Episode 29 懐かしい再会
ただただ気になっただけの私は、特に何の意味もなく、長浦先生に問うてみる。
「何がですか?」
「うん?去年な、八商大会って言うて、小さい商業大会があるんや。そこで南商業の応援がかっこよかったみたいで、今の3年の男子がオリジナルでやりたいなぁ。とかいうてたんや。ただ、そのあとなんの音沙汰がないから忘れてんのとちゃうかっておもってんねんな。正直、俺も今思い出したところやけど」
そういうことなら、後で鮎川先輩に聞いてみようかな。なにかしら知っていることだろうし、ちょうど3年生がいるなら本人に聞いてしまえば1番早い。
そこから時間が経つにつれて、場内は人でごった返し、いつの間にかプールも片道だけでも泳げれば上等というような混み具合に。
中学の時は、飛び込みからの片道一方通行だったけど、高校の場合はそういうわけじゃないんだと。ギャップを感じさせられる。
私、この中で溺れずに泳げるかな。
なんて、自分が泳ぐことなんて一生ないだろうに、いらぬ心配をしてしまう。
そんなとき、遊菜ちゃんと直哉が戻ってきた。
「お疲れさん。もう上がったん?」
「あぁ、泳ぎにくかったからな。あとはレース直前のアップでどうにかするわ」
ちょっと不満そうな直哉。だけど、仕方ないか。といった顔もしている。
「そう。ならええけど、どうなん?体の調子は」
「まぁまぁって感じかな。ただ、久しぶりの50メートルプールやから、感覚はどうにかするしかないかなって感じ。まぁ、どうにかなるやろ」
こういう時の直哉は意外とどうにもならないことの方が多いけど、なぜか今日だけは、どうにかしてくれるかも。って思ってしまった。
「ほんなら、原田も大神も戻ってきたことやし、俺はちょっと朝ごはん買ってくるわ。なんせ、家を5時半に出たからな。腹減ってしゃあないんや。ええやろ?」
まぁ、今はやることないし、直哉も遊菜ちゃんもいるから、問題はないか。
「ゆっくり食べてきてください」
それだけ言うと、長浦先生は私たちをまたぐように通路に出ると、階段を下りて行った。
そこから、直哉は観客席の後ろにある通路でストレッチをはじめ、遊菜ちゃんはスマホで動画を見ている。
そんな時だった。下から「やっぱり遊菜だ」と声が聞こえてきた。
遊菜ちゃんは少し不思議そうに下から上がってくる人のことを見ていた。
「……咲ちゃん、知ってる人?」
「知らんやん!遊菜ちゃんのこと呼んでんのに、うちがわかるわけないやん!」
遊菜ちゃんは目が非常に悪いから、授業では眼鏡をかけることが多いらしいが、基本的には眼鏡が嫌いらしく、裸眼でいることが多い。
ただ、泳いでいるときはケガ防止のため、度が入ったゴーグルを使っているらしい。
そんな遊菜ちゃんは、私が目の前5メートルの距離にいても声を聞かないとわからないこともある。そんな人が下から上がってくる知らない人のことなんてわかるはずがない。
「あんたは相変わらず見えてへんのに眼鏡はせぇへんねんな」
「あぁ!真理やん!久しぶり!どないしたん!?」
どうやら、声を聴いて分かったらしい。で、口調からして知り合いみたい。
「どないしたん?やないよ!あんた、なんでこんなところにおんのよ」
「なんでって。レースに出るからやん。何当たり前なこと言うてんの?」
「去年、全中行かれへんくて、ずっとへこんだまま持ち直すことなく辞めたんちゃうん?」
もしかすると、遊菜ちゃんと同じ中学校の同級生なのかもしれない。いろいろ遊菜ちゃんのことを知っていそうな予感。
「あのときはな。というか、高校に入ってからも、しばらくはやるつもりなかったんやけど、同じ高校に全中行った人がおってさ、なんか燃えてしもうてん」
「じゃあ、あのときの私の心配を返しなさいよ!」
真理と呼ばれた女の子は、遊菜の肩をぐわんぐわんと揺らした。ただ、遊菜は、久しぶりに会えてうれしいのか、揺らされていることについては気にしていなかった。
「なんか、こんなん、久しぶりや。なんかあったら真理はうちのことぐわんぐわん揺らすもん。けど、心配かけてごめんな。でも、もううちもこの通りやし。なにより、今が楽しいし。もう大丈夫やで」
やっぱり、遊菜が最初のころ、やる気がなさそうだったのは、何か裏がありそうね。後で個別に話を聞いてみようかな。
「それならええねんけどさ……。あんた、何にエントリーしてるん?」
「いつも通り半フリと1フリやで。真理は?」
「うちも1フリにエントリーしてるし、あとは、人数の関係で2フリ」
「そうなんやね。そういえば、真理のところ、水泳部が多いんやったっけ?」
「そうやねん。なんか意外と多くてさ。半フリに行きたかってんけど、人数制限で外れてしもうて」
「そうなんや。でも、今日の1フリは一緒やねんな。また一緒に頑張ろうや」
「せやね。せっかく遊菜がここに戻って来てんから。ほな、またみんなに言うとくな。遊菜が選手になって戻ってきたってな」
「真理と一緒にだれかおったっけ?」
そこからしばらく遊菜ちゃんと真理ちゃんの話は尽きず、気付けば20分くらい経とうとしていた。




