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Episode 32 季節外れの紅葉

「……てな感じで、うちら中学の時の水泳部みんな、遊菜は水泳をやめたと思っていたんです」


 なるほどね。今ではおてんば娘って感じだけど、入部当初に見せていたやる気なしのあの顔の裏には、そんなことがあったんだね……。


「あの。……今の遊菜ってどんな感じなんですか?」


 廣岡さんが遠慮するように聞いてくる。

 ここは、こっちも遠慮することなんてないし、正直に今のままを伝えるか。


「たぶん、その遊菜が元気になったのって、もう1人速い部員を見つけたからやと思うわ。うちの幼なじみやねんけど、去年、全中行ってんのよ。まぁ、予選落ちやってんけどな。それに、うちも、今の遊菜を見る前までは、確かに廣岡さんの言う通りで、確かに暗かった。やけど、遊菜がうちにおるのは、今日はおらへんねんけど、副部長の熱烈な勧誘があったからやねん。やから~、あれやね。感謝するんやったら、うちの副部長にやね」


 今思い返しても、あのときに成海先輩の勧誘の仕方はすごかったなぁ。っと、私の目の前で起きていたことを思い出す。

 文字通り「泣いて懇願」だったもんね……。


「そうなんですね。遊菜は、自分より速い人を見つけると、目の色を変えてタイムを抜こうとしますからね。それがいい方向に向いてくれたんですね」

「前の遊菜がどんなんかは、さすがにわからへんけど、今の遊菜はものすごく楽しんでるで」

「そうなんですね。よかった。ほんならうちも一安心やわ。ほんなら、うちも、自分のチームのところに帰ります。失礼します」

「すいません、呼び止めてしまって。レース、お互い頑張りましょうね」


 そんな感じで廣岡さんは、私から離れ、自分のチームのところに戻っていった。

 1人残された私は、客席に戻り、自分の仕事を進めようとする。そのとき、遊菜と目が合った。


「どないかした?」

「ううん。なんもない。あんたも苦労したんやなって」


 さりげない感じで言うと、遊菜はちょっと考えた顔をしたあと、少し寂しそうに「まぁね」と返してきた。


『お待たせいたしました。ただいまより、大阪高校総合体育大会水泳競技大会兼大阪高校選手権水泳競技大会兼近畿高校予選会、2日目の競技を行います。プログラムナンバー16番、女子4×100メートルメドレーリレー、予選1組の教護を行います』


 ものすごく長ったらしいけど、これがこの府大会の正式名称らしい。

 そして、始まる女子のメドレーリレー。女子のあとに男子も終われば、2個メが待っている。ここには鮎川さんも出場する。

 ただ、前のほうが速いらしい中央大会では、13組中10組と、まぁ、自分のベストとの戦いになるよね。でも、高校最後だし、いい思い出は作ってほしいかな。

 朝は時間通りに進めば鮎川さんだけ。それでも鮎川さんの出番は昼過ぎくらいになるはず。それほどリレー競技になると時間がかかる。

 それに、あまりないかもしれないけど、タイムオーバーの可能性だってあるし。

 こういった類のレースではあまり聞かないけど、短水路(25メートル)で制限記録をギリギリ切っていたとしても、長水路(50メートル)で泳ぐと制限記録を超えてしまうというのがよく出てくる。

 中学の時は、タイムオーバーを3回犯すと学校自体の失格になるみたいな話を聞いたことがあって、短水路では切っていたけど、長水路で自信がないという子は棄権をしていた子も何人かいた。かくいう私もその1人。

 ただ、今回は気にしなくていいかな。鮎川先輩も福浦先輩も、制限記録ギリギリだけど、3回までって考えると、直哉と遊菜はオーバーすることはないだろうし。

 そんなことを思いながら、場内で進むレースを見ていた。

 そして、福浦先輩には申し訳ないんだけど、タイムオーバーのことを考えて思い出した。まだ戻ってきていなかったことを。

 そんな福浦先輩は、女子メドレーリレーの3組が始まろとしていた時に戻ってきた。


「いやぁ。中学校のときの同級生と話しとったらあかんな。めっちゃしゃべりこんでもうたわ」


 ちょっと満足そうな福浦先輩は、遊菜の座っている1つ向こうに腰を下ろした。

 たぶん、福浦先輩も調子はよさげかな。鼻歌も歌ってご機嫌だし。この調子なら、タイムオーバーはせずに済むかな。


「あっ、せや。さっきさ、招集場所で鮎川とすれ違ってんけどさ、緊張でガチガチやったで。そんなに緊張せんでええやろってくらいに。しきりに腕とか胸とか叩いてたもん」


 それほど鮎川先輩の姿が面白かったのか、思い出し笑いをしながら福浦先輩がみんなに報告する。

 っていうか、鮎川さん、早すぎない?緊張するの。これが、招集に呼ばれた後とか、レース直前に移動するところならわかるんだけど……。


「筋肉馬鹿でも緊張はするんやなって思ってさ『男らしくシャキッとせぇや!』って言うて背中に季節外れのもみじを咲かせてきたわ」


 冗談だっていうのはわかっているけど、やることが豪快すぎる。いや、もともと大雑把で豪快な福浦先輩だよ?だとしても、背中に季節外れのもみじって……。水泳部じゃなくても、ある程度の人ならわかってくれると思う。

 鮎川さん、相当痛かっただろうな……。と心の中で思いつつ、福浦先輩は遊菜と直哉を連れてレースに向かう。


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