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Episode 36 直哉、初めての公式戦

 そして、ここからは男子のレース。

 男子のレースは女子よりも派手で、し烈な争いになるだろう。

 と思っていると、いつのまにか1組がスタートしていて、浮き上がってきたと思ったら、飛沫のオンパレード。それでもしっかりと進むんだからすごいよね。

 1組のファーストハーフはみんな23秒台で折り返していく。

 全国だともっと速いんだろうな。なんて思いながらも、ラストハーフへと向かう。

 後半になってもまったく勢いが落ちない1組のレース。さすがに前半よりは劣るけど、結果の蓋を開けてみると、みんな54~56台でフィニッシュしていた。

 直哉はこの中に食い込まなければいけないけど、決勝に行くためにはやっぱり4秒台、遅くとも5秒前半はほしい。

 そんなことを思いながら、予選2組。直哉はこの組の8レーンに入っている。

 あとの組にも速い人がいることを考えると、ファーストハーフで3秒台、トータルで5秒0から5秒2がほしいところだな。


「さて、新星エースの出番かな」


 そんなことをいってニヤニヤする鮎川さん。いつもより前のめりな気がする。

 っと、直哉のレースを見る前にやりたいことが。

 思い出したようにスマホを取り出すと、急いでカメラ機能を使い、電光掲示板にピントを合わせ、写真を撮る。

 こうしておかないと、ある程度の順位が把握できないから。

 1組のレースが終わって、違反がないか確認されたあと、隙もなくアナウンスが入り、審判長の笛が鳴る。

 直哉は長い笛が鳴るまで、自分のレーンの前で、じっと電光掲示板だけを見つめて集中している。

 そういえば、こいつは中学の時からずっとこんなルーティンだったな。なんて思いつつ、長い笛が鳴って、ささっと準備をした直哉を見届けたあと、出発合図員のほうを見てストップウォッチを構える。

 そして、白い光が光ったと同時に私のストップウォッチも動かす。

 ここにはわずかに遅れてスタートの音が届く。それと一緒に、選手も一斉に飛び出す。

 直哉のリアクションタイムはコンマ65となかなかいいタイムで飛び出していっている。

 ここまでいいリアクションタイムが出ているなら調子はいいんだろうな。

 直哉も私が教えたドルフィンキックをしっかりと打ちながら浮き上がってきて浮き上がり場面ではほぼ並んでいるから、誰がトップなのかなんてわかるはずがない。

 だけど、直哉はいつも通りに泳いでいるように見える。

 ただ、これだけ並んだままレースが進んでいくと、嫌でもヒヤヒヤする。


「行け!上げて上げて!上げてけ!」


 ヒヤヒヤするレース展開に少し熱くなってしまう。けど、それはしたかないのかもしれないけど、さらに声を上げて、吠えるように、声を出す。

 普段から、こんな声を出すことはなかった私だから、隣にいた鮎川さんがびっくりして私を見る。

 だけど、つられたのか、鮎川さんも一緒になって声をあげる。


 そんなファーストハーフ。ほぼ一斉に折り返すせいで、直哉のタイムを探すのに一苦労。

 だけど、なんとか見つけることができて、直哉のファーストハーフは、ほぼベストタイムの25秒37とまずまずの入りタイム。それに、ターンも回るのが早いから、ここから後半をどれだけ粘れるか。

 正直、直哉は“超”がつくほどのスプリンター。速く泳げてもスタミナがないから、中学の時からずっと半フリと1フリにしか出ていない。

 そして、その1フリも、前半に力を使いすぎるせいで、後半は驚くほどバテる。

 だから、後半には期待できないぶん、なんとか粘ってほしいって言うのが本音。

 後半もしっかりとドルフィンキックを打って浮き上がってきた直哉。ドルフィンキックを強く無駄なく打てるようになった成果か少しだけリードを保ったまま突っ込むことができているような見える。


「ほんまえげつねぇな。こんなところおるより、絶対ミテダイフか強豪校から推薦もらってたやろ」

「どこも、中途半端に速いやつとか遅いやつらと混じりたくない。とか抜かして、扇商に来ましたからね。私は元々ここが志望校でしたけど」

「ほんま、原田くんはわからんな。とか言うてる間にラストやな」


 話を無理矢理切られると、視線を場内に戻す。

 直哉が出ている2組のレースはラスト15メートルまで来た。

 ギリギリ直哉が前に出ているように見えるけど、ターン後に奪ったわずかなリードはほぼほぼ吐き捨てている。

 こりゃタッチの瞬間までいつも以上に気が抜けないな。

 それに、タイムも気にしないといけないから、こちらがなおさら緊張する。

 ラスト5メートルは、まだ予選なのにも関わらず、祈る思いで見つめて、ほぼ一斉にフィニッシュ。

 直哉のタイムは54秒63で、差はほぼない。

 なんとか直哉が2着に入り、直哉が出したタイムと1着のタイムをプログラムに書き込む。


「鮎川さん。お願いなんですけど、次の3組のレースが終わったら、結果を写真に収めてもらえますか?あとで確認したいんで」

「おう。任せとけ。まさか、マネージャーみたいなことをするとは思ってなかったわ。なんてな」


 そんな笑いを含めてスマホを取りだす鮎川先輩。協力的なのはありがたい。

 私はここからさっき撮った1組の結果を書き込み、なおかつ、順位を洗い出す。


「うわ~。ギリギリ。今の時点で8位か。3人抜かれたら終わりやな。抜かれんでほしいんやけどなぁ」

「そんなところなんや。原田くんでもそんなところか。えぐいな。ほんでから、これが3組の結果な」

「ありがとうございます。えっと~。おっ、直哉より速い選手はおらんやん。これ以上落ちることはないかな」

「そうか。安心はまだできひんやろうけど、一安心ってところやろうか」


 ですね。とだけ返して、しばらくぼーっとレースを眺める。

 たまに、直哉のタイムが近いタイムでラスト5メートルを迎える人がいて、時々焦ったけど、なんとか、16組もいた選手全員が泳ぎ切り、何人かはフライングを取られて失格になったものの、直哉は全体の8位に決勝進出を決めた。


「ほんまにやるな。あの2人は、俺らでは見えへん世界が見えてそうやわ」


 私もそれは思う。置いていかれないように、背伸びして世界を見るのが精いっぱいだ。


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