Episode 25 遊菜と福浦先輩のレース
「落ち着いたみたいやな。顔色も戻ってきてるみたいやし。それだけでも安心やわ。ほんなら、後半も頼むで。マネージャーさん」
しばらくそうしていると、直哉は直哉はそう言って私から離れた。そりゃそうだ。気がつけば男子のレースが始まってるんだから。どこまでいったのかわからないけど。
しばらくして、ラスト100メートルを知らせる鐘がなった。速い人はあと100メートル。あと少しで終わる。そういうときに、応援の声と、何かをたたく、パチパチという音が場内に響く。
音のするほうを見ると、遊菜がふくらはぎを相当な力でたたいていた。見ているだけで痛そう。
たたく目的はわかってる。つらないようにするためだ。それにしては強すぎるような気もするけど……。
もしかしたら、遊菜には違う目的があったりして……。気合いを入れるためとか、周りをけん制しているとか、いろいろありそうな気がするけど、やっぱりわからない。
「咲ちゃん、大丈夫?」
後ろから声をかけられ、振り向くと愛那がいた。
「うん、なんとか。それより、遊菜見てや。本気やで」
「ほんまやな。ええタイムが出そうやね。期待してもええんかな?」
「ええと思うで。エントリータイムを落として1組センターラインやしね。今の遊菜やったら7秒は割ってこれるはず」
「7秒か。女子やとあんまり実感湧けへんな。うちからしたらめっちゃ早いタイムやし、まず、周りにそんなタイム出す人おらんかったし、中学のとき、男子で半フリを27で泳ぐ人はおったけどさ。女子は速くても31か32くらいやったな」
「うちは、直哉がおったからな。全中予選落ちやけど」
「でも、そっからめっちゃ伸びてんもんな。うちもこんな風になりたかった~」
そういって愛那が嘆く。
そういう私も半フリを最速31秒で泳いでた時期があったんだけどなぁ。昔の話になるし、もっぱらバックばっかりだったけど。
『プログラムナンバー19番、女子50メートル自由形1組の競技を行います』
いつの間にか4レーンにたっていた遊菜。さっきのレース同様、いつもと違う集中した顔をしていた。
「遊菜~、1本!」
「遊菜っち、ファイト~」
私のまねをして愛那が声を出す。こうすることを知っていたんだろうか?
とりあえずレースに戻って、いつもどおり笛が鳴り、遊菜は腕を大きく横に広げてからスタート台に上った。
「よーい」
やっぱり、この声でもびくともしない。少し寂しい気もするけど、遊菜の顔は真剣そのもの。ここで、ある程度の自信をほしいところなんだろう。
号砲が鳴り、飛び出す遊菜。少し力が入ったのか、少し滑りそうになったように見えたけど、こらえて前に出る。
浮き上がりから全力で飛ばしている遊菜は、折り返し地点で体半分のリード。ここまできたらあとは堅いだろう。遊菜は後半も強いから。
スプラッシュの少ないストローク。すっかり水の中でキックもできている。イルカのようにしなるドルフィンキックは後半でも健在した。
自然に浮き上がってくるまで打ち続けて、浮き上がりからあとの残りを泳ぎきる。後半でもタイムがほとんど落ちず、27秒30のトップでフィニッシュ。
ここにきてさらにタイムを縮めてくる遊菜。やっぱりさすがだ。あとは直哉がどこまでやってくれるかだな。インパクトをくれるタイムがほしいところだけど、どうだろう。いいところまでいってほしいな。
遊菜は余裕を見せてひょいとプールサイドに上がり、そのまま人混みの中に紛れた。
「見てる限り、遊菜っち、もう1レース行けそうやな。このあと決勝って言われても、ヒョイヒョイと泳ぎそう」
「言いたいことはわからんでもないけど、それはどうやろ。泳ぐこと自体はすきやろうけど、すぐに決勝っていうんはさすがに無理やで」
「それくらいわかってるわ。うちもそこまであほとちゃうわ」
さぁ、この種目に出てくるのはあと福浦先輩だけ。福浦先輩のレースを見届けて、直哉の番と行こうじゃないの。
『続いて3組の競技を行います』
ここにやっと福浦先輩が3レーンで登場。もうひとつ上の組み入り込めるかなと思ってたけど、レベルが少し高いみたい。まぁ、こちらもタイムを落としてるってことがあるんだけど……。
自身4本目のレースということもあり、そろそろ慣れたのか。動きがほかの人に比べてスムーズ。そして、「よーい」の声でしっかりとどっしりと構える。
号砲が鳴ったのが聞こえた瞬間、派手に飛び出す福浦先輩。そのフォームは力任せに見えるところがあった。……まぁ、福浦先輩は、もともとこういうタイプで、遊菜の1回りはありそうな腕から吐き出されるパワーが炸裂するんだけど……。
遊菜と違って、派手なしぶきを上げて泳ぐ福浦先輩。見てると、やっぱり派手。派手なんだけど、これが全部水に伝わってないって考えるとやっぱりもったいないよね。
25mのターンを見える限りで3番手でターン。後半の25mへ向かう。
ターンして、ドルフィンキックからの浮き上がりは思ったより速かった。5mほど潜っただけで浮き上がってきて、前を追いかける。
確かに、潜るより、こっちのほうがフリーに関しては速い。そんなことを考えたのだろ。
必死に追いかけていく福浦先輩の追い上げはむなしく、トップと体ひとつ離されほぼ3番手でフィニッシュ。タイムはたぶんベストのはずで、30秒98と好記録。次の大会にこまを進めた。




