Episode 41 お昼休憩
レースが進む中で、直哉と遊菜ちゃんは、男子の2バタが進む中で戻ってきた。
「お疲れ。2人ともベスト出たやん」
「あぁ、張り出されてた結果も2人で見てきたから、タイムは把握してるで」
「あと少しってところやからさ、なんかの一工夫でインハイタイム切れそうやねんな」
私もタイムを把握してるから、もう少しって思いはある。ただ、スプリントのコンマ何秒を縮めるのって、ものすごく難しい。
それは私も選手経験があるからわかっているつもり。そのために約2ヶ月をフォームチェックに費やしてきたわけだし、それによって直哉も遊菜ちゃんも半フリ換算でだいたい1秒ちょっと縮めている。
ただ、インターハイ出場を目標にしている2人だけど、このタイムだとまだ届かない。
それでも、2人に焦りがないのは、次の決勝を含めて、2回のチャンスがあるからだと思う。
なんなら、次の近畿大会でインターハイ出場に必要なタイムを出せなければ、大袈裟かもしれないけど、夏が終わる。少なくとも私は、それくらいの覚悟がないと、メンタルがやられる気がする。
まぁ、今でもかなりメンタルに来ているんだけど……。
「直哉、お昼買うてくるわ。留守番頼める?」
「オッケー。ついでに俺のも適当に買うて来てくれへん?」
「あっ、それやねんけどさ、うちのお母さんが張り切りすぎてさ、お弁当、3人分あんねん。やから、一緒に食べへん?」
「ええんか?」
「うん。お母さんに話したら嬉しそうに作ってくれてさ」
「ほんなら、お言葉に甘えてもらうことにするか。そのほうが時短にもなるし、動かんでええからええやん」
すでに直哉は遊菜ちゃんからお弁当を受け取っている。
「ほら、咲ちゃんの分もあるから一緒に食べようや」
そう言われて押し付けられるようにお弁当をもらう。
直哉が先に開けたお弁当を見るときれいに彩られていて、見ているだけで食欲がそそられる。遊菜ちゃんのもっているお弁当も同じ彩りで美味しそう。最後に私のを開けてみても、まったく同じ。弁当箱の色が違うだけで中身は全部一緒みたい。
「めっちゃうまいやん。こんだけ旨かったら毎日が楽しいやろ」
「確かにな。なにより、うちのお母さんは介護の食事を作るパートをしてるからこういう凝ったお弁当を作るのが楽しいらしいんよ。味も文句は無いと思うで」
ここまで言うと言うことは、よほど自慢のお母さんなんだろうな。なんて思いつつ、少し遠慮しながらお弁当もらう。
確かに、冷めていてもおいしい。もしかしすると、いろいろ工夫しているのかな。なんて思いながら完食。
「ありがとう。美味しかったで」
「ほんまに!?お母さんに言うたら絶対に喜んでくれるわ」
そういう遊菜ちゃんもうれしそう。それほど自慢のお母さんなんだろうな。
「よっしゃ。ほんなら、うまい飯も食わしてもらったし、決勝も頑張りますか」
もう直哉はやる気満々。むしろ、朝より元気。このまま、またベストタイムを更新して、インハイの制限タイムを切ったりして。なんて思いながら、直哉と遊菜ちゃんの様子をゆっくりと見る。
これくらいワイワイいえるなら、決勝に対しての緊張もないみたいね。
そんなことを思っていると、下から上がってきた人が私たちの目の前で止まったことに気づいた。
「なんか、あんたがすごく見えるわ」
声が聞こえて振り返ると遊菜ちゃんの友達が私たちのことを見ていた。
「真理やん。なにが凄く見えるん?」
「ほんま鈍感なんやな。去年、へそ曲げたあんたがギリギリやけど、近畿大会に進んだことやん。しかもベストを1秒も更新してさ」
「それも全部咲ちゃんと直ちゃんのおかげやもん。そうやないと、うちが一人でこんなところまでこられへんし」
なんだか、こういわれると少し恥ずかしい。だけど、私はアドバイスをしただけで、実際に泳いで記録を更新しているのは遊菜ちゃんだしね。
「いい人らに出会えたんやね。最高やん。うちも負けてられへんな。ほんなら決勝も頑張りや」
「言われんでも。このあとの半フリでも結果残すって決めてるんやから」
遊菜ちゃんはニヒヒと笑うと、右手でグーを突き出した。
「それが市大会で見れたらよかったんけどな」
そう言いながらも、笑顔でグータッチを返す真理ちゃん。
ただ、その笑顔の中にちょっとした複雑な表情が混じっていることに気づいたけど、せっかくの話に水を差したくないと思って、気付かない振りをする。
「ほんなら、うちはチームの応援があるから戻るわ」
「うん、わざわざありがとうな」
遊菜ちゃんのその言葉を聞くと、真理ちゃんは、手を振って階段を下りて行った。
「よっしゃ!ほんならアップいって、決勝でもベスト出すで!」
いろいろ元気をもらったのか、遊菜ちゃんは飛び出すような勢いで階段を下りていく。
「ほんま、おてんば娘って言葉がぴったりすぎるやろ」
置き去りにされたような形の直哉は、少しため息をつきながら言う。
「ほんまにな。愛那と揃ったら、なおさらうるさいけど、それが扇商の原動力やと思うで」
「せやな。あいつらがおらへんかったら、先輩らのテンションを処理するやつがおらへんわけやし、3年と俺らでいがみあってたかもしれへんしな。さ~て。俺もそろそろアップ行くか。あいつには負けたくないしな」
直哉はそういうと、さっきと同じようにスイム用品を持って階段を下りて行った。
そして、長浦先生は、気付いたころには近くにいなくて、また私一人の状態に。まぁ、正直、先生はいてもいなくても変わらないし、気にすることはないんだろうけど。……そんなことを言うとさすがに怒られるか。




