Episode 39 2日目の予選
さらに翌日。昨日と同じようにほぼ朝一で会場に向かい、一番前で私たちを待つ遊菜ちゃんが味をしめたかのように、朝早くから一番前に並び、うたた寝をしていた。
「また会場を間違えたんか?」
冷やかすように言う直哉は、少し悪い顔をしている。
「んなわけ。一番前におったら、アップの時間をようけとれるからやん。それに、うちらが座れる場所も確保せなあかんやろ?」
「ほんまは早く起きすぎて、なんにもやることなかったから早く来ただけちゃうん?」
私がちょっとからかうように言うと、遊菜ちゃんは少し焦ったようにブンブンと首を振る。
「そ、そんなんちゃうし!うちはちゃんと考えて動いてるんやから!」
「はいはい、よくがんばりまちたね~」
直哉はそういうと、遊菜ちゃんの頭をごしごしとなでる。……なでると言うよりは髪をクシャクシャにするって言った方がいいか。
「待って!直ちゃん!それはうちをバカにしてるやろ!」
「してへんし。褒めてんのに、素直やないんやな」
「うちのことをバカにしてるからや!」
そんなやり取りをみていると、こちらとしても笑いが込み上げるよね。なんて思っていると、場内の鍵が開けられ、中になだれ込むように入り、昨日と同じ場所を陣取る。
無事に3席確保できると、直哉たちは、カバンをおいて、中からスイム用品の入った一式を持つと、昨日と同じように階段を降りていく。
昨日とまったく変わらない様子に、ひと安心すると同時に、昨日のタイムを見ながら、今後、どういった練習をしていくべきなのかを考える。
もちろん、フォームチェックは言わずもとめ最優先事項で、そこからやっぱりこれくらいのタイムを出すなら、もう少し負荷をかけてスピードメニューをいれてもいいのかもしれない。
明日から、スピードメニューのサークルタイムを50メートル単位で5秒縮めてみるか。明日1日だけ様子を見て、回せるようならそれで回してみるか。
「やっぱりここやったか。ほんまにここが好きやな。とりあえず、昨日、学校に報告にしてんけど、原田の担任の町田先生も、大神の担任の香田先生もびっくりしてたわ」
こういったスポーツ系の部活で近畿大会に進むことなんてまずありえないからびっくりしているんだろうな。なんて思いながら、顔を場内の方に向ける。
「これは、正直運次第になると思いますけど、近畿を飛び越えていきそうな気はしています。なにかひとつ代わりさえすれば、全国行けそうな気はします」
「おいおい、そんなこと言うなよ。言霊になるやないか」
長浦先生はガハハと大きく笑うと、私をまたぐようにして4つ奥の席に座った。そして、スマホを触りながら誰かと連絡を取っていた。
そして、私はプログラムを眺めて、ほかに知っている人が出ていないか確認していた。
うちらの中学は速い選手もいれば、初心者もいたわけで、結構実力は差が大きかった。
だから、この府大会には、私たちの中学の同級生も出ている人がいる。ただ、誰一人として鉢合わせることはなかった。
そこからアップの時間が終わり、9時半から女子のフリーリレー。6組のレースが終わった後、男子の800のフリーリレー。それも終われば、男女の半フリのレースが行われる。
直哉も遊菜ちゃんも半フリに出場予定。まぁ、棄権をすることはないから、どこまでタイムを伸ばせるか。だな。
ただ、問題は遊菜ちゃんかな。周りを様子見してしまう癖は出ないだろうか?それが出てしまうと、一瞬で遅れを取って予選落ちをしてしまうだろう。
先にアドバイスをしておけばよかったなと思っているけど、そこは遊菜もわかっているのかな。なんていろんな思いがくるくる回る。
そんな思いを抱えたまま半フリのレースが始まる。
そして、1組のレースは一瞬で終わってしまい、28秒もかからないうちに終わってしまい、これで遊菜ちゃんは次のレースで出したことのない27秒台、それも前半から中盤が必要になるのは確定になった。
「遊菜~!一本!」
昨日と同じように私も声の限りに吠えて、遊菜ちゃんにエールを送る。
さすがに反対側の2レーンで準備をしている遊菜ちゃんには届くわけがない。それでも、私は一人で遊菜ちゃんにエールを送る。
「シャア!」
アナウンスがあったあと、遊菜は大きく吠えて、両手を大きく広げる。
そして、ゆっくりと笛が鳴ると遊菜ちゃんはそそくさとスタート台に上り、小さく構え、一息ついたあと、腰を上げ、クラウチングスタートの構えをする。
ここまで来ると、あとは一発勝負でどこまでタイムを伸ばせるか。本当に7秒台が欲しい。




