Episode 2 入学式
「……咲ちゃん、美咲ちゃん?」
誰かが呼ぶ声ではっとする。
「びっくりした~。呼びかけても全然反応がないんやもん。どないしたん、急に」
「あっ、いえ、なんでもないです」
どうやら、また回想してたみたい。しばらくプールを見てなかったから、こういうことはなかったんだけど、まさか、こういうときに来るとは思わなかった。やっぱりまだ難しいか。
「選手とマネージャー、どっちがいい?」
となりにいる可憐な人に聞かれる。
「……今は、まだ考えてるところです。入るって決めてきてるものじゃないんで」
「そう。まぁ、ゆっくり考えたらええねん。せっかくの高校生活やねんから。楽しまんと損やしな」
そう。桜が散りかけた時期に、私、伊藤美咲は市立扇原商業高校の門をくぐった。
ここを選んだ理由は単純で、知ってる人が少ないところで再スタートを切りたかったから。ただそれだけ。
で、ここは水泳部が活動している屋上。のバルブボックスの上。なぜかここにいる。それは少しだけ時間をさかのぼる。
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春。なにをするのにも、再スタートを切るのにももってこいの季節。ほかの季節じゃ、やる気が一切出ないんじゃないかというくらい、やる気に満ち溢れたこの季節。
そんな季節に私は、晴々しく高校生になった。
高校生といえば、人生の中で1番キラキラしたじきだと私は思ってる。
この学校は、少しばかり校則が緩いところがある。垣根を越えなかったらなにをしてもいい感じ。バイトも、ある程度の制限があるけど、その制限もクリアできればオッケー。そんな学校で私は、この3年間を盛大に楽しもうと決めた。
入学式は昨日して、今日の朝は学年でオリエンテーリング。昼からは新入生歓迎会ってものを見させられている。どんなものだろうと思って、少しばかり興味を持ったけど、中身は実質、部活紹介みたいなもので、部活に入るつもりのない私にとっては、退屈な時間。
そんな退屈なステージをぼやっと見ていた。
やっとのことで終わり、教室に戻る。その道中は、まだ遠慮しあって譲ってる状態。これが2ヶ月も経てばどうなるんだろう?みんなでわいわいはしゃぎあっているのかな?たぶん、私は1人孤立するんじゃないだろうか?そんな不安がよぎる。
軽くホームルームが終わると、新しい生活に不安を覚え、小さなため息が出る。そのときだった。
「美咲、おるか~」
聞き覚えのある声がドアのほうから聞こえてきた。
幼なじみの原田直哉だった。
あっと、その前に私の自己紹介をしてなかったね。先に私の自己紹介をしとくね。
私の名前は伊藤美咲。どこにでもいる女子高生。1つ変わってるのは、去年まで水泳一筋だったこと。ただそれだけ。
で、もう1人。私の姿を見つけるなり、ズカズカと教室に入ってくるのが幼なじみの原田直哉。こいつは中学時代に水泳で全国大会まで行ったことのある強者。まぁ、最初で最後の全中は決勝には進めず、予選敗退で幕を閉じたけど。
……っていうか、なんで直哉がここにいるの!?
「このあと暇か?」
何も理解ができないまま直哉を見つめる。
「なんであんたがここにおるん?」
しばらく直哉を見つめたあとに言葉がこぼれ落ちた。
「なんでって。簡単な話やん。知ってるやつが少ないところで学校生活を送りたいからやん」
「いやいや、あんたやったら御幣島大学とか巣鴨学院とか推薦来とったやん」
「あんなところはいきたないわ。こっちでゆっくりするほうがええわ」
言ってることがちんぷんかんぷん。何もわからない。
「とりあえず、暇やったらついてきてくれへんか?」
「い、いいけど」
そんなことで連れてこられたところが、考えなかった私も悪いんだけど、水泳部だった。ついた瞬間、めまいがして倒れそうになった。
そんな私にお構いなく、直哉がズカズカと先へ進んでいく。
「すんません。水泳部はここでいいっすか?」
「はいはい、どちらさん?」
1人でストレッチをしていた人がこっちを見た。
「……って新入生かいな!いやいや、ちょっと待って。早すぎるわ。来たらええなって話してたけどさ。ちょっとだけ待ってな。まさか初日から来るとは思ってへんかったわ」
そういうと、その人は立ち上がり部室と思われる部屋の中に姿を隠した。
ポカンとしてて気づくのが遅くなったけど、あの人、ものすごい背が高い。直哉とそんなに変わらないんじゃないかってくらい。
「あの人、めっちゃ背ぇでかいな。直哉と同じくらいあるんちゃう?」
「そうか?ちょっと小さかったようにも見えたけどな。まぁ、それでも180くらいはあると思うけどな」
「でしょ?私からすると、相当大きいんだから」
そんなとき、さっきの人が部屋から出てきた。
「ごめんな。まさか、初日から1年生が来るとは思ってへんかってん。やから、いつもどおり部活しようかって話しとってんけど。もうちょっとだけ待ってな。部長もすぐ来てくれるはずやし。まぁ、とりあえずこっちで待ちぃな」
そういって私たち2人を手招きする。ある程度広くなったところに来ると、立ち止まり、私たちの顔を見た。
私と直哉の身長差にひょろり先輩(名前を知らないのと呼び方に困るから仮で)の顔が上下に動く。
「ごめん~、おそなった~」