシュで泳いでみると、浮き上がって来てから15回も搔いていた。
その代わり、5メートルのフラッグが見えてからターンをするまでの回数は3回だった。ここに関しては、今も昔も変わらなかった。
そんな調子で、ほぼ全力を出した1バックのセルフトライアル。現役時代のタイムには遠く及ばない35秒台。
自分でも笑ってしまうほど無様なタイム。
現役なら20を割っていたんだけどなぁ。なんて思いながら息を整える。
これで200もいかなきゃいけないって……。なかなかの生き地獄だよ。200のベストタイムも3分ちょうどで持っているんだけど、今では悲惨なことになるんだろうな。と少し凹んでしまった。
「なんか、この世の終わりみたいなん顔をしてるやんけ。そんなにボロクソやったか?」
スタート側で苦笑いを浮かべると、直哉がニヤニヤしながら話しかけてきた。
「言わんくてもわかるやろ?ボロボロやってのは。1バック、セルフで35まで落ちてたわ」
「もう、そうなったら悲惨やな。とりあえず、芦屋先輩とか、女子マネ動員ってことはポイント稼ぎやろ?気負わんでええやん。誰もトップになれとか思ってへんって」
なんだろう。面と向かってそういわれると、それはそれでショックな気もする。だけど、まったく泳いでいない沙雪先輩や、愛那ちゃんまで動員するということはそういうことなんだろう。
「点は、近畿組が稼ぐって。心配すんなや」
「近畿組って……。あんたと遊菜だけやないの」
「俺らで男女それぞれ12点ずつは稼ぐからよ。マネ陣は泳ぐだけ泳いだらええねん。どんな形でも」
なんか、直哉も成長したよな。
何て言うか、前までは己ファーストだったのか、周りも見えているように感じる。気のせいだと思うんだけど。
「せやな。そういう気持ちで行くわ。とりあえず上がるか」
「そうやな。俺も久しぶりにプールの中で遊べたから満足や」
まぁ、ここ最近は近畿大会に向けて練習詰めだったもんね。無理はないかな。
そんなことを思いながら、優雅に泳いで遊んでいる遊菜にも声をかけて、プールから上がった。
「なんか、今日、咲ちゃんが泳いでる姿見とって、咲ちゃんがリレーを泳いでくれるってなったら、心強いんやけどな~。なんて言うか、正直、棚橋さんやかなぱっちのバックやと、力抜けるんよ。やから、咲ちゃんみたいなバックでレースのスタートできたら、うちらのテンションも上がるのになぁ。なんて」
何て言うか、遊菜は私に現役復帰してほしいのか、寂しそうな視線の中に、期待が込められていた。
私にレースを泳いでほしいと言われても、私は戻らないと決めた身。それに、スタートが壊滅していて、まったく戻る見込みのないスイマーはほとんど使い物にならないだろう。
中学の時は、ぐいぐいと力で進んでいたバサロキックも、肺活量と体力、筋力の衰えとともに、関節が硬くなっているのも関係してか、かなりの錆付きを見せていた。
この錆も、練習を繰り返せば落ちるんだろうけど、それまでに私が気を保っていられるかどうか。正直、そんなところ。
スタート?スタートはもう捨てたも同然よ。飛ぼうとするたびに、フラッシュバックして、動けなくなるんだから。話せるようにはなったけど。
そんなことを思いながら、さくっとっ制服に着替えて、髪もある程度乾かしてから外に出る。
じっとりと夏らしい空気が身体にまとわりついてきて、少し不快感を覚える。
「懐かしいか?この感覚」
すでに着替え終わっていて、帰る準備ができている直哉が、更衣室を出たところでカギをチャラチャラ鳴らして待っていた。




