Episode 37 少しの間
「お疲れさん。ほんま、あの2人やりすぎやろ。うちらの想像を軽く超えて行ってもしもうたで」
そう言いながら上がってきたのは福浦先輩。
クールダウンを終わらせたようで、スイム用具を自分のカバンにしまった。
「ダウンも終わらせて、客席から見ようとしてんけど間に合わんくてさ。アッププールから2人のレースを見させてもらってんけど、学校でやった記録会よりも速かったよな。ほんますごいわ。あの2人」
そう言いながら鮎川さんを奥に押し出し、私をまたぐようにして隣に座り、プログラムをぱらぱらと見る。
「おっ、長水ベストやったわ。高校3年で長水ベストが出るとはなぁ。なんか感慨深いわ」
いろいろ思うところはあるのか、椅子に深く腰掛けて天井を見上げていた。
私もいろいろできることをやってきてよかったと思っている。
「市立大会までもう少しありますから、もう少しタイムが伸びるように私もいろいろ勉強して試してみます」
「ほんま美咲ちゃんはなんかすごいマネージャーになりそうやわ。というか、マネージャーというよりコーチよな。うちより年下やのに。もっとええコーチになっていきそうやな」
いろいろ考えさせられる言葉だけど、正直、私もここまでやることができるとは思っていなかった。
むしろ、嫌々部活に入ったわけだから、ここまでできるとは思っていなかったけど、なんか、ここまで来ると、この先もずっと競泳には関わっていくんだろうけど、どこまで私はどこまで関わることができるんだろうと思う。
「まぁ、これで2人とも決勝に行くわけやから、せっかくの進出者をもてなして、ええ記録を見届けさせてもらおうや」
福浦先輩は、ドカッと椅子に座り直し、そういったあと、私が自分のカバンの上に置いていたスプリットブックを手にし、ゆっくりと眺める。
そして、いろいろ見たのか、スプリットブックをもとあった場所に置いて、靴を脱いで足を椅子にあげて、ちょっと眠そうにしている。
なんなら、鮎川さんについては、もう眠いのが我慢できないのか、すでに大きな口を開けて眠っていた。
正直、この2人の寝顔を見ていると、私も眠くなる。
ただ、ここで寝てしまうと、絶対に起きれなくなる自信がある。それに、私さえも寝ちゃうと、誰も遊菜ちゃんと直哉の勇姿を見逃してしまう気がする。だから、ここは無理でも起きておく。
さて。予選の競技が全部終わって、場内は一段落って感じかな。
そして、決勝は、4時から行われるとアナウンスがされ、徐々に余裕が出ていた客席の空席が上段を中心にポツポツと出てきている。
やっぱり、このあと、レースに出る選手がいない学校は早々に帰っていくよな。なんて思いながら決勝競技が始まるまでの間、スマホにイヤホンを挿して音楽を聞くことにする。
そして、決勝競技が始まり、予選の個人競技のプログラム順に決勝が進み、レースの間に表彰式を挟み、女子の1フリが始まろうとしていたのは夕方の5時を指していた。
『プログラムナンバー37番、女子100メートル自由形決勝のレーン順を申し上げます』
端のレーンを泳ぐ選手から順に一人ひとり呼ばれていく。
そして、自分の学校が出場する選手の名前が呼ばれると、いろんなところから応援の声が聞こえる。
中学の時は同じ部活の仲間がいっぱいいて、張り合ったりもしたけど、今、近くにいるのは私と福浦さん、鮎川さんの3人だけ。どれだけ声が届くか。ほとんど届かないような気もするけど……。
『第9レーン、大神さん、扇原』
「遊菜~!一本!」
出せる限りの声で遊菜ちゃんに向けて声をかけると、遊菜ちゃんはこっちを見て手を振った。
「よう聞こえたな。こんなBGMもあるなかで」
1フリのアナウンスがあったときに目を覚ましたんだと思うけど、気づけば起きていた福浦さんがボソッと呟いた。
そして、選手10人が場内に通告されると、『以上』と冷たく突き放すようなアナウンス。そのすぐあとに、短い笛が4回、緊張感を持たせるようにゆっくりと鳴る。
なんだか、ここまで来ると少し怖いくらいだけど、そんなことは言ってられない。
長い笛も、予選の時より長く鳴る。
騒がしい場内を静めるためのようにも感じる。
「シャア!」
場内が静かになるなかで、大きな声が聞こえた。
たぶん、予選の時にも聞こえた遊菜が気合いをいれるために吠えた声だろう。
ここまで気合い十分なら、緊張してるかどうかまで気にしなくていいよね。
「よーい」




