Episode 23 遊菜の本気と男子のメドレー
そして、その指先が壁に着く直前。遊菜がスタンディングスタートで飛んで行った。
しっかり両足を淵にかけていたのか、滑らずに飛び込んでいく。ただ、少し上に飛んだようにも見えたから、距離は若干短め。まぁ、怪我防止で、遊菜は少し高く上へ飛ぶようにスタートするって言っていたから、今回もそうしたんだろうけど。
そして、遊菜は、周りのスイマーをビビらせるかのように、前へ前へと突っ込んでいく。
まだ最下位争いをしていた扇商も、遊菜が泳ぎだしたことで、少し明るくなる。
遊菜が泳ぎだして数秒くらい経つ頃には、ずっとトップを泳いでいたチームがフィニッシュ、それでも、遊菜は気持ちを切ることなく、このあともレースが残っているのにもかかわらず、ずっと飛ばしていく。
最初のクォーターを12秒で泳ぎ切ると、最下位争いからいち早く抜け出し、さらに前を捉えようとしている。
やっぱり、遊菜の爆発力にはどこも叶わないか。50メートルの折り返しをしようとする頃には、前を泳いでいた選手と同時にターン。そのすぐ後の浮き上がりで、前に出て、突き放しにかかる。
さらに前を追い抜こうとするけど、さすがにここまで。それでも、今の100メートルは8秒2と朝からさらにコンマ5秒ほど伸ばしてきた。
もう、私から言わせれば、言い方が悪いかもしれないけど、化け物だよね……。そんなことを思いながらにこやかに笑う遊菜を見ていた。
さぁ、ちょっと気持ちを切り替えて、男子のレースだな。ただ、まだ女子1組と、男子1組が前にあるから、つかの間のブレイク。さらにそのあとは30分以上の休憩時間がある。
男子のリレーはちょっと気合を入れて測るか。
ちょっとしたブレイクタイムにみんなが今日泳いだレースのタイムを見返していると、あっという間に男子のレースになっていた。
「扇商ファイトゴー!」
私から選手が出るたびに掛ける声をこのレースでもしっかりと声をかけて声援を送る。
それに応えてくれたのは部長と成東さん。直哉はすでに集中していて、鮎川さんは、ずっとターン側を向いていた。
さっきのレースと同様、笛が鳴り、水の中に入る部長。少し緊張した面持ちで、じっと壁につけた自分の足を見ている。
そして「テイクユアーマークス」の声で身体を少し引いて、号砲と同時にスタートしていく。
部長は、細かいバサロキックを打ちながら浮き上がってくると、細かいキックに合わせるようにストロークしていく。
そのストロークもしっかりと力強くて安定感がある。そして、軸のブレがないから、きれいに素直に進んでいる。
部長はファーストハーフを37秒台で入ると、また細かなバサロキックで距離を稼ぎ、浮き上がってきたと同時に、またきれいなストロークでラストハーフに向かう。
変わらないストロークピッチとキックはさすがと言うべきか。それだけでも、引き継ぎを受ける選手はやりやすい。
私もリレーを泳いでいたときは、ラストクォーターを意識していた。
後ろの選手が私のストロークピッチを見て飛ぶタイミングを図っているから。それを急に変えることは、タイミングをずらすことになるから、できるだけ一定のペースでというのを意識づけていた。
部長も、ラストクォーターのストロークピッチを変えることはなく、セカンドスイマーの鮎川さんへ。
鮎川さんのブレは、個メの時に泳いでいたゆったりしたフォームではなくて、どちらかというと、今は、成海先輩と似たフォームで泳いでいく。
鮎川先輩本人は、個メのときのブレは、スタミナ温存で、次のフリーに繋げるため。リレーや個人のリレーのときは、それ以降自分が泳ぐことがないから、最初から全力を尽くせるように。ということを言っていた。
フォームが変わっていることを伝えると、そのことを言われ、なぜか納得してしまった。
そんな鮎川先輩の泳ぎは、成海先輩より豪快に感じた。そして、ファーストハーフを40秒で折り返して、ラストハーフに向かう。
あれだけのフォームで泳いでいると、腕が重くなってきて、回らなくなってくるはずだけど、それも力でカバーしている。
それでも、さすがに4時間で3レースをすべてパワーレースで行こうとしている鮎川さん。さすがにばててきているのか、徐々にストロークピッチが上がってきている。さらに、比例するかのように、サードクォーターのタイムも落ちた。もう少し粘ってほしいところだけど、少しきついか。
私の考えていることは、ご丁寧に当たってしまい、ストロークピッチはさらに上がった状態でサードスイマーの成東さんにバトンタッチ。
成東さんは、自分のストロークピッチに合わせたドルフィンキックを打って浮き上がってくる。
もちろん、バッタでタイミングを取るには、キックからだと思っているから、それについてはとやかく言うことはしない。
そんな成東さん。個人の時と同じように、豪快なしぶきを上げながら進んでいく。
フォームの割に進んでいないなと思ったら、さすがにフォームのアドバイスをしたかもしれないけど、少し無駄がありそうなフォームでも進んでいるから、今は見逃しているものの、今後、どうなるか。
ファーストハーフを33秒で折り返していった成東さん。
ただ、超スプリンターにはラストハーフすら難題だったみたいで、ラストハーフを41秒でアンカーの直哉に繋ぐ。




