Episode 27 遊菜の勘違い
地区大会が終わって1週間弱。中央大会という府大会に似た大会が行われる。
この大会で決勝8位に入ることができれば、次の近畿大会に進むことができる。もちろん、8位に入ることだけじゃなく、インターハイの記録を切ることができれば同時に近畿大会に進むことができる。
直哉と遊菜は、もちろんインターハイの記録を狙っている。
そして、遊菜に関しては、インターハイの制限タイムまで1フリがコンマ数秒というところまで来ている。
このコンマ数秒は短水路だから出ていたけど、長水路になると、たぶん、プラス1秒は見ないといけないと思う。
この中央大会でどこまでのタイムを叩きだせるか。というところ。
逆に、直哉は地区大会から見て、インターハイの制限タイムが53秒2と、正直、今の状態でも1秒も縮めないといけない。そのうえ、短水路で1秒だから、長水路となると2秒は覚悟しないといけない。
あと、半フリに関しては、2人ともコンマ数秒というところまで来ている。
だから、2人とも両種目ともここで切ることができたら完璧だと思っている。それが無理だとしても、決勝で8位までには残ってほしい。というのが本音。
スプリットブックから練習用のノートに写したタイムを見ながら考える。
「あと少しなんよな」
ふいに口からそんな言葉が漏れていた。
「せやな。ここで記録はきっときたいな」
ボソッとつぶやくのは、私の目の前に立っている直哉。今日も今日とて、2人で会場に向かっている。
会場までは、今日出場する4人と私がそれぞれで向かうことになっていて、まぁ、案の定、今日も直哉と一緒に会場まで行くことになっている。
そして、遊菜については、会場を間違いかけたようで、すでに現地にいるらしい……。
そのあたりも、遊菜らしいっちゃ遊菜らしいかなとは思うものの、1人で大丈夫なのかな。とも思う。
そして、正面にいる直哉は、いつも通りって感じ。緊張も見せていないし、口調に変わりはない。
練習を積めていないところがあるから、ちょっとどうだろう?と思うところはあるものの、そこまで悲観的にはなっていない。
「直哉、調子はどうなん?」
「あ?あぁ。まぁまぁって感じやな。朝早いから、身体が硬いくらいちゃう?」
それならいつも通りだ。調子は悪くなさそう。それなら安心かな。ベストタイムが出るかどうかは別として。
地下鉄の自動案内が、そろそろ終点やで。と伝えてくる。これは、会場が近いよという私たちの合図でもある。
「さて。そろそろやな」
ただ、意外とこういうことを言う直哉は緊張していることが多い。
まぁ、この大会でトップ8に決勝で入れなければ、この先の大会は行けないからね。しかも、ほぼ一発勝負だから、言い訳が効かない。やり直しも効かない。私個人としても、マネージャーとしても、ずっと専属で見てきたんだから、なんとか言ってほしい。というのが本音。
そんなことを思いながら会場の前までついた。
すでに、多くの学校関係者と思われる人たちが集まっていて、色は違えど、大きな集団になっていた。
「とりあえず、前に行こうや。もしかしたら、大神がもう来てて、入るための場所取りしてるかもしれへんし。あいつ、家、このへんやって言うてたやろ?」
いつの間にそんな話をしていたんだろう。まぁ、個の大群の中で見つけられないのは辛いし、遊菜ちゃんが先に来ていて、場所取りをすでにしてくれているなら、先輩2人に対してもどこにいるか伝えやすいから助かる。
「おっ、おったで。やっぱり、1番前におるわ。ほんでから、わかりやすい恰好をしてんな」
直哉は身長が190ほどあるから、遠くから見渡せるのだろうけど、私は160を少し超えるくらい。目の前は、人ごみであふれている。
ただ、なんとか人をかき分けて、直哉についていくと、玄関の前で立ちながらうたた寝をしている遊菜がいた。
「遊菜、おはよ」
静かに声をかけると、遊菜はビックリしたのか、数センチほど飛び上がった。
その姿に私も直哉も藁委がこらえきれなくて吹き出してしまう。
「お前、ビビりすぎるやろ。ほんまおもろいわ」
「うぅ。だって、眠かってんもん。ここに来たん6時半やで」
えっと、今の時間が7時半だから、1時間ほど前からいたことになるのか。……速すぎない!?
「速すぎやろ。なんでそんなことなってん?」
「えっとなぁ。家出てチャリンコ乗るまで、大阪南港が会場やと思ってたことがひとつやな」
あぁ。たしかにもう一つおおきな屋内プールがあるね。そこと勘違いしたのか。
「1回家変えるって選択肢はなかったんかいな」
「駅行く直前で気づいてんで。けど、もうええわってなって、先に来てん」
遊菜はやっぱりレースの日でも遊菜だな……。
「まぁええわ。とりあえず、ええところとってくれてるんやから、ここで福浦さんと鮎川さんを待とうや」
「そうやね。でも、なんていうんやろうな。玄関にいますって言うたら」
「でも、しっかりしてる2人やろ?了解とか言いそうやわ」
「かもね。とりあえず、先輩2人に連絡入れとくわ」
こういうのは、しっかりもののマネージャーがやることだよね。ということで、2人にチャットアプリで玄関前にいることを伝える。
すると、案の定、2人からは「了解。ありがとう」と返ってきた。
そこから数分もしないうちに、2人はすでに会場の近くまで来ていたのか、それとも、私たちの姿を探していたのかはわからないけど、2人そろって私たちと合流した。




